第30話 赫怒の炎

「なんやその炎、光まで燃やせるんか?」


 階段の中ほどで光線の乱打を防いでいるフラムに、ヴェルクリエはそう問いかけた。


 フラムの炎は万物燃焼の効果を持っており、対象物が実態であろうと能力であろうと、引火したものを無条件で焼き尽くす。

 それはヴェルクリエの光線も例外では無かった。


「光だけじゃ無い。お前たち転移者をも焼き尽くす、赫怒(かくど)の炎だ……!」


 左右の短剣で二本の光線を斬り裂いた直後、フラムは足下を爆発させた。


 その勢いを利用して階段を一足飛びに登り、玉座に座っているヴェルクリエに接近した。


「お前も転移者(オレたち)に奪われた弱者なんやな」


 侮蔑とも取れる彼の言葉に、フラムは感情を乱すこと無く左の短剣を突き出した。

 しかしヴェルクリエは首を傾けるだけで回避し、フラムの炎は玉座を炎上させるに留まった。


 流石に燃え盛り始めた椅子には座っていられないと判断したヴェルクリエは、立ち上がって眼前のフラムに左手を翳す。


 その掌には彼の頭上に浮遊している菱形の結晶と同じものが生成されており、白閃を煌めかせた。


「ふッッ……!」


 それを認めた瞬間、フラムは裂帛の呼気と共にヴェルクリエの手を蹴り上げ、掌に収束していた光線は王の間の天井を穿った。


「行け!」


 その瞬間、炎から逃れるために身を引いていた煽情的な恰好の女たちに、フラムは声を大にして指示を飛ばした。


 目の前で戦闘が始まったことで呆然としていた彼女たちだったが、フラムの檄を受けて行動を開始する。


 階段に近い者は転がるように階段を駆け下り、左右のバルコニーに近い者は入り口の方向を目指して駆け出した。


「ちぃッ!!」


 フラムの狙いが初めから女たちの解放であったことに気付いたヴェルクリエは、逃げ惑う女を狙って彼女たちの足を止めようとした。


「させるか」


 声と共にフラムの右手の短剣が閃き、ヴェルクリエの首筋を狙って薙がれた。


 一瞬で判断した彼は攻撃をやめて回避行動を取り、すんでの所で致死の斬撃を躱した。

 そして地面を蹴り付けて跳躍し、炎上する玉座の後方へと距離を取る。


 だが玉座の炎が揺らめき、そこを突き抜けてきたフラムが短剣の切っ先をヴェルクリエの胸部目掛けて突き出していた。


「しつこいでッ!!」


 その切っ先が触れる寸前、彼の頭上に浮遊したままの結晶が煌めき、四本の光線がフラムの右腕目掛けて同時に放たれた。


「くッッ……!」


 あとほんの少しで彼の心臓を穿てるかもしれない。

 しかしここで欲張れば右手が光線によって吹き飛ばされ、止めをさせなかった場合、左腕のみで戦わなければならないという最悪の事態に陥ってしまう。


 そんな思考を一瞬で済ませたフラムは、地面を蹴って後方に距離を取る。

 ヴェルクリエは右手の光線を天井に向けて放ち、放出を持続させたまま剣を振り下ろすようにフラムへと叩き付けた。


「ぐッ……おぉぉ……!」


 彼は光線が視界に入った瞬間、左右の短剣を頭上で交差させて光線の剣を受け止めた。

 そして全霊の力を持ってそれを斬り裂き、正面のヴェルクリエに向き直る。


「なッ……!?」


 そしてフラムは眼前に広がった光景に瞠目する。


 真正面のヴェルクリエが残った左の掌をこちらに向け、次の光線を放つ構えを取っていたのだ。


 頭上の光線を斬り払うために左右の短剣を大振りしてしまったため、それを正面に戻している暇は無い。


「【爀炎の鍛冶神イラファトス】」


 そう判断したフラムが呟いた直後、彼の前に紅い華が咲いた。


 それはフラムがよく使用している炎の短剣では無く、両刃の長剣が幾本も寄り集まって出来た剣の華であった。


「そんなこともできるんか。けどまぁ、ぶち抜いたるわ!」


 目の前に現れた紅の剣華に吃驚したヴェルクリエだったが、構えた左手に更なる力を込めて極大の光線を放った。


 それはフラムの眼前で咲いた剣華に激突し、勢いを削られていく。

 しかし一本、また一本と剣の花弁が剥がれ落ちていき、落下した剣は炎へと還元されて燃え尽きてしまう。


 やがて剣華は全ての花弁をもがれ、少しだけ威力が削がれた光線がフラムへと迫った。


「ふッッ……!」


 剣華が稼いだ時間はほんの一瞬。

 しかしフラムが体勢を立て直すための時間は十二分に稼いだ。


 彼は紅炎の短剣を自身の前方で交差させ、ヴェルクリエの光線を正面から受け止めた。


「受け止めきれると思っとるんか!」


 彼の声と共に光線の出力がさらに上がり、フラムの身体が後方に吹き飛ばされた。


「ッッ……!!」


 だが彼は吹き飛ばされながらも空中で短剣を押し返し、光線を斬り裂いた。


 刹那、紅蓮の炎を伴う大爆発が生じて光線が一気に燃え盛り、発生源であるヴェルクリエの右腕を燃やした。


 一方フラムの身体は爆発の威力で吹き飛ばされ、出入り口の大扉上部に激突して地面へと落下した。


 落下までに体勢を立て直して着地したフラムだったが、強かな衝撃が全身を貫いていた。

 その衝撃に身体が悲鳴を上げているのか、足下をぐらりとふらつかせて床に膝を突いてしまった。


「フラムさんっ!!」


 そんな彼に焦燥感を露わにしたリベルテが駆け寄り、身体に手を添える。


「ぷッ……。大丈夫だ」


 膝を突いたフラムは心配するリベルテを余所に、口内の血を吐き捨てながらゆっくりと立ち上がった。


 そして階段の上で歯を食い縛りながら、右手を押さえているヴェルクリエに視線を向けた。


「クソが! 調子に乗んのも大概にせぇや……!」


 表情を歪めて悪態をつくヴェルクリエは、憎悪の炎が灯った瞳でフラムを睥睨した。


 彼の腕は重傷というほどの火傷を負ったわけでは無い。

 しかし無視できるほど軽度ではないため、彼は持続的に続く痛みに耐えているのだろう。


「……ッ!?」


 そしてようやく彼は気が付く。

 あれだけいた女たちが、部屋のどこにも見当たらないということに。


 彼女たちに何かするのは、ヴェルクリエと戦闘を繰り広げていたフラムには不可能。

 であれば考えられる可能性はただ一つ。


「やってくれたなぁ、姫さん」


 フラムの傍らにいるリベルテは紫色の水晶のようなものを片手に携えていた。

 だがそれは彼女の手中で強く瞬いた直後、粉々に砕け散ってしまった。


 その小気味よい音に振り返ったフラムは、リベルテに視線を向けて問いかけてきた。


「全員転移出来たか?」


「はい、ここにいた女性はみんな【慈母のエレオティナ・箱庭ガーデン】へ送り届けました」


 リベルテは水晶の破片を払いながら答え、フラムは満足そうに小さく頷いた。


 先ほどの水晶はヴィオレ謹製、簡易型転移陣の触媒だったのだ。

 転移陣は本来であれば複雑な紋様を刻んで、団員の血を染みこませるという手順を踏む必要がある。


 しかしあの水晶を用いれば、それらの手順を飛ばして転移陣を開くことが可能となるのだ。


 ただ、簡易型で転移させられるのはせいぜい三、四人。

 しかしリベルテがヴィオレの能力を模倣することで、他の者には不可能な制限の突破を可能とするのだ。


「まぁええわ。姫さんが手に入るのなら、他の女なんていくらでも替えがきく」


 ヴェルクリエは小さく息を吐き、リベルテに不敵な笑みを向けながら階段を降り始めた。


「さぁ、虐殺の時間や!」


 階段を下り切ったヴェルクリエは大仰に両手を広げ、再び頭上に菱形の結晶を出現させた。


 先ほどまでは彼の頭上から動かなかったそれが、今回は意思を持ったようにフラムの周囲を飛び回り始める。


「愉快に踊ってくれや?」

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