第14話 中二病妹対美少女アンドロイド

 間もなく連休というある日の放課後。

 俺たちは休みに何をしようかと相談しながら下校していた。


「出掛けるのもいいけど、一度丹後くんの家に行ってみたいな」

「うちに?」

「妹さんとも会ってみたいし」

音色ねいろと? やめておいた方がいいよ」

「なんで? いつも妹さんの話をするときは楽しそうにしてるでしょ?」

「妹はちょっと変わってるから」

「一度会って挨拶してみたい」

「うーん……まあいいけど」


 音色は悪い奴ではないんだけど中二病が発症しているときは痛々しいし、話が通じない。

 家族なら慣れているからいいけど、奏さんの前で発症されるとややこしい。


「じゃあ今日行く」

「きょ、今日? 急だね」


 今朝の音色は普通だった。

 確か明日は実力テストがあるとかで『魔族の末裔』だとか『漆黒の玉響オーブ』だとか言ってる暇はなかったはずだ。


「駄目?」

「まあいいよ。うちに来ても別に面白いことはないと思うけど」

「どんなところなのか見たいだけだからいいの」

「普通のマンションだよ?」


 来てもゲームくらいしかやるものもないけど奏さんを連れて帰る。


 玄関を開けて「ただいまー」と声をかけるとリビングからトットットと小走りの音が聞こえてきた。

 音色はもう帰っているようだ。


「おかえりー。ねぇお兄ちゃん、お腹空いたー! なにか作っ」


 騒々しくやって来た音色は奏さんを見て固まった。


「誰?」

「この人はクラスメイトの」

「安東奏です。はじめまして、音色ちゃん」


 ペコッと頭を下げる奏さんを見て、音色は急に鋭い目付きに変わった。


「蒼太、我が根城に女を連れ込もうとはどういう了見だ? 下僕のくせに。しかもその女はサキュバスだ」


 突発性中二病が発症してしまった。


「こら、音色。失礼だぞ」

「さきゅばす?」

「ふっ……惚けるな。サキュバスとは女淫魔──」

「音色! お兄ちゃん怒るぞ」

「ふんっ! そんな下等魔族に魅了されるなんて、お兄ちゃんのバカ!」

「音色。どっちでもいいからキャラを固定しなさい。ふらふらしてたら奏さんも対応に困るぞ」

「キャ、キャラじゃないし! 私は本当に上級魔族の末裔だし!」


 ちなみに俺は音色専属の下僕で下級魔族という設定らしい。

 音色が末裔なら兄の俺も同じ身分だと思うのだが……


「ごめんな、奏さん」

「いえ。勝手に音色ちゃんの根城? に来た私が悪いんだし」

「そうだ、サキュバス! さっさと帰れ! ここは貴様みたいな巨乳の来るところではない!」

「音色っ!」

「Eだよ? そんなに大きくはないから」

「ま、マウント取ってきた! この女、無表情でマウント取ってきた!」

「この女じゃない。奏さんだ」


 自分から吹っ掛けておいてギャーギャー騒ぐな、妹よ……

 てかそんなに大きいとは思わなかったから俺もちょっと驚いている。


「さ、上がって。散らかってて悪いんだけど」

「いいの?」

「せっかく来たんだからお茶くらい飲んでいってよ」

「じゃあ」

「もう、お兄ちゃんっ!」


 うるさい音色を無視して奏さんをリビングに案内した。

 なぜか音色はムッとしながら俺の隣にぴったりと張り付いてくる。


「なんだよ、音色。怒って外に出ていくかと思ってたのに」

「はあ!? 妹を追い出そうって作戦だったの!? そうはさせないから!」


 両親とも仕事でいないから俺がコーヒーを淹れる。

 奏さんは椅子に座りキョロキョロと室内を見回していた。

 うちのリビングに奏さんがいるという構図がなんか不思議だ。

 つい一ヶ月ほど前はほとんど会話をしたこともない、遠目で見ていた自分とは縁のない美少女だったのに。


「特に変わったところもない家でしょ?」


 コーヒーを置いて俺も向かいの席に座る。その隣に音色が座った。


「ううん。ここで丹後くんが成長したんだなって思うとなんか特別なところに見えてくる」

「そ、そう?」

「あの窓から見える景色も、サイドボードの写真も、大きな冷蔵庫も、みんな丹後くんの成長と共にあったんだよね」


 奏さんは挨拶をするようにそれら一つひとつに視線を向ける。

 表情は変わってないのに微笑んでいるように見えた。


「ふっ……その通り。私とお兄ちゃ、この下僕の間には十四年もの歴史があるんだから」

「兄妹で仲がいいのね」

「嫉妬か? あはは!」

「そうかも。私は一人っ子だからお兄ちゃんがいるって憧れてたから」

「そ、そう……ふぅん……」


 無表情で肯定され、音色は振り上げた拳を下ろすタイミングを失ったように気まずい顔をしていた。

 さすがの音色も無表情で冷静沈着な奏さんは絡みづらいようだ。


「そうだ。音色ちゃんお腹空いてるって言ってたよね? 私になにか作らせて」

「いいって、奏さん」

「ううん。作りたいの」


 奏さんは腕捲りをして、「キッチンお借りします」と冷蔵庫へと向かってしまった。

 その隙に音色が俺の耳元で囁く。


「お兄ちゃん、あの人サイコパスとかじゃないよね?」

「そんなわけないだろ」

「なんか怒ってるのか喜んでいるのか全然わかんないんだもん」


 ゴソゴソと物色して、奏さんはパスタの乾麺を手にした。


「パスタにするね。和風とペペロンチーノ、どっちがいい?」

「……ペペロンチーノ」


 そこは断らないんだな、音色。

 心の中で笑ってしまった。


「なんか手伝おうか?」

「じゃあパスタを茹でるお湯を沸かして」

「了解」


 奏さんはにんにくと唐辛子を手際よく刻んでいく。

 両親が忙しいので俺も料理を作るが、奏さんほど手際はよくない。

 さすが毎日自炊しているだけのことはある。


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