第20話 試験特訓
連休が明けると生徒たちの間には不安と憂鬱が生まれ始める。
休みが終わってしまったという失望もあるが、それ以上に大きいのは──
「あー、丹後。あと二週間で中間テストだぜ? 嫌だよなぁ。勉強してる?」
そう。中間テストを控えているからである。
「あんましてない。晃壱は?」
「俺がするわけないだろ。はぁ……やだなぁ」
中間テストで人生が決まるわけじゃないけれど、やはり悪い点数は取りたくない。
来年の今ごろは大学入試に向け、更に勉強のプレッシャーは大きくなっていく。
今のうちからしっかりやっておかなきゃいけないだろう。
チラッと奏さんを見ると、今日も一人机に向きって真面目に予習をしていた。
相変わらず真面目な人だ。
放課後、駅に向かって歩いていると奏さんが隣にやってきた。
「あ、奏さんも今帰り?」
「うん。一緒に帰ろう」
二人で話し合った結果、学校では変に注目されないようにあまり会話はしないことにしている。
その提案に奏さんは当初難色を示していたが、なんとか折れてくれた。
孤高の美少女アンドロイドと呼ばれる彼女は常にみんなの注目を浴びている。
下手に話し掛けていると俺だけでなく、奏さんにも迷惑がかかりかねないからだ。
「ねえ、丹後くん。中間テスト、困ってるの?」
「なんでそれを?」
「朝、阿久津くんと話してるのが聞こえたから」
「聞かれてたんだ。恥ずかしい。実はそうなんだよね。毎回テスト前は憂鬱でさ」
「勉強苦手なの?」
「まぁね。恥ずかしながら苦手」
嘘をついても仕方ないので正直に告白する。
「よ、よかっ……ら……」
「ん? なに?」
ゴニョゴニョっとなにか言ったあと、奏さんは意を決したように顔を上げる。まぁ、無表情だけど。
「よかったら私が勉強を教えようか?」
「え? いいの?」
「教えると言っても大したことは出来ないけど」
「助かるよ! ありがとう」
常に学年トップの奏さんに教われるなんて心強い。
「じゃあ早速うちに来て」
「え? 図書館とかでするんじゃないの?」
「人目につくことを避けたいって丹後くんが言ったんでしょ?」
なぜか奏さんは少しムッとした感じだ。まぁ、無表情なんだけど。
「そうだけど……いいの?」
「一人暮らしだし、別に気兼ねなく来てくれていいよ」
「じゃあお邪魔しようかな」
一人暮らしの女の子の部屋に気兼ねなく行っていいものなのか分からないけど、変に意識すると逆に失礼なのでお言葉に甘えることとした。
奏さんの教え方は想像以上に上手かった。
ただ解き方や覚え方を教えるのではなく、俺がなににつまずいているのかを理解し、分かりやすく解説してくれる。
正に俺に特化した指導法だった。
それに頻繁に休憩をいれてくれるのも助かる。
人の集中力は長く続かないので短い休憩を入れた方がむしろ捗るらしい。
「一人で勉強してるときもこうして休憩を挟んでるの?」
「一人のときは結構休まずにしちゃうこともあるかな」
「よく集中力が続くね」
「ヨガの呼吸をしてるから」
「ヨガの呼吸って、あのサイクリングのときに教えてくれたやつ?」
意外な単語が飛び出して驚く。
「そう。あの呼吸法なら集中力も途切れづらいの」
「運動だけじゃなくて勉強するときも使うんだ?」
「なんにでも使えるよ。丹後くんも覚えた方がいい」
「もしかして日常生活でも使ってるの?」
まさかと思って訊ねると奏さんはコクッと頷いた。
「もう癖になってるから。いつでも無意識で常に使っているよ」
「だからいつも冷静沈着なのか」
「冷静沈着? そうかな?」
もしかして無表情なのもそれが原因なのかもしれない。
「そうだ。一回呼吸を止めてにらめっこしてみない?」
「えー……丹後くんに変顔見せるとか嫌なんだけど……」
「お願い! 一回でいいから!」
「仕方ないなぁ……一回だけね」
息を止めた状況ならそのヨガの呼吸とやらも使えない。
これは奏さんを笑わせるチャンスだ。
「いくよ。にらめっこしましょ、あっぷっぷ!」
頬を膨らませて寄り目にする。
しかし俺の目算は甘かった。
奏さんは両手で顔をむぎゅっと潰し、目をくるくると回した。
表情を変えるのではなく手を使うとは!
想像以上の変顔に堪らず噴き出してしまう。
「あははは! なにそれ!」
普段真面目な上に整った顔立ちの奏さんの変顔は強烈だった。
息を止めさせて笑わせる作戦は悪くなかったが、奏さんがにらめっこ得意だったというのは想定外だった。
「もう一回! もう一回勝負しよう!」
「一回だけの約束でしょ? さあ勉強を再開するよ」
「そんなっ……」
やはり奏さんを笑わせるというのは並大抵のことじゃない。
改めて空を実感させられた。
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いつも読んでくださってありがとうございます!
テスト前って憂鬱でしたよね。
私もこんな素敵なテスト勉強をしたい人生でした。
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