第31話 堕天使

 口角を釣り上げたヴェルクリエの言葉の直後、四つの結晶が強く輝いた。


「貫け」


 しかしフラムが小さく呟いた瞬間、結晶が同時に砕け散った。


 それは彼が【爀炎の鍛冶神イラファトス】で生成した紅蓮の剣が、同時多発的に菱形の結晶を刺し穿った結果だった。


 フラムは基本的にこの力を、短剣の生成以外に使用することは無い。


 それは単純に使う必要が無い場合がほとんどであるが、一番の理由は隠し球としてここぞという時のために使用するためである。


 短剣を用いた近接戦闘が得意だと相手に悟らせ、隙を突いて炎による武器生成を用いる。


 だがヴェルクリエには先ほど剣華を生成したことで能力を知られてしまっている。

 故にもう隠し立てする必要は無いのだ。


「残念、そっちは囮やで」

「見ていましたよ」


「ッ!?」


 不敵な笑みを浮かべたヴェルクリエは、結晶に気を取られていたフラムに向けて右の掌を向けていた。

 しかしフラムの先にいるリベルテが彼の言葉に返答し、それと共に雷撃を放った。


 咄嗟にその一撃を躱したヴェルクリエだったが、フラムへの攻撃は中断せざるを得なくなっていた。


「ふッッ……!」


 その隙を突いてフラムは右手の短剣を彼に向かって投げつけた。

 紅炎の尾を引く短剣はヴェルクリエの左肩目がけて飛んでいき、しかし彼が左手で放った光線によって打ち落とされる。


 フラムは彼との距離を詰めながら同じように左手の短剣も投げつける。

 今度は逆側の肩目がけて放たれた短剣を、ヴェルクリエは右手の光線でかき消す。


「短剣に対応するので精一杯か?」


 ヴェルクリエが投げつけられた短剣に対処している間に、フラムは左右の手中に再び短剣を生成。突進して彼我の距離を急激に詰めた。


「あん? どこ突っ込んどるんや?」


 しかしフラムは急激に進行方向を変え、ヴェルクリエから離れた位置で跳躍した。


 刹那、彼が跳んだ先に岩の足場が生成され、そこを蹴ってヴェルクリエの方に加速したのだ。


 その足場は後方で様子を窺っていたリベルテが、模倣した能力で生み出したものだ。


「ちぃッ……!」


 その不規則な動きに対応が遅れたヴェルクリエはなんとか身を捩って刃を躱したものの、フラムの短剣は彼の左の肩口を浅く斬り裂いた。


 突進の勢いのままヴェルクリエの位置を通り過ぎたフラムは身体を捻って彼の方に向き直り、空中で短剣を放った。


「なめんなや!!」


 死角からの投擲だったものの、ヴェルクリエはそれを察知して菱形の結晶を一つ生成した。


 そこから放たれる光線によって背後から飛来した短剣を打ち落とし、隣に出現した結晶からフラムへ向けて光線を放った。


「それはこっちの台詞だ」


 もう何度目とも知れぬ光線をフラムはいとも簡単に叩き斬った。

 しかしその背後に二つの結晶が出現し、同時に光線が放たれる。


 一瞬の判断で後方宙返りをしたフラムは、すんでのところで二本の光線を躱した。


「ちッ……!」


 かのように思われたが、彼の右脇腹を光線が掠めており、鋭い痛みと出血を伴った。


 フラムはそれを厭わずに地面を蹴り付け、再びヴェルクリエに向けて突貫していく。

 そんな彼に向けて、ヴェルクリエは右の掌を翳す。


 そのときフラムの背後に空気の塊が出現した。

 それは一瞬だけ縮小し、爆発するように弾けた。


 これはリベルテが行使した能力の一つだろう。

 かなり乱暴なアシストだが、その分ヴェルクリエにも予測できないはずだ。


「ッッ……!」


 フラムは背中に衝撃を受けながらも、次に自身が取るべき行動を思考していた。


 空気の爆発の余波で自力では至れない域まで加速した彼は、左右の短剣を構えた。


 唐突な加速に瞠目したヴェルクリエは、予期していなかったタイミングで光線を放たざるを得ない。


 その苦し紛れの一撃はフラムの側頭部すれすれを突き抜け、後方の壁に大穴を穿った。

 しかしフラムにダメージは無く、赤錆色の毛先をほんの少しだけ焼き焦がしただけであった。


「ッ……!!」


 光線を回避したフラムは握っていた紅炎の短剣を振り上げ、炎の軌跡と共に振り下ろす。

 紅の刃はヴェルクリエの左肩から腹部にかけてを斬り裂き、彼の身体を後方へと吹き飛ばした。


「くはッ……!」


 だが斬り飛ばされたヴェルクリエは、なぜか狂笑を浮かべながら宙を舞っていた。

 否、一太刀浴びせたフラムにだけは感覚で理解できた。


(浅い……!)


 本来であれば足の付け根まで振り抜くつもりだった短剣が、腹部中央当たりで抜けてヴェルクリエは吹き飛んだ。

 つまり彼は自ら後方に跳躍し、致命傷を避けたのだろう。


 それを理解したフラムはこのまま追撃を仕掛けようとするものの、再び出現した四つの結晶から同時に光線が放たれる。


「くそッ……!」


 四方から迫り来る光線を、回転しながら左右の剣で正確に叩き斬るフラム。


 紅炎の竜巻が全ての光線を打ち落として停止すると、その前方ではヴェルクリエが右腕を天高く翳していた。


「オレに本気を出させるなんてなぁ……」


 そして黒い雷が彼の全身に迸る。


 刹那、彼の掌を起点として幾重もの魔法陣が折り重なるように上空へと展開され、そこに漆黒の光線が降り注いだ。


「くッ……!」


 直近にいたフラムは風圧だけで吹き飛ばされそうになったため、左右の短剣を床に突き刺してなんとか堪えていた。


「なッ……!?」


 天より降り注いだ漆黒の光線、というより柱が消えると、そこには変貌を遂げたヴェルクリエの姿があった。


 漆黒の髪が背中まで伸び、背には一対の闇色の翼が生えている。


 両手の手中には黒い雷を迸らせる黒の球体が発生しており、禍々しい雰囲気を放っていた。


 その容貌も相まって、今の彼を一言で表現するのならば――


「堕……天、使……?」


 後方で支援を行っていたリベルテが声を震わせながら瞠目する。


 今のヴェルクリエは、目の前に存在しているだけで膝を屈してしまいそうな威圧感を放っていた。


「ここからが本番や」


 ヴェルクリエが口角を釣り上げて笑った直後、続く声はフラムの耳元で囁かれた。



「あっさりやられるなんて、つまらんことはよしてや?」



「ッッ……!!??」


 刹那、翳されたヴェルクリエの掌から漆黒の光線が放たれた。


 それは先ほどまでの光線とは比較にならないほどの威力で、一瞬にしてフラムの姿が黒に埋め尽くされた。


「フラムさんっっっ!!!」


 光線は王の間の壁に大穴を穿ち、遙か遠くの山脈を打ち抜いた。

 その余波で部屋の左側の柱が全て打ち抜かれ、王の間が崩壊を始める。


「ははは、こんな場所で本気出したらあかんのやな」


 ヴェルクリエは王の間が崩れゆくのを見下ろしながら、背中の翼で悠然と飛翔した。


「きゃぁぁぁ!!」


 しかし翼を持たぬリベルテは崩壊に巻き込まれ、巨大な瓦礫と共に落下していった。

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