第19話 足つぼマッサージ

 奏さんの足の裏はぷにっと柔らかい。

 剣道をしていたカチカチの俺の足の裏とは正反対だ。


「あ、あんまり顔を近づけないで。恥ずかしい」

「あ、ごめん」


 ていうか勢い半分で言っちゃったけど、足つぼマッサージなんてする方もちょっと恥ずかしい。

 手を握ったこともないのに足なんか握っちゃっていいものなんだろうか?


 いや、これは奏さんの表情を取り戻すための行為だ。

 恥ずかしがっていたらむしろ失礼になる。


「じゃあいくよ」


 声をかけるとコクッと奏さんが頷く。

 土踏まずからグリグリ圧していった。


「痛い?」

「ううん。気持ちいいくらい」

「そっか」


 適当にグリグリ圧しながら当てる場所を動かしていく。


「あ、ちょっと痛いかも」

「ここ?」

「うん……」


 とはいえさほど表情の変化はない。


 先ほどのテレビ番組ではギャルがのたうち回っていたのに。


 もしかしたら力が弱いのかもしれない。

 そう思って更に強く拳を押し付ける。

 しかし奏さんは涼しい顔のままだ。


「えいっ!」


 奏さんは唇をきゅっと結んだが、表情の変化と呼ぶほどではない。


「もうちょっと、こうかな?」

「んあっ! 痛いっ! ちょっと丹後くんっ!」

「わ、ごめん」


 無表情のままだったけど痛かったらしい。


「手加減してよ、もう」

「ごめん。痛くないのかと思って」


 どうやら痛みで表情を崩す作戦は失敗のようだ。


「じゃあ次は私が丹後くんの足つぼマッサージするから」

「え? お、俺はいいって」

「ダメ。順番だよ」

「順番って……」


 そんな約束してなかったけど逆らえなさそうな空気なので従う。


「わっ……丹後くん足の裏、固い……」

「剣道は素足でするからね。そのせいで足の裏は固いんだ」

「そうなんだ」


 奏さんはマジマジと俺の足の裏を見詰める。

 触られてないのに擽ったさを感じてしまう。


「ザラザラだけど逞しくて男の子って感じ」

「そ、そうかな? なんかゴツゴツしてて恥ずかしいけど」

「じゃあ圧してみるね」


 奏さんは細い指で俺の足の包む。

 こんな繊細な指では大して圧せないだろう。

 そんな余裕をかましていると──


「んぎっ!?」


 ずくんっと強烈な痛みが走った。


「痛っ! 痛たたたたたっ!」

「暴れないで」

「痛いって! ギブ!」

「ダメ。私のときはゴリゴリしてきたくせに」

「あー、無理! ごめんなさいっ!」


 足つぼマッサージがこんなに痛いとは知らなかった。

 テレビの痛がり方はオーバーリアクションじゃなかったようだ。


 マッサージを終え、お茶を飲んで休憩する。


「奏さんは痛くても表情変わらないんだね。なんかさすがだなーって感心したよ」

「わたし子供の頃注射が嫌いでさ。よく泣いてたの。でもある日我慢して泣かなかったらお医者さんやお母さんにすごく誉められて。それが嬉しくて痛いときも表情を動かさないようになったの」

「なるほど」


 他の感情と違い、痛くても表情を変えないのには理由があるのか。


「あ、そうだ。丹後くんの子供の頃の写真ってないの?」

「あると思うけど」

「見たいな」

「いいけど、別に面白くないよ?」


 物置部屋の引き出しからアルバムを出してくる。

 俺自身も久しぶりに見るアルバムだ。


「保育園の頃のアルバムだな、これ」

「これが丹後くん? 可愛い」

「そ、そうかな?」

「この頃から今の面影があるよね」

「えー? そう?」


 なにが面白いのか分からないが、奏さんは俺の写真を一枚づつ丁寧に眺めていた。

 保育園が終わったら次は小学校、中学校とアルバムを捲っていく。


「これが剣道の道場?」

「そう。小学二年生から始めたんだ」

「へぇ。カッコいい」

「そうかな?」


 可愛いと言われたときもドキッとしたが、カッコいいと言われると更に心拍数があがってしまう。


「今は剣道してないの?」

「ちょっと怪我をしてね。それ以来してないんだ」

「そうなんだ……」


 その時、ガチャッと乱暴に玄関が開く音がして、トットットと足音が近付いてきた。


「ただいま! ねぇお兄ちゃん誰か来て──」


 リビングのドアが開き、音色が飛び込んできた。

 奏さんと目があった瞬間、すぅっと瞳の奥に冷たい光を帯びた。


「お邪魔してます」

「出たな、サキュバス! ていうかみんなが留守のときに女の子を呼ぶなんて、お兄ちゃんの不潔!」

「バカ、違う。そういうんじゃなくて」

「私が勝手にお邪魔しちゃったの」

「押し掛けサキュバスだな! 油断も隙もあったもんじゃない!」

「こら。失礼だろ。ていうか帰ったらまず手洗いしなさい」


 注意すると音色は渋々手を洗う。

 まったく困った妹だ。


 テーブルに積み上げられたアルバムを見て音色がニヤリと勝ち誇ったように笑った。


「私とお兄ちゃんがいかになかよしなのかその写真を見て分かったでしょ?」

「うん。音色ちゃんもたくさん写ってた」

「私とお兄ちゃんとの間には十四年もの愛の歴史があるの! 昨日今日知り合ったあなたとは違うんだから!」

「そうだね。私なんかまだまだだね」

「わ、わかればいいのよ」


 軽くあしらわれて音色はリアクションに戸惑っていた。


「じゃあ私はそろそろ帰るね」

「てかなにしに来たのよ?」

「お土産を持ってきたの。みんなで食べてね」

「んあー!? これ、美味しいやつじゃん! ありがとう!」


 有名な店のおかしなのか、音色はすぐに笑顔になる。

 現金なやつだ。


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