第13話 すみれの花が咲く場所で

 わー、丹後くんのお腹、固い!

 やっぱり想像していた通り、丹後くんは細マッチョだ!

 本当はこんな風にお腹を触る必要なんて大してないんだけど、どさくさに紛れて触っている。

 ヨガのこと、詳しくなさそうだしバレないよね?


 真剣な顔でスーハースーハー息をしているのもすごくセクシー……


 いけない。

 こんな変態的な喜びに浸ってしまうなんて。

 丹後くんは真面目にヨガの呼吸法を教わりたいだけなのに。

 ごめんね、丹後くん。

 あと一分、いや二、三分……五分だけ。



 さっき丹後くんの汗の染み込んだタオルもゲットしたし、今日はなんてハッピーな日なんだろう!


 こんな変態でごめんね、丹後くん。

 でもクンクナーにとって大好きな人の香りがするタオルは宝物なの……

 ほんと、ごめん!


「はひゅ!?」


 突如丹後くんが奇声を発して身体をびゅくんと震わせた。


「どうしたの?」

「い、いや、奏さんの手が、その、当たっちゃって」

「当たる?」

「い、いや、なんでもないっ! ヨガの呼吸って難しいんだね! また家で練習しておくよ! あはは……」


 丹後くんは腰を引き気味でひきつった笑いを浮かべていた。



 ひと休憩終えてまた自転車で走り出す。

 上り下りの多い道で結構大変だ。

 丹後くんは早速ヨガの呼吸法を使いながら走ってくれている。

 私の場合は意識しなくても出来るので疲れはあまり出ない。


 だんだん山の方へと向かっていき、景色はずいぶんと長閑なものに変わってきた。

 思えば一人暮らしをはじめてから自転車で遠出をすることなんてなかった。


 もともと自然の多い場所で育ったせいか、こういう景色を見ると落ち着く。


 お昼を少し過ぎた頃、河原が見えてきたので休憩することとした。


「ここでお昼にしよう」

「そうだね。近くにコンビニもあるし」

「お弁当なら作ってきたよ」

「え、そうなの!? ありがとう」


 川遊びをする家族がちらほらと見える一角にシートを広げる。


「お弁当って言ってもおにぎりと簡単なおかずだけど」

「簡単なおかずって、卵焼きと唐揚げ、竹輪の磯辺揚げってなかなか手が込んでるね。みんな手作り?」

「まあ、一応」

「朝からこんなに作るなんて。早起きさせちゃったんじゃない?」


 丹後くんは大袈裟なくらい喜んでくれる。

 嬉しいけどちょっと恥ずかしい。


「美味しい! 鮭のおにぎりなんだ!」

「焼きたらことウメもあるよ」

「そんなにあれこれ入れてくれたんだ! ありがとう!」


 そんなことで喜んでくれるなんて、意外と丹後くんはチョロいのかもしれない。

 嬉しい反面、他の女の子にもチョロく攻略されないか心配になる。


「ん? どうしたの?」

「別に。あ、ご飯粒ついてる」


 顎についた米粒をひょいパクしようとした。

 でもさすがにそれは出来ない。


 ……よし、これはお持ち帰りにしよう。


「ちょっ!? なんでその米粒丁寧にラップに包んでるの?」

「はい、お茶どうぞ」

「え? ありがとう。あ、冷たい」

「今日は暖かいし、サイクリングのあとに飲むから凍らせていたの」

「つくづく気が利くなぁ」


 ……うまくごまかすことが出来たようだ。

 しばらく景色を見ながらお弁当を食べる。

 もりもり食べる姿も可愛い。


「あー、失敗したなぁ」

「どうしたの?」

「サイクリングに誘ったのは奏さんの表情を変えるためだったんだ。笑わせるのは難しくても、疲れたら辛そうな顔になったりするかなとか思ってたのに。むしろバテてるのが俺の方とかダサすぎるよね」

「そういうことだったの」

「騙すように誘ってごめん」

「ううん。サイクリング出来て楽しかったよ。ありがとう」


 丹後くんは私が表情豊かになれるよう、一生懸命努力してくれている。

 それなのに期待に応えられなくて申し訳ない気持ちになった。


「気にすることないよ。焦らずいこう」

「え?」

「いま表情が変わらないことに自己嫌悪してたでしょ? 」

「なんで分かったの?」

「目の動きとか手をきゅって握る素振りとか。そういうのを見て」

「さすが丹後くんだね」

「大丈夫。俺は奏さんが感情豊かなことを知ってるから。心配しないで」

「うん。ありがとう」


 私のことを理解してくれている。

 それだけで気持ちが楽になった。

 こんなこと、これまでの人生ではじめてのことだ。


「あ、見て、奏さん」


 丹後くんが指差す方に視線を向ける。


「すみれが咲いてる」

「あっ……」


 河原の土手にすみれが咲いていた。

 緑色の土手にポツポツと彩る紫が愛らしく、美しかった。


「きれい……」

「えっ!?」

「なに?」

「いま、奏さん笑ってた」

「うそ……ほんとに?」

「小さくだけど、確実に笑ってたよ」


 同級生の前で笑えたのは何年振りだろう。

 全く無意識のうちに笑っていた。


「私、笑えたんだ……」

「ここに来てよかったよ」

「丹後くんはすみれが咲いてるって知ってて来たの?」

「ううん。全くの偶然だよ」

「そうなんだ」


 適当に走って、導かれるようにここに辿り着いた。

 それは神様のお導きだったのかもしれない。

 もうすぐ五月という空を見上げ、私は大きく息を吸い込む。

 清々しい香りが鼻を抜け、胸を擽った。





────────────────────



悲報。

作者、モンハンライズを購入してしまう。


でもご安心を!

本作はまだまだストックがあります!

モンハンのしすぎで更新が滞るなどということはありません!


ついに微笑むことが出来た奏さん!

そして拗らせ性癖の奏さんに色々と弄ばれていることに気付かない丹後くん!


サイクリングデートでまた一歩二人の距離が縮まりました!


もう付き合っちゃえよ!という気持ちを★やフォローに籠めていただけると嬉しいです!


これからもよろしくお願いいたします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る