第8話 君のことと俺のこと

「あ、安東さんの家に? 今から?」

「駄目?」

「駄目じゃないけど……」

「よかった。じゃあ行こう」


 いきなり家に誘われ、心臓が暴走を始める。

 てかこんなところを晃壱に見られなくてよかった。

 勘の鋭いあいつなら俺の気になっている人が安東さんだとバレてしまっていたかもしれない。


 安東さんの家は高校のある駅から二駅先の、駅前にあるマンションだった。


「このマンションなの」

「へぇ。きれいなところだね。あ、でも待って。ここってワンルームマンションなんじゃないの?」

「そう。一人暮らししてるから」

「え!? 高校生で一人暮らしなの!?」


 俺の質問に無言で頷き、安東さんは中へ入っていってしまう。

 仕方なく俺もその後に続いた。


「狭くてごめんね」

「いや、それは全然いいんどけど」


 想像していた安東さんの部屋とまるで違い、女の子らしい可愛らしい部屋だった。

 スイーツ型のクッションや花柄のカーテンなど色とりどりである。

 無表情の下に隠された安東さんの心を表したかのような華やかさがあった。


「高校生で一人暮らしってすごいね。はじめて見たよ」

「うん。実はうちの父はちょっとした会社の社長で、このマンションも父の会社が所有するものなの」

「マジで!?」

「うちの高校に進学することになったのを期に一人暮らししてみろって言われて」


 なんだか今の安東さんはいつもよりスムーズに喋っているのに気付いた。

 家の中だと落ち着けるから喋りやすいのかもしれない。


「それにしてもよく娘の一人暮らしなんて許したね?」

「私が頼りないから修行のつもりなんだって。まあ実家も遠くないし、それほど問題もないんだけど」

「でも安東さんはしっかりしているように見えるけどなぁ?」

「全然。特に小さい頃から感情を表現するのが苦手だから、人付き合いが下手くそで。それで両親も心配していたの。一人暮らしで苦労すればそれも直るかなって期待しているみたい。まあ全然改善されてないんだけど」


 安東さんはスカートをきゅっと強く握った。

 きっと変われない自分が不甲斐なくて悔しいのだろう。


 顔には出なくてもこうした些細なところに彼女の感情は現れる。

 俺だけはその信号を見落とさないようにしようと心に誓った。


「大丈夫。俺も安東さんに協力するから。感情を出せるように焦らずゆっくりと努力していこう」

「出来るかな? あんまり自信ないけど」

「もちろん出来るよ。だって安東さんの心の中にはたくさん感情が詰まっているから。それを表に出していけばいいんだよ」

「うん……ありがとう」


 安東さんはどこかそわそわした様子で頷く。


「今なにか考えてるでしょ。でもそれが言えなくて言葉に出来なかった」

「なんで分かったの?」

「うちの妹がちょっと変わっててね。中二病っていうの? なんか突拍子もないことを言い出すんだけど、全く無意味な言葉じゃないときもあるんだ。だから不思議な言動から真意を読み取らなくちゃいけなくて。そんなことをしているうちに、妹以外の人の気持ちもなんとなく分かるようになってきたんだ」

「なるほど。それで丹後くんは人の心を汲むのが上手いんだ」


 妹との疲れるやり取りも役に立つことがあってよかった。

 妹に感謝だ。


「それでなにが言いたかったの?」

「あ、あの。私のことを『安東さん』じゃなくて下の『奏』の方で読んでくれたら嬉しいなって」

「下の名前かぁ。か、奏……さん。なんか照れくさいな」

「私ってほら、その……一部ではアンドロイドって呼ばれてるよね?」

「知ってたんだ?」


 実際は『美少女アンドロイド』だけど、恥ずかしいから美少女の部分は割愛したのだろう。


「表情がなくてロボットみたいで、そのうえ安東なんて名字だから『アンドロイド』って呼ばれてると思うだけど。なんかちょっと苦手で。安東さんって言われるとそれを思い出しちゃうの」

「そういうことか。分かった。じゃあ奏さんって呼ぶね」

「奏って呼び捨ての方が好みなんだけど……」

「ん? なに?」

「なんでもない。ありがとう。お茶も出さずにごめん。いま淹れるから」


 安東さん改めて奏さんはトットットとサイドポニーを揺らしながらキッチンへと向かった。


「そういえば奏さんって自炊してるの?」

「うん。まあいい加減な料理だけど」

「学校終わってから家事ってえらいなぁ」

「一人暮らしだから仕方ないし」


 キッチンとリビングに離れているから声も必然的に大きくなる。

 それほど大きな声と言うわけもないけど、それなりの声量だ。

 小声じゃない声も出せるのだと安心する。

 ほどなくして奏さんがマグカップ二つを持って戻ってきた。


「そういえばさっき、放課後の教室で阿久津くんとなにを話していたの?」

「えっ!? あ、ああ、あれ? 阿久津に好きな子が出来たって話でさ。しょっちゅうなんどけどね。フラれるまでが様式美ってやつで。ハハハ……」


 俺にも気になる子がいるという話題をしたのは伏せた。

 本人相手にする話題じゃないからだ。


「それだけ? なんか阿久津くんの方が丹後くんを問い詰めてるように見えたけど?」

「そ、そんなことないよ。気のせいじゃないかな? あはは……」


 適当に誤魔化すが、奏さんはじぃーっと俺の瞳を見詰めてくる。


「丹後くんが私のことを知ってくれるように、私も丹後くんのことをもっと知っていきたいの」

「そんなに特別なことはないよ。両親と妹の四人家族だとか、学力試験は学年の平均くらいとか、か、彼女はいないとか、そんな普通のことしかない」

「その普通が、丹後くんの普通が知りたいの」


 真剣な眼差しに思わず引き込まれる。


「そうだなぁ。たとえば中学の剣道部の時の話なんだけど──」


 俺のつまらない話を奏さんは真剣に聞いていた。

 表情の変化こそなかったけど、楽しそうに聞いてくれる。

 どんな関係なのか微妙だけど、俺たちはまた一歩お互い歩み寄れて気がした。

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