第24話 事故

 その日は朝から慌ただしかった。

 寝坊してしまったことから始まり、次に音色が宿題をやり忘れていたことに気付いて大騒ぎをし始めた。


「だから前の晩からしっかり用意しとけって言っただろ」

「あー、もううるさい! グチグチ言わないでよね!」


 音色は逆ギレ気味に怒る。

 反抗期だな、これは。


 両親は朝早く出掛けてしまっているのでもういない。

 歩いても食べられるようにベーコンエッグをサンドイッチにしておく。


「音色、ちゃんとこれを食べていくんだぞ」

「そんな時間ないよ!」

「育ち盛りなんだから朝御飯を抜いちゃ駄目だ。分かったな?」

「あー、もう! 分かったよ!」


 付き合ってると俺まで遅刻するので先に家を出た。

 まだ梅雨に入る前の、六月の刺々しさのない日射しが眩しい。

 まだ慣れない半袖はほんの少しだけ肌寒いけれど爽やかだ。


 なんかいいことがありそうな日だな。


 自転車に跨がりながらそんなことを思った。


 駅までは自転車で七、八分。

 それほど遠くはないけど今日は寝坊してしまっているので時間がない。


 いつもより一、二分早く着くように急ぎ気味にペダルを踏み込む。

 住宅街の細い道の十字路に差し掛かったとき、右方向から車が走ってきた。

 明らかな一時停止を違反した車両だ。


「え?」


 至近距離過ぎて回避できない。

 思考回路が停止して頭が真っ白になる。

 次の瞬間、視界が真っ暗になり、頭の中に大きな星が見え、くるんっと一回転回った。





 ────

 ──



「お兄ちゃんっ!」


 音色の叫ぶ声で目が覚めた。

 気がつくと大勢の人が俺を囲んで見下ろしている。


「ああ、ごめん……」

「立ち上がるな! 寝てていいから!」


 誰かの叫び声が聞こえ、その場に寝転ぶ。

 特に体に痛むところはない。

 咄嗟に受け身を取ったのだろうか?


「大丈夫、お兄ちゃん?」

「ああ、問題ない」

「よかったぁ……」


 音色はぽろぽろと涙を溢して俺の胸に顔を押し付ける。

 やがてやって来た救急車に乗せられて俺は病院へと搬送された。


 脳の検査やレントゲンなどの検査をし、特に問題がないと分かった頃は夕方だった。


「運が良かったね。下手したら大怪我をしててもおかしくなかったんだから」

「すいません」

「一応検査もあるから数日は入院してもらうことになるよ」

「はい。よろしくお願いします」


 医師からそう言われ、俺は入院することとなってしまった。

 両親は入院の手続きやら事故の処理などについて慌ただしくしている。

 相手車両の一時停止違反とはいえ、俺も焦っていて注意不足だった。

 事故を起こしたことで色んな人に迷惑をかけてしまった。

 高校二年生にもなって恥ずかしい。

 自己嫌悪に苛まれながら深く反省する。


 そして次に頭に浮かんだのはクラスのみんな、特に奏さんのことだった。


「心配してるだろうな……」


 無事だと連絡しようにもスマホがどこにあるのか分からない。

 そもそもここがどこの病院なのかもよく分かっていなかった。


 ベッドのサイドテーブルにスマホがないか手を伸ばしたとき、病室のスライドドアが勢いよく開いた。


「丹後くん……」


 そこには奏さんが立っていた。

 病院まで走ってきたのかものすごい汗で、息も切らしている。

 今日はヨガの呼吸を使っていないみたいだ。


「奏さん……」

「バカ!」


 奏さんはボロボロと涙を溢して抱きついてきた。


「わっ!?」

「よかった……生きててよかった! 心配したんだから!」

「ごめん。心配かけちゃって」

「本当だよ……事故に遭ったって聞いたとき、心臓が止まるかと思ったんだからね」


 抱きつかれてどうしていいのか分からず、恐る恐る奏さんの肩を抱く。


「でもよかった……こうしてまた会えて」

「大袈裟だなぁ」


 奏さんは涙でぐちゃぐになった顔で俺の手を握る。

 無表情だということを忘れてしまいそうなくらい、感情が顔に溢れていた。


「すごい。奏さん、今すごく感情が顔に出てるよ! やったね」

「バカ! 今はそんなことどうでもいいでしょ!」


 また叱られてしまった。

 まあ明らかにいま言うことじゃなかったとは思うけど。


「下半身不随で一生歩けなくなっても私が一生面倒見るからね。心配しないで」

「そんなひどい事故じゃないからね!? 少し擦りむいただけで骨も折れてないから」

「へ? そうなの?」


 奏さんは涙を拭いながらキョトンとした顔なる。


「もちろん検査しないといけないし入院はするけど、特に異常はないって言われてるから」

「そ、そうなんだ。私てっきりもっと重症なのかと」


 ようやく落ち着いてきたのか、奏さんは恥ずかしそうに俺から離れる。

 ていうかいくら取り乱してるからって『一生面倒みます』は言い過ぎでしょ。


 冷静になり、気まずい空気が流れ出したとき──



「おい、大丈夫かよ、丹後」


 病室のドアが開いて晃壱がやって来てしまった。


「あ、晃壱ちょっと待って」

「待ってほしいのはこっちの方だ。いきなり丹後が事故に遭ったって聞かされ──えっ!?」


 晃壱は奏さんを見て目を見開いて動きが止まった。

 ヤバい。

 最悪の事態が発生してしまった。





 ────────────────────



 突然の事故でしたが、大事に至らなくてよかったです!


 実は私も高校生の頃、丹後くんとよく似た事故に遭遇しました。

 放課後に美少女が抱きついてくることはなかったですけど。


 さて物語はこれから大きな転換を迎えます!


 これからもよろしくお願いいたします!

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