第2話 表情以外から読み取れる心

 翌日学校に行くとニコニコしながら安東さんが俺に駆け寄ってくる、なんてことはなかった。


 いつも通り安東さんは独りで授業の予習をしていた。

 背筋をピンと伸ばし、机に向かっている。

 ただそれだけなのに妙に絵になり、辺りには近寄りがたいオーラが漂っていた。


「よお、丹後。どうしたんだ、朝からボーッとして」


 肩をポンッと叩いてきたのは俺の親友の阿久津あくつ晃壱こういちだ。

 軽いノリのいい奴で、惚れっぽい性格である。

 すぐに運命の人を見つけては告白してフラれ、あっという間に立ち直るという憎めない奴だ。


「別になんでもない」

「嘘つけ。いま安東さんのことガン見してただろ。あの子はやめとけ。絶対相手にされないから」

「別に見てないから」

「まあ丹後の気持ちも分かるけどねー。あんな整った顔だちの女の子なんて、芸能人でもそうそういないもんな」

「だから勝手に決めつるなって」


 そんなやり取りをしていると一瞬だけ安東さんがこちらをチラッと振り返った。

 騒がしくして予習の邪魔になってしまったのかもしれない。

 もしくは昨日のお礼を言いたかったのとか?

 いずれにせよ無表情なその顔からは感情を読み取ることが出来なかった。




 放課後になり、駅に着くと桜の木の下に安東さんが立っていた。

 俺を待っていたようでこちらへと近づいてくる。


「安東さんもいま帰り?」

「これを渡そうと思って」

「なにこれ?」

「昨日のお礼。クッキー」

「お礼だなんていらないってば。俺が勝手にしたことだし」

「もちろんそんなもので借りはお返しできたとは思ってないけれど、取りあえずということで」


 律儀な人なんだろうけど、無表情だからなんか怖い。

 昨日の笑顔は見間違いなのかと思うほどだ。


「借りとか貸しとか、そんなのないだろ。クラスメイトなんだから」

「それは『クッキーは受け取れない』という意味?」


 あまりに真剣に訊ねられるので思わず笑ってしまった。


「私、なにかおかしなことを言っちゃった?」

「いや。じゃあ一緒にクッキーを食べよう」

「私があげたものを私が食べるの?」

「そう。安東さんと一緒に食べたいんだ」

「た、丹後くんがそう言うなら……」


 桜の木の下のベンチに二人で腰掛ける。

 包みを開けると蝶や花の形をしたクッキーが入っていた。

 もっと無機質な丸とか四角を想像していたから意外だ。


「あ、美味しい」

「ううん。まだまだ未熟だよ。本来ならもっとさっくりしてなきゃいけないから」

「自分に厳しいんだね」

「そうかな?」


 じっと見ていると安東さんは表情を変えずに視線を桜の方へと向けた。

 あまりに端正な顔立ちでつい見惚れてしまう


「そんなに見られていると食べづらいよ」


 よく見るとちょっと頬をピンクに染め、クッキーを持つ手も震えていた。

 表情の変化に乏しいから気付かなかったが、もしかすると緊張しているのだろうか?


「違ってたら悪いんだけど、安東さんって無理矢理表情を変えないようにしている?」

「私は普段からこうだけど?」

「でも昨日はほんの少しだけど笑ってた」

「見られてたんだ。恥ずかしい」

「恥じることじゃないって。それに安東さんの笑った顔も素敵だと思うよ」

「そういうことは気安くいわない方がいいと思う」


 今度は無表情で照れている。

 微かに泳ぐ視線でそれを感じた。


「小さい頃からずっとそう。気持ちを顔に表せない。だから面白くても笑うことが出来ないの」

「笑えないなんて辛いな」

「別に不自由はないから」

「あ、そうだ! 今度の日曜日、映画観に行こう!」

「映画?」

「そう。今やってるコメディがすごく笑えるらしいよ。それ観たら安東さんも笑うかも」

「無駄だと思うけど」


 我ながらバカなアイデアだと分かってる。

 でも可能性のひとつとして試して試してみたかった。

 少なくとも俺のつまらないジョークを聞かせるよりは効果的だろう。


「でも丹後くんが誘ってくれるなら行ってみる。ありがとう」

「いいの? ありがとう!」


 安東さんは鞄から手帳を取り出し、少し悩んでから次の日曜日にハートのマークを書き込んだ。


「ハ、ハート?」

「デートに誘われたからハートにしてみたんだけど」

「デートってわけじゃ……」

「え? 違った? 私はそういう経験ないので勘違いしちゃって。ごめん」

「い、いや。ハートマークでいいよ」


 連絡先を交換し、詳細はメッセージのやり取りで決めることにした。


「それでは私はこれで」

「うん。また明日」

「うん」


 安東さんはすくっと立ち上がって駅へと向かっていく。

 料理を運んできたファミレスの店員だって、もう少し愛想を残して帰るだろう。


 デートだと理解して一緒に行くという割には感情の欠片も感じない。

 多少理解はしてきたけど、相変わらず心の読めない人だ。




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一話目からのたくさんのフォローと★をありがとうございました!

あまりの多さにビックリしました!


次回はいよいよ安東さん視点の回です。

冷静沈着でクールな安東さんの胸の内を見たら皆さん驚かれるかもしれません。


次回もお楽しみに!

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