第4話 コメディ映画対笑わない美少女
約束の時間きっかりに安東さんはやってきた。
一分のズレもないのが彼女らしい。
「もう到着してたんだ。ごめんね、お待たせちゃって」
「俺も今来たところだよ」
はじめて見る安東さんの私服は白いシャツにすみれ色のカーディガン、膝下丈の黒いプリーツスカートと、彼女らしい落ち着いたものだった。
「この服装、なんか変かな?」
じっと見ているのがバレて、そう訊ねられる。
「いや。シンプルで安東さんらしいよ。カーディガンの色は好きな色なの?」
「うん。すみれ色が好きなんだ。なんか古臭い感じがする?」
「そんなことない。よく似合ってるよ」
「それならよかった」
無表情だけど声はいつもより少しだけ弾んでいた。
恐らく誉められて喜んでいるのだろう。
微かな変化を見極めれば安東さんも普通に感情の起伏があることが分かる。
少なくともアンドロイドなんかではない。
俺の選んだ映画はハリウッドのコメディだ。
スパイと勘違いされた男が色んなトラブルに巻き込まれ、勘違いや偶然が重なって悪の組織と戦っていくストーリーである。
抱腹絶倒という謳い文句に偽りはなく、開始から爆笑シーンの連続だ。
はじめは控えめだった館内の笑い声も三十分後には大きなものに変わっていた。
しかし安東さんは授業中と同じように背筋をピンと伸ばし、くすりとも笑わずに観ている。
この姿を見させられたら監督も主演俳優もきっと頭を抱えてしまうだろう。
結局二時間の上演中、安東さんが声を出して笑うことはなかった。
もしかしたら微かに笑ったのかもしれないが、暗いのでそこまでは確認できなかった。
「面白かった?」
映画館を出てから訊ねる。
「はい。主人公がスパイだと勘違いされてトラブルに巻き込まれる展開はとてもユーモラスでしたね」
「そ、そう?」
コメディにそんな冷静なコメントをするのがなんだかシュールだ。
「お昼にしようか? 映画館の下の飲食フロアに色々あるよ。イタリアン、和食、中華、お寿司もあるらしい。どれがいい?」
「お任せします」
「そうか。じゃあパスタにしようか」
「ではそれで」
レストランに入ると安東さんは映画館で貰ってきた封切り予定のチラシを読み始める。
「ずいぶんたくさんチラシ貰ってきたんだね。気になってる作品とかあるの?」
「特にはないです」
「映画はたまに観に行くの?」
「いえ。それほどでもないです」
「映画館で観ると迫力あるし、なんだか特別な感じもしてワクワクするよね」
「そうですね」
どの角度から会話を振っても素っ気ない返事しか返ってこない。
さすがにちょっと嫌な汗が出てくる。
無表情でも感情の起伏はあるということは分かっているが、それがいい方向とは限らない。
もしかするとデートに来たことを後悔している可能性だってある。
安東さんは水を飲もうとコップを手に取る。
しかしその手は震えていた。
それを隠すようにスッとコップをテーブルに戻した。
あ、もしかして緊張しているのかな?
そういえばさっきから敬語だ。
普段はもう少し砕けたしゃべり方なのに、まるでお見合いの席上みたいな固さがある。
もっと緊張を解くように接しないと。
質問されるのが苦手なのかもしれないから自分のことを話してみるか。
「俺、中学の時は剣道部だったんだ。夏場は暑さが地獄で冬は素足が地獄だった」
「剣道していたんだ。似合ってるかも」
先ほどよりは興味を示して会話らしい返事もあった。
それからも俺はどうでもいい話を続け、安東さんは頷きながらそれを聞いてくれた。
話し上手は聞き上手なんて言葉もあるが、相手にもよる。
奏さんは自ら話すより聞き手に回る方が得意なのだろう。
食事を終えて店を出ると安東さんはまた黙って俺のあとを着いてくるだけになった。
「安東さんはしたいことないの?」
「私のしたいこと? 特には……丹後くんの行きたいところでいいよ」
「せっかくのはじめてのデートなんだし、もっと楽しんでいいんだよ?」
「そう言われても……」
「実は俺も人生初デートだからどうしたらいいのかなんて分からないんだ。ごめんね。出来れば安東さんのしたいことを言ってもらえたら助かる」
「そうだったんだ。じゃあ……」
安東さんはチラッと横目で俺を見て、きゅっと鞄のベルトを握った。
「わ、笑わないで欲しいんだけど、プ、プリクラが撮りたい、かな」
「おー、いいね。行こう!」
はじめて安東さんの意見が出て、妙に嬉しくなった。
さっそくゲーセンへと向かう。
色んな機種があるが撮り慣れてないのでどれがいいか分からない。
取り敢えずオーソドックスそうなものを選んで中に入る。
コインを投入して撮影モードに入ると、安東さんはピシッと直立不動になった。
無表情も手伝ってまるで証明写真でも撮るかのような格好だ。
「プリクラなんだからもっと自由でいいんだよ」
「漠然と自由と言われてもよく分からない」
「おどけたり、ピースしたり、好きなポーズをすればいいんだよ」
「す、好きなポーズと言われても……あ、もう時間がない」
カウントダウンがはじまり、パニクった安東さんは片手でピースをしながら俺の腕にしがみついてきた。
「ええっ!?」
その瞬間に連続シャッターが切られる。
撮影が終わるとササッと安東さんが離れる。
「ご、ごめん。混乱しちゃって」
「い、いや……いいんだよ。好きなポーズで撮ればいいんだから」
抱きつかれた上に胸のぷにっとした感触まで押し付けられ、頭が真っ白だった。
安東さんが申し訳なさそうに頭を下げた瞬間、次の連写が始まる。
「あ、まだ撮影中だったんだ」
「ちょ、今のなし。どうやって止めるんだ、これ?」
「私、はじめてプリクラ撮るからわかんない」
二人で操作パネルを弄っていると更に連写撮影されてしまった。
「どれにするか選んでね!」
機械音声が訊ねてくるが、まともなのは最初の撮影のみだ。
それだって安東さんはぎゅっと目を瞑ってしまっている。
「撮り直そうか?」
「ううん。これでいい」
俺が取り直しボタンを押すより早く、安東さんは決定ボタンを押してしまう。
驚くくらいの素早さだった。
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