第35話 紅蓮の夜空
時はほんの少しだけ遡り、フラムがヴェルクリエの足下を爆破して煙幕を張った直後に戻る。
「ふぅ……」
そのため息は長方形の通路を有する王城、その四隅に聳え立つ尖塔の上で吐かれたものだ。
そこには赤錆色の短髪を風に揺らしながら、瞼を閉じて精神を落ち着かせている少年の姿があった。
彼は、否、彼とリベルテはヴェルクリエの視界を土煙で遮っていた束の間に入れ替わったのだ。
土煙を巻き起こした瞬間にフラムは後方へ飛び退り、逆にリベルテは彼に向かって駆け出した。
そしてリベルテが模倣した能力の一つ、空間転移の能力でフラムを尖塔の上に転移させ、自分は変身能力でフラムへと成り代わったのだ。
「……」
フラムの眼下では彼に成り代わったリベルテが懸命にヴェルクリエの攻撃を掻い潜っている。
今すぐに飛び降りて加勢したい気持ちを押さえ込み、フラムは彼女の合図を待っていた。
リベルテにはフラムの能力は一度しか使えない。
それ故に一撃目の光線は自力で回避したのだが、胸の傷が痛んだのかそこで蹲ってしまった。
二撃目の光線はフラムの能力で生成された紅炎の短剣を衝突させて相殺するも、爆発に巻き込まれて吹き飛んでしまう。
「まだ、まだだ……」
そんな劣勢でも懸命に耐えている彼女を見て、尖塔の上のフラムも懸命に堪え続けた。
フラムに成り代わったリベルテに、ヴェルクリエがゆっくりと歩み寄っていく。
そこで彼は何かに気が付いたらしく、足を止めていた。
その直後、立ち上がったリベルテはフラムの炎が引火したことによって変身が解けており、左手を突き出していた。
「ッ……!!」
刹那、純白の光がフラムの元まで届いた。
それを合図として、彼はヴェルクリエ目がけて尖塔から飛び降りた。
そして落下と共に、右手にだけ紅炎の短剣を生成する。
(この一撃で決着をつける……!!)
そんな覚悟の炎を灯した深紅の瞳で、彼は落下しながらヴェルクリエを睨み付けていた。
「あいつはどこ行きおった!?」
今の今まで戦っていたフラムがリベルテの変身した姿だったことに気が付き、ヴェルクリエは声を荒げた。
「そんなことより、今は私に集中しないと……」
リベルテは突き出している左手に全神経を集中させると、一際強く純白の紋章が発光した。
「あなたの方がチェックメイトですっ!!」
刹那、白光が閃き、無色の波動がヴェルクリエ目がけて放たれた。
それは軌道上の芝生や瓦礫を、硝子が砕け散るような小気味の良い音を伴って消滅させていく。
「なんなんや、それはぁ!!」
リベルテが放った波動が城下町で仲間の転移者を葬ったものと同一だと理解し、ヴェルクリエの背に怖気が走った。
彼女の能力が一つの能力を模倣出来るのは日に一度まで。
しかし作戦を決行した時刻は日付を跨ぐ直前だった。
つまり城に潜入している間に日付が変わり、【
夜に作戦を決行したのは転移者たちの不意を突くためでもあったが、リベルテの能力制限を活かすために決定したという理由もあった。
ヴェルクリエは彼女が放ったものが昨夜と同じ力だと解したと同時、右手に集約させていた力を漆黒の光線として一気に放った。
「くうっ……!」
命の危機を感じたためか、放たれた光線は凄まじい威力だ。
それはリベルテが放った波動と衝突し、彼女の手に衝撃を伝えるほどであった。
だがそれでも簡単に打ち負けるわけにはいかない、と彼女は更に出力を上げた。
「ぐおぉぉぉぉぉッッ!!!」
その力の増幅に、ヴェルクリエも獣のような雄叫びを上げて必死に耐える。
「オレを、舐めんなやぁぁぁ!!!」
歪んだ表情で絶叫するヴェルクリエは、自身の頭上に漆黒の球体を一つ生成した。
直後、右手から放たれている光線を支援するかのように、そこから放たれた光線が無色(むしき)の波動に激突した。
「くあっ……!!」
予期せぬ衝撃にリベルテは膝を屈しそうになるものの、ここで折れる訳にはいかないと自身を鼓舞して耐え続ける。
身体に刻まれた傷が痛み、摩耗した精神が抗うのをやめさせようとしてくる。
けれど脳裏に浮かぶ、今は亡き大切な人たちの顔が背中を押してくれる。
「はあぁぁぁぁぁ!!!!」
今持てる全ての力を出し尽くして、リベルテは絶叫した。
その思いが伝わったのか、劣勢だった波動の勢いが漆黒の光線を押し返していく。
「ッッ!?」
そして硝子を砕くように、漆黒の光線を完全に吹き飛ばして消滅させた。
しかし同時に無色の波動も対消滅してしまう。
そうして全ての力を使い切ったリベルテは、突き出していた手を下ろしながら前に倒れ伏した。
分不相応である強力な能力の代償として、彼女の身体からは自由が奪われたのだ。
それが無くとも彼女の精魂は尽き果てており、もう指一本動かせない状態であった。
(あとはお願いします……)
地面に倒れると同時に、リベルテはあとの全てを彼に託した。
「フラム……さんっっ……!!」
リベルテが最後の力を振り絞って彼の名を叫んだ。
その声に答えるように、夜空を紅蓮の炎が染め上げた。
「あぁ、任せろ……!!」
「ッ!!??」
凄まじい殺気にヴェルクリエが天を振り仰ぐと、そこには右手に太陽を掲げながら落下してくるフラムの姿が見て取れた。
否、彼の手中にあるのは壮烈なまでに練り上げられた、紅蓮の炎を纏う短剣であった。
「灰と帰せ、転移者 ヴェルクリエ……ッッ!!」
フラムは短剣を一際強く握り締めながら声を張り上げた。
「クソがあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
人間とは思えない形相で口汚い言葉を絶叫するヴェルクリエは、右眼を大きく見開いた。
すると眼球の直上に五重の魔法陣が展開される。
どこにそれほどの力が残っていたのか、全霊を込めた極大の光線が眼球から放たれた。
「うおぉぉぉぉぉッッ!!!」
迫り来る光線に叫び声を上げたフラムは、逆手に持った紅炎の短剣を振り下ろした。
転瞬、立ち上る漆黒の光線と、降り注ぐ太陽のような紅炎を纏う短剣が激突した。
その一瞬だけ周囲から音という音が消失し、直後にはミロワルム王国全土を揺るがすほどの轟音が轟いた。
フラムの短剣は凄まじい勢いで光線を切り裂いていき、ヴェルクリエの眼前にまで迫っていった。
「ががああぁあぁぁああぁぁぁ!!!!!」
形容しがたい呻き声を上げながら、ヴェルクリエは右眼を更に見開いた。
それによって彼の瞳からは血涙が溢れ出し、しかしその代わりに光線の威力が跳ね上がる。
「くッッ……!!」
その威力によって吹き飛ばされそうになるのを必死に堪え、フラムは残る全ての力を右手の短剣に注ぎ込んだ。
(もっと……もっと……!!)
心の中で自身の身を焦がすほどの炎をイメージする。
「もっとだッッ!!」
瞬間、フラムの短剣に灯っていた炎が更に爆発的に増加し、彼の身体さえ焼き尽くさんと燃え盛った。
「燃え尽きろッッッ!!!!!」
炎に焼かれることなど意に介さず、フラムは猛炎をあげる短剣を振り抜いた。
その赤き刀身は漆黒の光線を完全に両断し、五重の魔法陣をも打ち砕いた。
そして燃え盛る刃はさらに振り切られ――
「ぁ…………」
ヴェルクリエの左の首筋から入り、一気に脇腹あたりにまで突き抜けた。
それは不格好でありながらも彼の身体を真っ二つにし、直後に切り離されたそれぞれの身体に紅蓮の炎が灯った。
「がッはッ……!!」
短剣を振り抜いたフラムは着地することもままならずに地面を転がり、しばらくしてようやく停止した。
意識を手放しそうになりながらも、紅炎が灯ったヴェルクリエに視線を戻した。
「このオレが、負け、た…………?」
身体が燃え盛っているというのに、ヴェルクリエは頭部に繋がっている右腕を空へ持ち上げ、最期に小さく呟いた。
そのすぐ後に火勢が強まって、分断されていた彼の身体を全て燃やし尽くした。
その灰は漆黒の粒子となり、満月が浮かぶ夜空へと立ち上っていった。
こうして悪逆の限りを尽くした転移者 ヴェルクリエは、否、山田光輝(やまだこうき)はこの世界から消滅した。
漆黒の粒子が天に昇っていく光景を見届けて、フラム・ヴェンデッタの意識も断ち切られた。
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