第5話 安東さんの特技

 危なかった!

 丹後くんが取り直しボタンを押す寸前に決定ボタンを押して『丹後くんにしがみつき写真』を死守した。


 私はこんな顔(/// _ ///)して目を閉じちゃってるけど、丹後くんの驚きながら照れてる表情は永久保存版だ。

 写真を決定し、落書きコーナーに移動する。


「美白とか目を大きくするとか出来るみたいだね。まあ安東さんは目を閉じちゃってるから大きくならないだろうけど」

「そういうの、いらない」


 ありのままの丹後くんがいいに決まっている。

 余計な加工は必要なかった。


 ペンで今日の日付と『初デート』の文字を書き入れる。


「うわ、安東さん、ものすごく字が綺麗だね」

「そうかな?」


 誉められて舞い上がってしまう。


 子供の頃から習字をしていたから得意なの。

 中学に入ってからはパソコンのフォントを真似して色んな字体も書けるようになったんだよ。


 そんな言葉が頭に浮かんだけど、ちょっと調子に乗ってるみたいに聞こえたら嫌だから自重する。


 完成したプリクラが出てきて思わず見入ってしまった。

 これは大切に保管しておかないと。


 プリクラコーナーを出るとクレーンゲームがたくさん置かれているところに出た。

 その中でひときわ目を引いたのはまるまるっとボールみたいな形をした猫の人形だった。


 うわっ!?

 なにこれ!?

 可愛すぎるっ!

 すごく欲しいけど私じゃ取れないし。

 ていうかこんな子どもっぽいもの欲しいなんて丹後くんにバレたら恥ずかしいし……


「このぬいぐるみに興味あるの?」

「え?」


 なにも言ってないのに丹後くんにバレてる!?


 丹後くんはたまにこうして私の心の中を察してくれることがある。

 やっぱり丹後くんは人の気持ちが分かる優しい人だ。


「取ってみるね」

「……うん。ありがとう」


 丹後くんはすぐに始めず、あちらこちらの角度からじっくりと人形を確認していた。


「どうしたの?」

「こういうクレーンゲームは必ず取れる位置っていうのがあるんだ。それを探している」


 全神経を集中させるように人形を見詰めていた。

 真剣な横顔にキュンとしてしまう。


「よし、見えた。ここだ!」


 丹後くんはクレーンを操り、狙いを定める。

 不安定に持ち上げられたぬいぐるみはアームからこぼれ落ちてしまった。


「あっ……!?」


 丸いぬいぐるみはコロコロと排出口の方へと転がるが、穴に落ちることなく止まってしまう。


「残念。落ちちゃったね」

「大丈夫。これはわざとなんだよ」

「どういうこと?」

「最初の位置から取る方法は、恐らくないんだ。一度転がしてここに持ってきて、次に押し付けるように、こうやって引き上げるのが確実だよ」


 丹後くんの言葉通り、アームに押し付けられた球体猫のぬいぐるみは魔法のように持ち上げられ、そのまま排出口へと落ちた。


「はい、どうぞ」


 丹後くんは微笑みながらぬいぐるみを私にくれた。


「いいの?」

「もちろん。安東さんのために取ったんだから」

「ありがとう。大切にするね」


 嬉しさと恥ずかしさが入り乱れ、ぬいぐるみをギュッと抱き締める。


 そのとき、どこからともなくビゼーの『カルメン第一組曲』が聞こえてきた。

 まるで今の私の心を表すような、元気で激しい曲だ。


 音のする方に視線を向けると、どうやらゲームの筐体から流れているようだった。

 たくさんの半球体の大きなボタンがあり、それを慌ただしく叩いていた。


「あれは?」

「リズムゲームだよ。音に合わせて落ちてくる音符をジャストタイミングでボタンを押すゲームなんだ」

「へぇ……そうなんだ。私もやってみる」

「え? けっこう難しいよ。やり方分かるの?」

「大丈夫。さっきの人がするのを見てたから。それにピアノ習ってたし」

「ピアノとはずいぶん違うんじゃないかな」


 曲はたくさんあるみたいだけど、選んだのはもちろん『カルメン』だ。


「え、その曲? 最高ランクの星10個だよ!?」

「たぶん平気」


 音楽が流れ始めると音符が高速で降ってくる。

 しかし十分目で追えて腕が反応できるレベルだ。

 パンパンと叩いて音符を消していく。


「ちょ!? すごいよ、安東さん! 腕が何本もあるみたいに速い!」


 はじめは少し速いと感じていた音符も次第にゆっくりに見えてくる。

 音楽に合わせて体が勝手に動く感じだった。


 ひとつもミスをせずフィニッシュを決める。

 その瞬間周りから拍手が沸き起こった。


「え?」


 気が付くと私の周りにたくさんの人が集まっていた。


「ものすごく上手だね! びっくりした」

「なんでこんなにたくさん人がいるの?」

「みんな安東さんのプレイに驚いて集まったんだよ」


 注目を浴びるのが怖くて丹後くんの背中に隠れる。

 私の怯えを察してくれたのか、丹後くんもすぐにゲームセンターから私を連れ出してくれた。


「いやぁ今日は色んな安東さんが知れてよかったよ」

「色んな私を? そうかな? リズムゲームがうまいことくらいじゃないの?」

「いや。照れたり、喜んだり、びっくりしたり。表情や言葉には出ていない色んなところが分かったよ」


 ニコッと微笑まれ、頭の中が真っ白になった。


 こんな分かりづらくてつまらない私のことを、丹後くんはしっかり見てくれていたんだ!?

 やっぱり丹後くんは最高の人!

 好き! 好き! 大好き! めちゃくちゃ好き!

 あー、入籍したいよぉ!


「あの……」

「なに?」

「また、デートに誘ってくれる?」


 色んなことを伝えたいのに、やっぱり言葉としてはそれしか出てこなかった。

 それでも丹後くんの顔はぱぁっと明るくなった。


「もちろん。また遊びに行こうね!」


 心臓がどうにかなっちゃうんじゃないかって思うほど、バクバクいっていた。

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