第36話 真実
フラムは夢を見ていた。
暖かな日差しが満ちる花畑で、自分の命よりも大切な少女がこちらに笑いかけている。
彼女はフラムに残された唯一の家族である、妹のエクレールだ。
幼い彼女は花畑に座り込んでいるフラムの頭に花冠を載せ、小さな手でそっと撫でてきた。
「お兄ちゃん、頑張ったんだね」
「ッ……!」
それが転移者を殺したことだと理解し、フラムはこれが夢であることに気が付く。
彼女がそんなことを言うはずが無いと分かっているのだ。
「あぁ……」
それでも夢の中の整合性を保つように、フラムはエクレールに優しい言葉をかける。
「エクレール、もう少しだけ待っていてくれるか? 兄ちゃんが必ず、夢から覚ましてやるからな……」
その言葉に彼女は大きく頷き、大輪の花のような笑顔を咲かせた。
直後、夢の花畑に暖かな光が満ち、やがてそれは真っ白に世界の全てを塗り潰した。
◆ ◆ ◆
「…………」
フラムが瞼を持ち上げると、見知った部屋の天井が広がっていた。
そこは【
彼はゆっくりと身体を起こすと、ふとベッドの横に誰かがいることに気が付いた。
その人物は絹糸のような銀の長髪を持つ美少女、リベルテ・セレスタイトだった。
彼女は木製の椅子に座りながら眠っているのか、フラムのベッドにもたれかかっていた。
「リベルテ……」
意識を失っていたのだから当然だが、その姿を見るのはあの戦い以来だ。
そのため彼女の安否を確認できたフラムは、小さく安堵のため息を吐いていた。
彼女はヴェルクリエの一撃によってかなりの深手を負っていたはずだが、こうして眠っているということは大事には至らなかったのだろう。
「……?」
そこでフラムは自身の右手に違和感を覚えて、何の気なしに握ってみた。
「ぅ、ん……フラム、さん……?」
それに合わせてリベルテが身じろぎし、目を覚ましたようであった。
寝ぼけ眼を瞬かせ、リベルテは徐々に意識をはっきりとさせていく。
「あぁ」
「……!!」
そしてリベルテががばっと起き上がり、フラムの布団が盛大に剥がされた。
するとその下では彼の手と、白磁のようなリベルテの細腕が繋がれていた。
「あ、こ、これ、はっ……!」
手を繋いでいた所を見られたリベルテは、顔を真っ赤に染め上げながらあわあわし始めた。
「リベルテ、傷は大丈夫か?」
「あっ、は、はい。プリエさんに治していただいたので……」
動揺し切っていたリベルテとは対照的に、フラムは顔色一つ変えずにそう問いかけてきた。
あまりの温度差にリベルテも我を取り戻し、質問に答えた。
「そうか。……あれからどうなった?」
「転移者 ヴェルクリエを討伐した後、私は三日間、フラムさんは今日まで一週間眠り続けていたんです」
そう告げたリベルテは、伝聞による情報をフラムへと伝えていった。
まずミロワルム王国を支配していた転移者集団は、そのほとんどが殲滅されたということ。
城下町の復旧は【盟約の朱】の手伝いや隣国の助けによって少しずつではあるが、着実に進んでいるということなど、奪還したミロワルム王国には明るい兆しが現れ始めているそうだ。
「と、いうような感じです」
「なるほどな。これで俺たちの目的は達成されたわけだ」
「はい……」
説明を聞いて納得したフラムに、リベルテは何かを言い辛そうにしていた。
そんな彼女の様子に気が付いたフラムは、彼から目線を外しているリベルテに声をかけた。
「リベルテ、何か気になることがあるのか?」
「あ、それは……。はい……」
図星を突かれたのか、リベルテは身体を縮こまらせて小さく頷いた。
そんな彼女に、フラムは視線で続きを促した。
「あの……フラムさんが使っていた黒い炎、あれはいったい何なんですか……?」
口を閉じたり開いたりと迷った様子だったリベルテは、意を決したようにフラムと視線を交錯させて質問をした。
それはヴェルクリエとの戦いの最中に見せた、漆黒の炎のことを指しているのだろう。
問いを発したリベルテは居心地が悪そうにフラムの言葉を待っていた。
「……あれは俺の中に眠っている力、転移者の力の一部だ」
「っっっ!!??」
彼の返答に驚愕の色を隠せないリベルテは、二の句を継ぐことが出来ずにいた。
そんな彼女に対してフラムが言葉を重ねる。
「俺はこの世界の人間である母と、転移者である父との間に生まれた混血なんだ……」
「フラムさんが、混血……?」
「あぁ……。だから箍を外せば【
フラムは自身の掌を見下ろしながら語り、言葉を切ったタイミングで表情を歪めながら拳を握った。
「けれどお前も見たように、力を制御することが出来ないんだ。あの時はああでもしなければ俺は死んでいたから使ったが、本来この忌々しい血に宿る力なんて使いたくなかった……!」
歯噛みするフラムの表情には、自身を責めるような痛々しい感情が見て取れた。
「俺は自分の中に流れる転移者の血が憎い……」
忌々しげに自身の手首を見つめ、フラムはそこに爪を立てる。
食い込んだ爪が肌を裂き、薄らと血が滲んできた。
「この手で焼き尽くしたいほどに……!」
赤々とした血液を睨み付けながら、フラムは振り絞ったような声を上げた。
しかしその手をリベルテは優しく握り、自身の胸に抱き寄せた。
「転移者の血が流れていたとしても、フラムさんはフラムさんです。私を救ってくれた、英雄ですっ……!」
彼女は大切な宝物に触れるようにフラムの腕を抱き締め、聖母のような笑みを称えた。
そんな彼女の表情に、さしもの彼も目を奪われてしまっていた。
しかし――
「リベちゃん、フー君まだ目覚め、な……い?」
突如として扉が開かれ、桃色の髪を二つ縛りにした少女が部屋に入って来ようとした。
「あ、さーせ~ん。お邪魔しました~☆」
だが彼女はフラムとリベルテの様子を見るや、すぐに部屋を辞して扉を閉めた。
その様子をおかしく思ったリベルテだったが、彼女は自身がフラムの腕を抱き締めている事に気が付き、はっとしながら赤面するという器用なことをしてのけた。
「ちちち、違いますよプリエさん! 入ってきてください!!」
フラムの腕をぽすりとベッドに戻し、木製の椅子から立ち上がったリベルテは、入り口の方に駆け寄って勢いよく扉を開けた。
「いやいや、だって自分のおっぱい触らせて――」
「そんなことしてませんっ!! 私はただ――」
扉の向こうにいたプリエは苦笑いを浮かべながら言い、それを断ち切るようにリベルテが弁明を重ねる。
「プリエ、無事だったか」
そんな騒がしい様子を眺めていたフラムは、頃合いを見て王城の中で分かれて以来のプリエに言葉をかけた。
「あったりまえじゃ~ん! プリエちゃんが負けるわけ無くない? てかどの口が言うんだって感じだぞ☆」
その問いかけを契機としたのか、プリエはリベルテの反論を華麗にスルーして部屋の中へ入ってきた。
彼女の後を追って、リベルテも再び部屋の中へと戻ってきた。
確かにプリエの言う通り、一週間も眠り続けていて今起きたばかりのフラムが言う台詞では無かった。
「ようやく目覚めたのですね、フラム殿」
部屋の外で繰り広げられていた騒がしい会話を聞きつけてやってきたのか、隣室のアヴェルスが部屋に顔を出してきた。
「あぁ、ずいぶん寝てたみたいだな……」
「そうですね。拙者とリベルテ殿が駆けつけた頃には全部終わっていて、お二人には多大な負担をかけてしまいました……」
フラムの言にアヴェルスは小さく頷き、その要因がたった二人でヴェルクリエに挑ませてしまった自分たちにあると、言外に主張していた。
「さっさと片付けて追いつきたかったんだけどさ、ちょっち色々あってこっちも大変だったんだよね~。ね、ヴェルさん?」
「えぇ、かたじけないです」
プリエが呆れたようにため息をついてアヴェルスに同意を求め、彼は小さく頷いてフラムたちに謝罪してきた。
二人は王の間の直前に現れたアレイとラドルフの相手を買って出て相手をしていたのだが、それほど大変な状況になっていたとは思いもしなかった。
他の転移者を片付けてくれたことに感謝こそすれ、責めることなどありはしない。
「けどまぁ、全部終わった後にズタボロでぶっ倒れてるフー君たちを見つけたときは、ちょっと焦ったよね」
「正直何度死ぬかと思ったか……。私もですが、主にフラムさんが……」
プリエの言葉で先日の激闘を思い返していたリベルテは、どれほど綱渡りの戦いだったかを痛感していた。
「それでプリエ、団長はどうなったんだ……?」
話が一段落したところで、フラムは頭の片隅に残っていた懸念である、ルティムについて問いかけた。
王家の隠し通路に現れた【
「あ~だんちょーなら何事も無かったように帰ってきたよ。けどまぁあの崩壊具合で何事も無かった訳ないんだけど……」
そう言ってプリエが語ったのは、王城や城下町の被害についてだった。
混戦に陥った城下町や、プリエやアヴェルスが戦闘を行った場所などはかなりひどい状況であった。
加えてフラムたちが戦っていた王の間や中庭なども、目も当てられないほど激しく損壊していた。
しかしそれを上回っていたのが城下町東端の城壁付近であった。
そこは崩壊と称するのもおこがましいほど、何もかもが消え去った更地と化していたのだ。
位置的にルティムが残った隠し通路あたりで、間違いなく彼が【
「そのくせだんちょーはぴんぴんしてて、王国の復興はウチらに投げっぱで【
プリエは呆れたようにため息を吐き、リベルテは同情するように苦笑いを浮かべた。
「【
プリエの説明の中で出てきた【
もしあの影の言う通り転移者をこの世界に呼び寄せているのが彼なのであれば、あの影を殺せば転移者の流入を止められるかもしれない。
これまでは転移してきた転移者を殺すという、終わりの見えないいたちごっこのようなことを繰り返していた。
しかし【
「彼らを倒せば、転移者の流入を根絶することが出来るかも知れませんね」
「そだね☆ 【
アヴェルスの言葉にプリエは笑みを返し、その笑みに影を落として小さく呟いた。
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