第23話 寝言

「そういえばさっきマンションのエントランスで蘭花さんと会ったよ」

「えっ? な、なにか言ってた?」

「奏さんが変わってきてるって言ってた。難だか嬉しそうだったな」

「そ、それだけ?」


 何故だか奏さんの声は懐疑的で焦りも感じた。


「二人でテストの打ち上げだって言ったら『青春だなぁ』ってからかわれたよ」

「そう。ふぅん」


 奏さんはホッとした様子で頷いていた。

 なにか二人だけの秘密的なことでもあるのだろうか?


 あれほどあった料理も全て平らげ、二人で後片付けをした。


「洗い物はあとで私がするからいいよ?」

「ごちそうになっておいてそうもいかないよ」

「そう? ありがとう」


 洗い物を終え、再び部屋に戻る。


「さて、と」

「テストの答え合わせするの?」


 奏さんに問い掛けるとキョトンとした目をした。


「あれ違った?」

「テスト終わった日にテストのことを考えるのって疲れない?」

「それはまあ、そうだけど。てっきり奏さんはすぐに自己採点とかしてるのかなって思ってたから」

「私をなんだと思ってるの? そんなに真面目で堅物に見える?」

「ごめん」


 奏さんはテレビのデッキボードからDVDを取り出した。


「テスト中は勉強で忙しいから終わった日は映画を観るのが好きなの」

「へぇ。なんかお洒落だね」


 皿にポテトチップスやポップコーンを盛り、並んでソファーに座る。


 映画はフランスのラブストーリーだった。


「こういうのが好きなんだ」

「パッケージが素敵だったから借りてきたの」


 映画は過去と未来、そして妄想の世界を行ったり来たりし、しかもこれといった大きな展開がなく進んでいく。

 つまり簡単に言えばとても難解で退屈なものだった。


 よく理解できないまま三十分ほど経ったときだった。


 トテッと俺の肩に奏さんの頭が乗っかってきた。

 見ると奏さんはいつの間にか眠ってしまっていた。


(勉強していた上に料理まで作って眠かったんだな)


 起こすのも可哀想なのでそのまま動かずに肩を貸した。


 すーすーと静かに寝息を立てている。

 起きているとき同じように無表情なのだけど、微かに開いた口がなんだかちょっとあどけない。


(このままだと冷えちゃうかな?)


 タオルケットでもかけてあげたいけど、動くと起こしてしまいそうで怖い。


「ちょっとごめんね」


 小声で断ってからそろーっと頭と肩を支えながらゆっくりとソファーに寝かせる。


 近くにあったタオルケットを奏さんにかけ、テレビの音量を下げた。


 このまま帰るのも失礼だし、起きるまではいた方がいいのかな?


 そのまま話の筋がよく分からないフランス映画の続きを観ていた。


「んっ……丹後く……うん、いいよ……」


 突然奏さんに話し掛けられて驚いて振り返った。


「なんだ、寝言か」


 いつの間にかずれてしまっていたタオルケットを掛け直す。


「んふふ……そうだよ……」


 なんの夢を見ているのか知らないが、よくしゃべる。

 そして次の瞬間──


「えっ!?」


 なんと奏さんは口角を上げてニッコリと微笑んだ。

 はじめて見る奏さんの笑顔だった。


 それはとても可愛くて、見ているものも笑顔になるような柔らかな笑顔だった。


「かわいい……」


 思わず声に出してしまう。

 それくらいの破壊力がある笑顔だった。


「んんっ……」


 その声に反応して奏さんが目を覚ましてしまう。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「あれ? え? 私、寝ちゃってた?」

「うん。かなりぐっすりと」

「えー? 起こしてよ」

「気持ち良さそうに寝てたから」


 奏さんは気まずそうに体を起す。


「なんと奏さん、寝ながら笑ってたよ」

「えっ!? 嘘!?」

「ほんの一瞬だけど確実に笑ってた。それに寝言も」

「寝言まで聞かれちゃったの!?」

「楽しそうだったけどなんの夢見てたの?」

「それは……」


 奏さんは表情を変えず顔色だけ赤くした。


「内緒。教えない」

「なんか俺も出演してたみたいだけど」

「知らない。もう忘れたから」

「そっかぁ。まあ夢ってけっこうすぐ忘れちゃうよね」


 俺にもよく経験があるから分かる。

 すごく楽しい夢だったのに起きたらあっという間に忘れてしまう。

 夢ってそんなものだ。


「そっか。私、笑ってたんだ……」


 奏さんは不思議そうに自分の顔を撫でていた。


「すごく楽しそうに笑ってたよ」

「こんな感じ?」


 奏さんは口角を上げて目を細める。

 一目で分かる作り笑顔だった。


「いや、似てるけど、でも全然違う。もっと自然な笑顔だったよ」

「そうなんだ……見たかったな」

「今度写真に撮っておくよ」

「駄目。寝てる顔なんて丹後くんに見られたくないし」


 それももっともな意見だ。


「仕方ない。やっぱり起きている時にちゃんと笑わせないとね」

「うん。期待してるよ、丹後くん」


 絶対に笑わないのかと思っていた奏さんが夢の中でだけど笑った。

 可能性はゼロじゃない。


 きっと笑わせることだって出来るはずだ。


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