第6話 カラオケ作戦

 デートをした日の夜。

 なかなか寝付けなくて、そこでようやく自分がウキウキしていることに気づいた。


 安東さんを笑顔にしたい。

 自然に笑えるようにしたい。

 そんな思いで映画に誘ったが、残念ながらその作戦は失敗に終わった。

 それなのに俺は妙に心が躍っていた。


 寝るのを諦めて電気をつけ、今日撮ったプリクラを眺める。


「やっぱり可愛いよな……」


 食事の時に緊張して震えていた手。

 ぬいぐるみを見て輝かせていた瞳。

 クレーンゲームでぬいぐるみを取ったときに喜んだ顔。

 やたらリズムゲームが上手かった姿。


 その一つひとつを鮮明に思い出す度に胸が高鳴った。

 これはどう見ても安東さんに恋をしてしまっている。


「いやいや。無理だって」


 相手はあの学校一の美少女と名高い安東奏さんだ。

 数々のイケメンもコクって撃沈させられている。

 少し仲良くなったくらいで簡単に付き合えるはずがない。


 そもそも仲良くなったのは、俺が安東さんの手助けをしているからだ。

 そして安東さんも俺を信頼して、笑顔になろうと努力してくれている。

 いま告白なんてしたら、その信頼を裏切ることとなるだろう。


 とにかく今は安東さんの表情を豊かにすることが最優先だ。

 そして彼女が笑顔だけでなく喜怒哀楽を全て自然に表情に出せるようになったなら、そのとき告白しよう。

 フラれるとは思うけど、気持ちは伝えたかった。




 しばらく経ったある日の放課後、俺は安東さんを笑顔にする作戦第二弾を提案した。


「カラオケ?」

「そう。カラオケに行こう」

「なんで?」


 いつも通りの真顔で、言葉短く訊ねてくる。


「歌うってことは大きな声も出すし、歌詞に込められた感情も発露しやすいんじゃないかと思うんだ」

「なるほど。丹後くんが言うならそうなのかもしれない。人前で歌うのは得意じゃないけど頑張ってみる」


 よく分からない信頼をもらい、俺たちは早速カラオケ店へと向かった。

 人前で歌うのは苦手といっていた割に、安東さんはすぐに曲をエントリーする。

 意外とカラオケが好きなのかもしれない。


 始まったのは男性アーティストのラブソングだった。


「へえ、こういうの歌うんだ。意外だね」

「違う。丹後くんが歌うの」

「え? 俺?」


 マイクを渡され仕方なく俺が歌う。

 安東さんは姿勢を正し、時おり目を閉じたりと、オペラコンサートにでも来たかのような様子だ。


 うろ覚えの曲だけど歌詞を見ながらならなんとか歌えた。

 歌い終わると安東さんはパチパチと拍手をしてくれたが、その手拍子すら事務的で感情が読み取れない。

 喩えるなら除幕式などで一番端にいる人のような拍手だ。


「コンビニとかテレビでたまに聴いたことあるレベルだったけど意外と歌えるものだね」


 そんな感想を述べていると次の曲のイントロが流れ出した。


「次の曲も入れておいたから」

「え? これも俺が歌うの?」

「そう。この後も五曲くらい入れてるから」

「それ、全部俺が歌うの!?」


 安東さんはサイドポニーの髪を揺らしてこくんと頷く。

 恐らく自分が歌いたくないから俺に歌わせようという作戦なのだろう。

 そうさせないようにタッチパネルコントローラを奪っておく。


 安藤さんによって入れられた曲は、どれもみな男性アーティストの恋愛ものだった。

 やけに『愛してる』とか『大好きだよ』とか照れくさいワードが多い選曲だ。


「ぜぇぜぇ……よし、じゃあ立て続けに七曲も歌ったんだから次は安東さんに歌ってもらうよ」

「私はいいよ。丹後くんが歌って」

「それじゃ意味ないだろ」

「だって私、あんまり歌知らないし。それに下手くそだから」

「下手とか上手とか関係ないよ。楽しく歌えればいいんだよ」


 とにかく元気で明るい歌を歌ってもらおうとタッチパネルで曲を探す。


「せめて自分で決めさせて」

「分かった」


 安東さんは少し悩んだ後、意外と最近の曲を入力した。

 確かドラマの主題にもなった有名な曲で、恋に落ちていく女の子の気持ちを綴った曲だ。

 とはいえウキウキした感じではなく、恋をしている自分を客観視し、その成功を祈るような歌詞だった。


 スローで切ない曲調が安東さんの静かな歌声とよくマッチしていた。

 あまり曲を知らないとか言っていた割に歌詞は全て暗記しているらしく、じぃっと俺の目を見詰めながら歌ってくれる。


 口はそれほど開いていないのに、声量はなかなかのものだった。

 訴えかけるような歌詞に思わずドキッとしてしまった。


「上手だね! 全然下手くそなんかじゃないよ!」

「そうかな? でも全然伝わってなさそうだけど」

「え? なに?」


 次の曲のイントロが流れ、安東さんの言葉は途中で掻き消されてしまった。


「あ、さっき曲を入れた時にこっそり次の曲も入れたんだな! しかもこんなに激しい曲を」

「はい、マイク」

「……やっぱり俺に歌わせるんだね」

「もちろん」


 安東さんは少しだけイタズラをした子供のように口をニッと動かした。

 カラオケの勢いで笑顔にさせる作戦は失敗したけど、ほんのわずかでも微笑んでくれたから、まあよしとしよう。




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