第32話 絶体絶命

「……さんっ! ……ラ……さんっ!」


 漆黒の光線を受けた直後、フラムは叫ぶような誰かの声で意識を覚醒させた。


「フラムさんっっ!!」

「リベ、ルテ……?」


 意識を覚醒させたフラムの視界には焦燥したリベルテの顔があった。

 彼女は今にも泣き出しそうな表情だったが、フラムが返事をしたことで安堵の表情を浮かべる。


「良かった……。フラムさん、何があったか覚えてますか?」

「奴の姿が変わって……。俺は漆黒の光線に……」


 霞む記憶を手繰りリベルテの問いに答えたフラムは、自分が咄嗟に【爀炎の鍛冶神イラファトス】を発動させて光線を防御したことを思い出した。


 そして傷む身体を起こして周囲を見渡すと、そこは先ほどまでいた王の間では無く、月光の元に広がる緑の庭園であった。


「ここは……」

「王城の庭園です。あの一撃で王の間が崩壊して、瓦礫と共にここまで落ちたんですよ」


 上を見上げたリベルテの視線を追うと、王の間の左半分が斜めに削れているのが見て取れた。


「私は能力を使ってなんとか着地しましたが、フラムさんは本当に頑丈ですね……!」


 小さな笑みを浮かべたリベルテの顔からは、深い安堵の感情が見て取れた。


「あれを食らって消し飛ばんどころか起き上がれるなんて、お前ほんまに人間か?」

「っ……!」


 片膝立ちで満身創痍のフラムと彼に寄り添うリベルテ。


 そんな二人の元に黒翼を羽ばたかせて上空からゆったりと降りてきたヴェルクリエは、満身創痍のフラムに不敵な笑みを向けた。


「けどまぁ、もう立ち上がれんやろ。止め刺したるわ」


 笑みを消したヴェルクリエは膝立ちのフラムに向けて人差し指を向けた。


 瞬間、そこから極細の光線が漆黒の軌跡と共にフラムの頭部に放たれる。

 それを悟った瞬間、リベルテの身体は無意識に動いていた。


 フラムに寄り添っていた彼女は彼を突き飛ばし、自身の身体を光線の射線上に割り込ませる。

 必然、光線は軌道上に現れたリベルテに向かっていき、彼女を穿った。


「うっっ……!!」


 光線が貫いたのは彼女の胸部。

 極細の光線だったとはいえ、胸部を貫かれれば命にかかわる。


「リベルテッッ!!!」


 突き飛ばされたフラムは自身の怪我を顧みず、彼女に駆け寄った。


 光線の威力で仰向けに倒れ込んだリベルテは穿たれた部位から出血し、純白の衣装を赤く染め上げていた。


「あ~あ~、なんで姫さんが身代わりになるんや……」


 予期していなかったリベルテの介入に、ヴェルクリエは呆れたようにため息を吐く。


「お前ッ……!!」


 そんな彼に向かって瞋恚の炎を灯した視線を向けるフラム。

 しかしそんな彼にリベルテが弱々しく触れた。


「だい、じょうぶです……。心臓は、外れているので……」


 彼女は囁くように言いながら、自身の傷に右手で触れた。


 フラムからは胸部を打ち抜かれたように見えたものの、実際は左肩が穿たれていたのだ。

 しかし胸寄りの深い位置であるため、放っておくと危険なことは明白だ。


「早くプリエの力で傷を……」


 言うが早いか、リベルテの右手に黄緑色の炎が灯った。

 それはプリエの超回復の能力に伴う現象だ。


 しかし――


「お前、なんで……!」


 その炎が包み込んだのはリベルテの傷では無かった。


 癒やしの炎はフラムの全身を包み込み、彼の身体からあらゆる傷を取り払った。

 それを施されたフラムは、瞳を揺らしながら彼女を見下ろした。


 彼女の能力は触れた者の姿に変身することと、観測したことのある他者の能力を模倣することができる。

 だがそれは日に一度しか行使できず、日付が変わるまでは同じ能力を模倣できない。


 プリエ・コーラルの超回復をフラムに使用してしまったということはつまり、自身の傷にその能力を行使することは出来ないのだ。


「私が、回復したところで……彼を倒す事なんて出来ずに、きっと同じ事になってしまう……。いま必要なのはフラムさん、あなたの力です……!」


 痛みに耐えるためか深呼吸をしながら言葉を紡ぐリベルテは、真剣な瞳でフラムを見上げていた。


 彼女は自身の傷を厭わず、作戦成功の可能性が少しでも高い方に賭けたのだ。


 その意思を理解したフラムは、弱々しい笑みを浮かべたリベルテに小さく頷き返す。

 そして彼女の身体を優しく横たえ、立ち上がった。


「待ちくたびれたで。ただ殺すだけじゃ味気がねぇ。せいぜいオレを楽しませてくれや?」


 ヴェルクリエは嘲笑と共にフラムに問いかけ、翼を羽ばたかせて少しだけ宙に浮いた。


「……」


 フラムは倒れているリベルテから距離を取るようにゆっくりと歩み、ヴェルクリエに斬りかかるタイミングを計りながら左右の手に紅炎の短剣を生成した。


 そして十分にリベルテから離れたことを確認した直後、彼は霞むような速度で左の短剣を投擲した。


「なんや、突っ込んで来んのか」


 フラムの戦い方からして一気に距離を詰めてくると考えていたヴェルクリエは、漆黒の光線で短剣を消し飛ばしながら不思議そうに呟いた。


「しッッ……!!」

「くッ!」


 しかしその予想は大きく外れ、漆黒の光線が消えた瞬間、フラムはヴェルクリエの懐に入っていた。

 彼は短剣を投擲した直後に加速し、光線を遮蔽物として利用したのだ。


 そして油断し切ったヴェルクリエの喉元を狙って右の短剣を薙いだ。

 彼は咄嗟に首を傾けて刃を回避し、逆に右の掌をフラムに翳していた。


「ッ……!」


 それを予期していたのか、彼は光線が放たれる前に短剣を振るった勢いのまま身体を時計回りに回転。

 すれすれのところで光線を躱し、一回転した勢いで光線を斬り付けた。


 瞬間、漆黒の光線が紅炎の爆発によって消し飛び、ヴェルクリエが余波で仰け反った。


「【爀炎の鍛冶神イラファトス】」


 その隙を突いてフラムは踏み込み、それと同時にヴェルクリエの周囲の地面から紅炎で形成された大剣を発生させた。


 前方はフラムが振るう短剣、それ以外の全方位からは大剣の剣山が突き出て退路を塞いでいる。


「くはは! 舐めんなや」


 退路を断たれた状況で、ヴェルクリエは哄笑を浮かべた。

 その表情に、短剣を突き出すフラムに怖気が走る。


 直感に従って手を止めたフラムの頭上から、ヴェルクリエを中心とする四方に黒き雷(いかづち)が落ちた。


 否、それは彼が行使する漆黒の光線だったのだが、眼前に打ち下ろされたそれは天から降り注いだ雷(いかづち)にしか見えなかったのだ。


 その光線はヴェルクリエを狙って伸びようとしていた剣山を打ち砕き、フラムが突き出した短剣を破砕した。


「くッ……!」


 短剣を突き出していた右手に凄まじい衝撃が走ったものの、それは短剣が砕け散った事によるものだ。


 あと少しでも手を止めるのが遅ければ、フラムの腕は消し飛んでいただろう。


 それを理解した彼は歯がみしながら後方へ飛び退り、ヴェルクリエの頭上を一瞥する。


 そこには雷のような光線を放ったであろう漆黒の球体があり、それがフラムを追うように浮遊してきた。


 あれは姿が変わる前のヴェルクリエが用いていた、菱形の結晶と同じ役割を果たすものだろう。

 だがあの結晶が放っていた光線とは比較にならないほど早く、秘める威力も桁違いだ。


 あんなものに包囲されれば一巻の終わり。

 そう考えたフラムは上空の球体に短剣を投擲しようと構えたが、それをヴェルクリエが許すはずも無かった。


「逃げ惑えや」


 真正面から放たれたのは掌からの光線。


 咄嗟に側転することで軌道上から逃れ、フラムは空中の球体を狙い撃とうとする。


「避けっぱなしでええんか?」


 しかし嘲笑っているヴェルクリエの視線を追って振り返ると、フラムの背後に浮遊していた球体に漆黒の光線が命中。


 次の瞬間、そこからフラムの背中目がけて同威力の光線が放たれた。


 咄嗟に振り返った彼は紅炎の短剣を全力で振り抜き、光線を叩き切る。

 しかし今度は他の三つの球体が光線を放っていた。


「ぐぁッ……!」


 一つ、二つとなんとか光線を斬り裂いたフラムだったが、三つ目の光線が彼の脇腹を掠める。


「まだまだいくで!」


 三つの球体から放たれた光線の次は、再び背後に回った一つから放たれた。

 それを斬り払うと、次はヴェルクリエの手から放たれる光線。


「ぐッ! がッ! うッ……!!」


 間断なく続く漆黒の光線に肩や脇腹などを掠められ、フラムの動きは加速度的に精細を欠いていった。


 【爀炎の鍛冶神イラファトス】の能力を用いれば四つの球体を同時に破壊することは出来るが、それを許さないほどの攻撃の嵐を前に、フラムは防戦一方であった。


「吹っ飛べや」


 連続する攻撃への対処、掠めた傷の痛みなどが相まってフラムの動きが鈍ってきたところにヴェルクリエが極大の光線を放った。


 しかしそれはフラムを直接狙ったものではなく、手前の地面を爆散させて彼の身体を宙へ投げ出させることが目的であった。


(しまッ……!!)


 空中に投げ出されては四方から放たれる光線に対処することが出来ない。

 そんな焦慮が表出したフラムにヴェルクリエが言葉を投げる。


「楽しかったで」


 ヴェルクリエの言葉と共に四つの漆黒の球体が、空中に投げ出されたフラムの真上に集まった。


 それぞれが黒い雷を迸らせ、生じた稲妻が四つの球体を繋ぐ。


 そして溶け合うように球体が崩れ、フラムの上空に深黒の巨大魔法陣が出現した。


「けど、もう終いや」


 冷徹に放たれたヴェルクリエの言葉を引き金とし、その巨大魔法陣から大樹の幹のように極大の光線が打ち下ろされた。


 直下のフラムの視界を埋め尽くしたのは黒、黒、黒。


 夜よりも昏い、漆黒が彼を飲み込もうと降り注いでくる。


「…………」


 そんな絶体絶命の状態で、フラムはそっと瞼を閉じた。


 そして意識を自分自身の内側へと没入させていき、外界からの情報を完全に遮断した。

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