第3話 美少女アンドロイドの胸のうち

 デ、デデデデートに誘われちゃったぁああー!

 しかも憧れの丹後くんにっ!!

 きゃあー!

 どうしようっ!


 落ち着け、落ち着け私。

 まだ背後に丹後くんがいる。

 焦って脚を縺れさせて転けたら大変だ。

 心臓がうるさいほどバクバクいっていた。


 ふと店のショーウィンドウに映る自分が見えた。

 こんなに動揺していても顔色一つ変わっていない。

 こんなことだからみんなからアンドロイドなんて呼ばれてるんだろうな……



 家に帰ってからもずっと丹後くんのことばかり考えてしまっていた。

 丹後くんのことは一年生の頃から気になっていた。

 優しくて、まっすぐで、努力家な人だ。

 きっと表情の変化に乏しい私のことも心配してくれているのだろう。


『安東さんの笑った顔も素敵だと思うよ』


 丹後くんの言葉を思い出し、胸がキュンキュンしながら鈍く疼いた。


「笑顔かぁ」


 鏡の前で笑おうとするがうまくいかない。

 口角を上げてにっこりした顔を作ることはできる。

 でもそれは笑顔とは程遠い気がする。


 たとえるならば本物そっくりに作った食材サンプルみたいなものだ。見た目だけ似ていても全然違う。


「どうしよう……こんな状態でデートなんてしたら嫌われちゃうかも……」


 誘われたときは嬉しさのあまり即オッケーしたが、考えてみればこんな私がまともにデート出来る気がしない。


 今からでも断るべき?

 いやそんなことしたら本当に嫌われちゃう!

 あーどうしたらいいの?


 そうだ! こんなときは蘭花らんかお姉さんに相談だ。

 お姉さんといっても本当の姉ではない。

 隣の部屋に住む大学生のお姉さんだ。


 このマンションで一人暮らしするようになってから知り合った人だ。

 廊下ですれ違ったりしているうちに仲良くなり、今ではお互いの家に行き来するほどの間柄になっていた。

 蘭花さんならなにかいいアドバイスをくれるに違いない。



「丹後くんにデートに誘われた?」

「うん。一緒に映画に行こうって」

「よかったね、かなで。前から丹後くんが好きだって言ってたもんね」

「そ、そうなんだけど……やっぱり断ろうかなって」

「なんでよ!? せっかくのチャンスでしょ!」

「でも、ほら……私しゃべるの苦手だし、表情が乏しいし」

「そんなの問題ないって! そもそも丹後くんだってそれを分かった上で誘ってくれてるんだし」

「そうだけど……でも嫌われたらイヤだなって」


 率直な気持ちを伝えると、「はぁ……」という蘭花さんのため息が聞こえた。


「割れることが怖くてお皿買わない人はいないでしょ? はじめからそんなことを考えてなにもする前から諦めてどうするの?」

「それはそうだけど」

「奏は可愛いんだから大丈夫! 余計な心配なんてせずに丹後くんとデートに行きなさい」

「うん……分かった。でもしたことないからどうしたらいいのか分からなくて」

「楽しめばいいだけ。あとは自然にしていればいいの。難しく考えない」

「そうなんだ」


 よく分からないけど蘭花さんが言うならそうなんだろう。


 これで問題は片付いた。

 安心して部屋に戻って教科書を広げ、机に向かう。

 しかしなぜか胸がソワソワして集中できない。

 まるで心の中に小さな蝶が紛れ込んでパタパタと飛び回っているかのようだった。



 あまりよく眠れず朝を迎えてしまった。

 昨夜出来なかった復習と予習をしようと、教室に着いたらすぐに教科書を開いた。


 でも意識は全然机へと向かってくれない。

 誰か教室に入ってくるたびに丹後くんかどうか確認してしまう。


「おはよう」


 丹後くんが登校してきた。

 お友だちの阿久津くんに挨拶したと知っているのに自分に挨拶されたような気になってキュンとする。


 私も挨拶しに行こう。

 そう。挨拶くらい普通のこと。

 私にだって出来る。

 そう思っているのに脚が動かなかった。


「おはよう、安東さん」

「え?」


 いつの間にか丹後くんは私の席の前に立っていた。


「あ、おはよう」


 なんとか出たのはその一言だけ。

 丹後くんはニコッと微笑んで、また阿久津くんのところへと戻ってしまう。

 あ、ちょっと待ってっ!


 せっかく話し掛けてくれたのに素っ気ない対応をしちゃった。

 私はバカなのだろうか?

「映画楽しみだね!」とか「昨日の桜、綺麗だったね」とか色々話題はあったのに。


 恋愛というのは実に難しい。

 授業で習わないのに、いったいみんなはどうして上手にこなせるのだろう?


 ていうか心の中ではこんなにベラベラと喋れるのに、なんで面と向かっては話せないのだろう。


 声に出し、表情に出さなければ気持ちなんて伝わらない。

 自分の性格が本当に情けなくなってくる。


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