第22話 二人きりの打ち上げ

「あー、終わった……色んな意味で終わった……」


 中間テスト最終科目が終了し、晃壱が机に突っ伏して呟いた。


「そう落ち込むなよ」

「丹後はずいぶん余裕そうだな? そんなに自信があるのか?」

「自信はないけど、まあやれるだけはやったから」

「なにその言い方。絶対自信のある奴のセリフじゃん。いつの間にお前は『そっち側』』の人間になっちまったんだよ!」


 奏さんから特訓してもらったから、正直自信は多少ある。

 でもそんなこと言えないから曖昧に笑ってごまかした。


「今日は遊ぶぞ! そうだカラオケ行こうぜ」

「ごめん。今日は用事があって……」

「なんだよ、それ! ノリ悪いなぁ」

「ごめんな。また今度」


 なんの用事なのか追求される前にさっさと教室を出た。


 テスト終わりで緊張が解けた生徒たちが歩くなか、俺は一人で奏さんの家に向かっていた。


 今日はテストの打ち上げという名目で二人でささやかなパーティーをする予定だった。

 奏さんは先に家に帰り、準備をしてくれている。


 四月にまともに会話をするようになってから二ヶ月。

 特にここ最近はテスト勉強で頻繁に家にお邪魔をするようになり、親密になってきた。


 美少女アンドロイドと呼ばれ神格化されている奏さんとこんな親しい関係になるとは夢にも思っていなかった。

 さすがに最近はこの状況に慣れつつあるが、やはり未だに会う直前はドキドキする。

 いや、前より最近の方がむしろドキドキ具合は激しい気がした。


 それは恐らく奏さんに恋をしてしまっているからなのだろう。

 意識するから余計にドキドキしてしまう。


『勘違いしたら駄目だ』


 ふわふわとした気持ちを引き締める。


 奏さんは表情を取り戻すために俺と仲良くしてくれているだけだ。

 それにつけこんで舞い上がってしまったら、奏さんの心を傷つけることになりかねない。


 ひとまず今は想いは心に秘めて、奏さんを表情豊かにすることだけを考えよう。


 奏さんの住むマンションに到着すると、エントランスで蘭花さんと出会った。

 奏さんの隣の部屋に住む大学生で、姉のように慕ってるのだからきっと優しい人なのだろう。


「あら? あなたは確か丹後くん」

「ご無沙汰してます」

「奏ちゃんに会いに来たの?」


 なんとなく笑い方が妖艶で思わずドキッとしてしまう。


「はい。テストの打ち上げなんです」

「奏ちゃんと二人で?」

「はい」

「いいねー。THE青春って感じ」

「いや、まあ……」

「あの子のこと、よろしくね。きっと丹後くんなら奏ちゃんを笑顔に出来るわ」

「だといいんですけど。自信はないです」

「大丈夫。奏ちゃんは確実に変わってきてる。それは間違いなく丹後くんのおかげですから」


 蘭花さんは頷きながら俺を見詰める。


「本人はもう慣れたなんて言ってるけど気持ちを顔や態度に出せないのはやっぱり大変だと思うの。丹後くんの力であの子に表情を与えてあげてね」

「はい。頑張ります!」

「あ、でも泣かせちゃ駄目よ。そういう感情はいらないから」


 蘭花さんは人差し指をぴんっと立てて俺の顔に近付ける。


「奏ちゃんを泣かせたりしたら、怒っちゃいますからねー」

「ははは……嫌だなぁ。泣かせるわけないじゃないですか」


 笑っているのに蘭花さんは妙な迫力があった。

 怒らせたら怖いタイプなんだろう。


 部屋の前についてチャイムを鳴らすとパタパタとスリッパの音が聞こえた。

 ふと先日のショルダーオフのファッションを思い出す。


 可愛い服装だったけどちょっと無防備過ぎて困った。

 思わず見えてしまったブラジャーは今でも脳裏に焼き付いている。


 ガチャッとドアが開き、落ち着いたワンピースを着た奏さんが出てきた。


「いらっしゃい」

「ちょっと早く来すぎた?」

「ううん。ちょうど料理も出来たところだよ」

「え? もう?」


 テーブルにはフライドチキンやグラタンなどが並べられていた。


「実は昨日のうちに仕込みとかしてたから」

「昨日!? 勉強で忙しかったのに!?」

「大したことないよ。さ、食べよう」


 パーティーらしく炭酸飲料をなみなみと注いで乾杯する。


「いただきます」

「どうぞ」


 お腹が空いていたので遠慮なくチキンにかぶりつく。

 スパイスが効いていてピリッと刺激的だけど鶏肉の旨味もしっかりと活かされている。


「美味しい!」

「そ、そう? よかった」


 グラタンも手作りのホワイトソースで複雑なのに調和の取れた味わいだった。

 手抜き料理だなんて謙遜しているけど、かなり手が込んでいるのは食べれば分かった。


「テストはどうだった?」

「奏さんのおかげでかなり出来たよ。っていっても奏さんには全然敵わないだろうけど」

「私の力なんて大したことないよ。丹後くんが頑張った成果なんだから」

「勉強のしかたのコツも分かったし、これからは大丈夫な気がする。ほんとありがとう」


 感謝の言葉を伝えると、心持ちか奏さんはスンッと寂しげに俯いた。


「そっか。よかった。じゃあもう一緒に勉強しなくても大丈夫?」

「あ、いや……それはまたお願いできると嬉しいかな。一人だと怠ける癖があるから」

「そう。じゃあまた一緒に勉強しようね」


 微かにぱぁっと華やいだ気配を見せる。

 注意していると案外奏さんの心の変化は分かりやすい。


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