第34話 覚悟
「フラム、さんっ!!」
身体を引きずりながらも、リベルテは地面に転がったフラムに近付いていった。
戦闘を見守りながらも、模倣した様々な能力を駆使して自身の傷を癒やしていた彼女は、立ち上がる程度のことはできるようになっていたのだ。
「うぅぅ……!」
地面を転がっていたフラムはリベルテが近付くと獣のようなうめき声を上げながら立ち上がり、再びヴェルクリエに向かおうとしていた。
しかし彼は自身が纏う黒炎に肌を焼かれ続けている。
「フラムさん! もうこれ以上はあなたが持ちません!」
リベルテはまだ立ち向かおうとしているフラムの手を握り、そう訴えた。
「ぐあッッ!!」
「きゃあっ!!」
しかし理性を失ったフラムは黒炎を迸らせながら彼女の手を振り払った。
拒絶されて炎に焼かれても、リベルテはこれ以上自分の命を燃やしながら戦うフラムを見ていられなかった。
そんなフラムを止めるため、彼女はあり得ない行動に出た。
「くぅっ……!」
リベルテは黒炎を纏うフラムを後ろから抱き留めたのだ。
無論その炎はリベルテの肌を焼き、耐えがたい苦痛を強いる。
「いかせま、せん……! これ以上無理をしたら、あなたも、死んでしまいます……!」
それでも、リベルテはフラムに死んでほしくなかった。
自分を救ってくれた恩人が、命を燃やし尽くしてしまうところなんて見たくなかったのだ。
「あなたには使命があるのでしょう!? 彼女を、エクレールさんを救うという、大切な使命が!!」
「ぐッ……!」
後ろから抱き留め、思いの丈を乗せた言葉を重ねる。
それが功を奏したのか、フラムは立ち止まり、自身の頭を抱えて呻いた。
「あの子が目覚めたときにあなたがいないなんて、絶対ダメなんです!!」
その言葉が届いたのか、フラムの身体から段々と禍々しい黒炎が収まっていき、完全に消え去った。
そして髪も元の赤錆色に戻り、虚ろだった彼の瞳に精気が宿った。
「リベ、ルテ……?」
「フラ、ム、さん……!」
抱き締められていることに気が付いたフラムは、そっと振り返ってリベルテの名を呼んだ。
そして彼女が身体の前部に火傷を負っていることに気が付いて瞠目する。
「すまない、俺は……!」
「いいんです。私の声が届いたんですから……!」
リベルテの火傷から目を逸らし、彼は小さく謝った。
しかしリベルテは気にした様子も無く、小さく笑みを返した。
「お前らぁ……楽に死ねると思うなやぁ……!?」
「「!!!」」
声の方に目を向けると、ヴェルクリエが凄まじい形相でこちらに歩み寄ってきていた。
彼は腕を欠損した左肩と、風穴の開いた右手から多量の血を流している。
フラムに掴まれた片翼もぐしゃぐしゃにひしゃげており、堕天使というよりは亡者のような出で立ちであった。
「くッ、ぁ……!」
そんな彼と相対するためフラムは立ち上がろうとする。
しかし全身の傷と戦闘の疲労で一瞬重心が揺らぎ、がくりと膝をついてしまう。
「お互い死に体やで……。けどお前の戦闘スタイルには致命的やなぁ!?」
歪みきった狂笑を浮かべたヴェルクリエは、風穴の開いた右手をフラムに翳した。
彼の手中に漆黒の球体が出現し、瞬きの後、光線を放った。
「くッ……!!」
フラムは咄嗟にリベルテを背に庇って腕を振るう。
その軌道上で紅炎の短剣が生成され、光線に激突した。
紅の斬撃は漆黒の光線を両断して炎上させ、二つに分かたれたそれは背後に着弾して芝生に引火した。
だがたった一発の光線を斬っただけで、フラムの全身には激痛が迸っていた。
側でその様子を見ているリベルテにも、彼の身体が限界を超えていることが理解できた。
そしてヴェルクリエが言ったように、遠距離攻撃を得意とする彼と、近接戦闘を得意とするフラムでは身体的ダメージが戦闘にもたらす影響が違いすぎる。
極論を言えばヴェルクリエは一歩も動くこと無く戦えるが、フラムはそうもいかない。
【
そんな思考を駆け巡らせたリベルテは高速で打開策を検討、破棄を繰り返し、一つの回答へと至った。
「フラムさん……」
自身を庇う形でなんとか立っているフラムに、リベルテは囁くように耳打ちした。
「……ダメだ。危険すぎる」
「フラムさんにばかり無茶をさせて私は守られてばかりなんて、それこそダメです」
断言したリベルテの真っ直ぐな瞳をフラムが見つめ返す。
その瞳に迷いの色は無く、揺らがぬ覚悟が宿っていた。
「この戦いは私が望んで、私が始めたこと。だったら私も命を賭けます……!」
リベルテは服の胸部をぎゅっと握り、フラムへ自分の覚悟をぶつけた。
それに根負けしたように、彼は小さくため息を吐いて頷いた。
「絶対に死ぬな」
「当たり前です。私はこの国を取り戻すのですから……!」
言葉を交わした二人は最後に視線を交わし、光線を撃って息を切らしているヴェルクリエに向き直った。
さしもの彼でもあれほどの傷を負えば、光線を連射することは出来ないらしい。
「気休めかも知れませんが……」
リベルテは自身の前に立つフラムに手を翳し、一気に様々な強化魔法を模倣して彼に重ねがけした。
彼女はプリエ以外の回復能力を、自身の傷を和らげるために使用して使い切ってしまっている。
残る能力のストックでは、フラムに対して身体強化を施すことしか出来なかったのだ。
「いいや……。これでまだ戦える……」
その恩恵を受けたフラムは拳を握り、力が入ることを確認して紅炎の短剣を握り直した。
「終わりにするぞ……!」
「あぁ、お前を殺して幕引きや!!」
短剣の切っ先を向けて睨み付けるフラムの視線を、ヴェルクリエは口角を釣り上げた笑みで受け止めた。
動き出したのは同時。
フラムが地を蹴って加速し、ヴェルクリエが片翼を羽ばたかせて後方へ飛び退った。
これまでの俊敏性は失われているものの、立つこともやっとだったフラムが左右の手に紅炎の短剣を携えて走る。
一方ヴェルクリエは片翼で羽ばたいたため上手く距離を取ったとはいえないが、斜め後方に飛んでフラムの走行距離を伸ばした。
「死ねやぁぁぁ!!!」
絶叫しながら放たれた漆黒の光線はフラムの右肩、その付け根を狙って放たれた。
「ふッ……!!」
それを半身になって躱し、逆手に持ち替えた右手の短剣に紅炎を爆発的に発生させて切り裂いた。
「くッ、ぁ……!!」
光線を斬り裂いた刃から、全身の傷に衝撃が走った。
しかしフラムは血が滲むほど唇を噛みしめて痛みを堪え、地を蹴り続ける。
彼我の距離はあと五歩ほどでフラムの間合いに入る。
だがそれを簡単に許すヴェルクリエでは無い。
彼はフラムの前方に四つの漆黒の球体を出現させようとした。
しかしそのうちの三つが形を為す前に弾け、球体の形となったのはたった一つだけであった。
「クソがッッ!!」
転移者といえど無限に能力を行使できるわけでは無い。
半死半生といって差し支えないほどの重傷を負えば、能力を制御する集中力が途切れるのだ。
それでも形成された一つの球体から放たれた漆黒の光線は、フラムにたたらを踏ませるほどの出力だった。
迎え撃てば傷に響く衝撃によって行動を阻害されかねない。
そう判断したフラムは前進をやめて咄嗟に左方へ跳躍した。
真横を光線が通過し、先ほどまでフラムがいた地面を抉り取る。
それは勢いを減退させながらも、城下町にある遥か遠くの高い建物を打ち抜いた。
光線を回避したフラムは体勢を崩しながらも紅炎の短剣を投擲。
手元が狂ったのか、それはヴェルクリエの手前の地面に突き刺さった。
「どこ狙ってるん――」
その様子を見て嘲笑ったヴェルクリエだったが、突き刺さった短剣が赤く赤熱し始めたことに気が付いた。
そしてそれが短剣全体に達したとき、紅蓮の炎を伴って爆ぜた。
「くッ……!」
短剣の異変に気付いた瞬間にヴェルクリエは後方に跳躍しており、さらに翼を羽ばたかせて爆発から逃れていた。
周囲には爆発によって巻き上げられた土埃がヴェールを形成しており、彼の視界を奪っていた。
土煙の向こう側で何かが赤く閃いた瞬間、ヴェルクリエは身を捩った。
直後、彼の頬を紅炎の短剣が掠めて後方へ通り抜けていった。
「邪魔やッ!!!」
ヴェルクリエは漆黒の翼の片方を羽ばたかせることで土煙を吹き飛ばし、視界を取り戻した。
土煙が晴れるとそこには地面に膝を突き、肩で息をしているフラムの姿が見て取れた。
「なんや、もう動けなくなったんか?」
リベルテの身体強化を受けたとはいえ、本来であれば立っているのがやっとの傷なのだ。
あれほどの立ち回りをすれば、すぐにガタが来ることは目に見えていた。
「このまま削ってきゃあ、ジリ貧でお前の負けや!!」
ヴェルクリエは膝を突いているフラムを嘲笑し、直後に右手から光線を放った。
「くッ……!!」
フラムは動かない身体に鞭を打ち、光線の軌道上から逃れるために地面を転がった。
その衝撃が傷に障ったのか、転がった先で彼は左胸を強く押さえていた。
「思ったよりも早く終わりそうやなぁ!」
その声と共に、蹲るフラムの真上に漆黒の球体が出現した。
すぐさまそこから光線が降り注ぎ、彼は表情を歪めながらも紅炎の短剣を投擲した。
漆黒の光線と紅炎の短剣は彼の直上で激突し、紅蓮の炎を伴う爆発と共に相殺した。
その爆発に巻き込まれたフラムが後方へと吹き飛び、地面を転がって停止した。
「ははは!! もう諦めて楽になれや」
ヴェルクリエは倒れ込んでいるフラムの方へ歩み寄っていきながら、右手の球体に力を集めていた。
「くッ……あぁ……!!」
ヴェルクリエの足音を聞きながら懸命に立ち上がったフラムは、自身の炎が衣服の肩の部分に引火していた。
それを見たヴェルクリエは、彼は消耗しすぎて自身の能力さえ制御できなくなっているのだと口角を釣り上げて笑った。
それでも立ち向かおうとするフラムは右手で左胸を押さえながら、だらりと垂らした左手で紅炎さえ灯っていない短剣をかろうじて握っている。
しかしそこでヴェルクリエは目の前のフラムの様子に違和感を覚えて立ち止まった。
彼はどうして執拗に左胸の痛みを堪えているのだろうか。
その些細な違和感の原因を推測しているヴェルクリエに、フラムは短剣を手放して左の掌を翳した。
「なッッ……!!??」
中距離に紅炎で形成された武器を生成する【
肩に引火した紅蓮の炎が首にまで灯り、それが彼の顔にまで引火していた。
しかしそれは肌を焼き焦がすことなく、フラム・ヴェンデッタの表情を燃やしていたのだ。
そしてその炎の下から別人の、性別さえ異なる少女の面貌が露わになった。
炎が全身に燃え広がると立ち姿まで変化し、銀髪の美少女が現れた。
「いいえ、絶対に諦めませんっ……!!」
それは戦いを見守っていたはずの少女、ミロワルム王国の姫であるリベルテ・セレスタイトだった。
彼女は突き出した左手に純白の紋様を浮かび上がらせながら、凜々しい表情で言い切った。
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