第7話 丹後くんの気になる人
『君を愛している』
『大好きだ』
『僕と恋をしようよ』
『君の笑顔が見たいから』
これらはすべて、今日丹後くんから言われた言葉だ。
もちろん歌の歌詞だけど。
「っっー!」
枕に顔を埋め、ベッドで足をバタバタさせる。
あー、丹後くん。
素敵!
かっこいい!
好き好き好き!
私も大好きだよぉー!
枕に染み込ませるように甘い言葉を口にしていた。
ピンポーン……
誰かが来訪を告げるインターフォンがなる。
ドアスコープを覗くと隣の部屋の蘭花さんの呆れた顔が見えた。
「蘭花さん。どうされましたか?」
「『どうされましたか?』じゃないでしょ。奏のはしゃぐ声とかバタバタする音が私の部屋まで丸聞こえなんですけど?」
「す、すいませんっ」
「気になって勉強も出来ないじゃない。罰としてじっくり話を聞かせてもらうからね」
蘭花さんに上がってもらい、今日のカラオケデートの話を聞いてもらった。
「そんなわけで丹後くんにたくさん好きだって言ってもらっちゃいました」
「それって歌詞でしょ? 別に奏に言ったわけじゃなくて」
蘭花さんは呆れた顔で優しく笑った。
「そうですけど脳内を切り替えて丹後くんが私に告白してると仮定して聞くとすごくキュンキュン出来るんです」
「なにその不純なカラオケの楽しみ方。奏は本当に妄想力が逞しいんだから。無口なのに脳内ではすごいおしゃべり好きだよね」
「色々考えちゃうと逆に言葉に出すのが難しくなっちゃうんです。でも今回は大丈夫です。私も歌で自分の気持ちを伝えましたので」
「それ絶対丹後くんには伝わってないと思うよ。ただ奏が歌ったとしか思ってないから」
「そうでしょうか? ちゃんと目を見て歌ったから伝わってるはずです」
「……そんな風に意志疎通を図るためにカラオケを利用してるの奏だけだよ。ちゃんとした言葉で言わないと気持ちなんて伝わらないんだから」
蘭花さんはゆるゆると首を振ってため息を漏らす。
「そういえば以前蘭花さんも好きな男性に『月が綺麗ですね』って伝えたら天文学的な話題で返されたって言ってましたもんね」
「わ、私のことはいいの。古傷をえぐらないで!」
「いいじゃないですか。今はその方といい感じになってるんですから」
「そ、そこまでいい感じでは……鈍感な人だから」
顔を赤らめて照れ照れになる蘭花さんはなんだか可愛い。
こういう愛らしさが男性から人気になる理由なのだろう。
私ももう少し愛想がなければ丹後くんに嫌われちゃうかもしれない。
テーブルの上にある鏡に写る自分の顔をチラッと見る。
恋の話をしているというのにちょっとも笑ってないし、顔も蘭花さんみたいに赤らんでない。
可愛げのない女の子だ。
「大丈夫。表情に出てなくても奏は心の中で笑ったりドキドキしたりしてるでしょ」
私の胸の内を読んだように蘭花さんは私の頭を撫でる。
「きっと丹後くんも分かってくれている。焦らずゆっくり恋をすればいいの。奏は可愛いんだから心配しないで」
「ありがとうございます。なんか蘭花さんと話していたら元気が出てきました」
普段はあまり人としゃべれないのに蘭花さんとならば色々と話せる。
不思議だ。
「私とはちゃんと喋れるのになんで学校では上手く喋れないのかしら」
「それは蘭花さんがお姉さんみたいだからです」
「そうかなぁ。あ、そうだ!」
蘭花さんはポンッと手を打ってにっこり笑う。
「もしかしたらこの部屋なら落ち着いて喋れるんじゃないかしら?」
「そうでしょうか?」
「きっとそうよ。明日、この部屋に丹後くんを連れて来て」
「明日ですか? 急すぎませんか」
「明日なら私部屋にいるから。隣に私がいるって思ったら奏もなんとなく安心でしょ」
「確かに」
蘭花さんの存在を意識できればいつもよりは緊張しないだろう。
「じゃあ決まりね!」
「でも丹後くんの都合もあるし」
「決まりね」
「……はい」
にっこり笑ってごり押し。蘭花さんの得意技だ。
なんだかんだで逃げようとする私の性格を蘭花さんは見抜いている。
この部屋に丹後くんが来る。
そう思っただけで早くもなんだかドキドキしてきた。
翌日の放課後。
友だちの阿久津くんと話をする丹後くんを横目で見ていた。
蘭花さんには今日家に連れていくと約束してしまったけど、自宅に誘うなんて私にはまだハードルが高すぎる。
このまま晃壱くんと丹後くんが盛り上がって二人で帰ってくれれば誘えなかった言い訳が出来る。
そんな後ろ向きなことを願ってしまっていた。
「今度は本当だって。本物の恋の始まり」
「また? 晃壱の『今度は本当』はあてにならないからなぁ」
どうやら阿久津くんの恋の相談に乗っているらしい。
阿久津くんは明るくて気さくないい人だけど、ちょっと惚れっぽいようだ。
よく恋愛の話を丹後くんにしている。
「恋愛してない丹後には分からない悩みだよなぁ」
「お、俺だって気になっている女の子くらいいるし……」
ボソッと呟いた丹後くんの言葉に思わず前のめりになる。
(嘘っ!? 丹後くんも恋してるの!? まさか彼女がいるとか!?)
「えー? 初耳なんですけどー? 誰なの?」
「言わないよ」
「教えろよー。俺だって教えただろ」
「勝手に晃壱が話しただけだろ」
(ちょっと阿久津くん! もっと小さな声で! 丹後くんの声が聞こえづらいし、そんなぐいぐいいったら丹後くんが引いちゃうから!)
「このクラス?」
「言わないって」
「同じ学校?」
「だから教えないってば」
「俺の知ってる人かどうかだけでも!」
「しつこいなぁ。知ってる人だよ。同じ学校の人」
「範囲広いな。って、もうこんな時間じゃん!? バイト遅れるから行くわ」
「おう。また明日」
「丹後くん、ちょっといい?」
阿久津くんと入れ違いで丹後くんに突撃する。
さっきまでの迷いや怯えはもうなかった。
丹後くんを他の女の子に取られる前に何とかしなきゃという気持ちで一杯だった。
「どうしたの、安東さん?」
「今日、うちに来て欲しいんだけど」
「は?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます