第29話 狂笑の王
転移者 ラドルフを打ち倒したプリエは、正面の大扉 (だったもの)を潜って再び王城に入り込んだ。
そして上階に伸びる大階段を駆け上がり、王の間へ至る踊り場に到着した。
「……およ? タイミングばっち……り……?」
階段を上り切ったプリエの視線の先には藍髪の青年の後ろ姿があり、声をかけようとしたところで彼が剣呑な空気を纏っていることに気が付いた。
よく見ればアヴェルスは抜刀しており、自分よりも高い位置に視線を向けていた。
「プリエ殿……」
一瞬だけ振り返ったアヴェルスはすぐさま視線を戻し、プリエもその視線の先に目を遣った。
二人の視線の先は王の間に続く階段、その最上部に聳える巨大な大扉であった。
否、正確にはそれに背中を預けて瞳を閉じている黒髪の青年を注視していた。
「ようやく来たね、プリエ・コーラル」
プリエが現れるのを待ちわびていたように、黒髪の青年は瞼を持ち上げると大扉から背中を離した。
そしてアヴェルスとプリエを順に見つめる。
「まだ転移者がいたんだ。だったらさっさとぶっ飛ばさないとね!」
言い放ったプリエは、両拳に黄緑色の炎を発生させて臨戦態勢に入る。
「そう殺気立つなよ。僕は君たちと戦いに来たわけじゃない」
だが彼女が動こうとした瞬間、黒髪の青年の声がプリエの耳元で聞こえた。
「っ……!!」
咄嗟に反応したプリエは炎を纏う拳で裏拳を放ち、彼女の隣にいたアヴェルスも神速の斬撃を見舞った。
「だからこちらに戦意は無いと言っているだろう」
その声は先ほどとは真逆の、王の間へと至る大階段の方から聞こえてきた。
驚愕した様子で二人が視線を戻すと、赤い毛皮の絨毯が敷かれた階段に腰掛ける青年の姿が見て取れた。
「アンタ、いったい何者……?」
青年が起こした不可解な現象を目の当たりにしたプリエは、警戒心を隠さずに彼を睨みつけた。
それと同時に、先の現象にプリエとアヴェルスは既視感を覚えていた。
「この城ではファルシという名を名乗っていたが、お前たちには【召喚者(リチュエル)】の一人、といった方が良いか?」
「「!!!!」」
二人が覚えた既視感、それはこの王城に潜入する道中に遭遇した顔の無い黒い影の存在であった。
目の前のファルシという名の青年はあの影と同じく瞬時に空間を移動し、【召喚者(リチュエル)】を名乗ったのだ。
「あなたはあの影の御仁のお仲間、という認識で良いのでしょうか……?」
「影の御仁……? あぁ、あの人のことか……」
アヴェルスの問いに一瞬考える素振りをしたファルシは、納得したように小さく頷いて言葉を続けた。
「お前が示しているのがルティム・ゴーシェナイトを足止めしている【召喚者(リチュエル)】のことであるならば、答えは是だ。仲間、というほど深い関係ではないが、同じ目的を掲げていることに違いない」
ファルシの超然とした態度の説明に痺れを切らしたのか、プリエが一歩前に出て問いを重ねる。
「アンタが【召喚者(リチュエル)】の一味だってことは分かったよ。けど戦う意思が無いのに何でウチらの前に現れたの……?」
苛つきを隠そうともしない彼女の問いに、ファルシは表情を変えずに淡々と答えた。
「僕に課せられたのはお前たちの足止めだ。【爀炎の復讐者】と【無貌の姫君】の真価を試すためだと聞いている」
「てことはウチらの邪魔をするってことだよね? だったら戦う意思が無くてもぶっ飛ばして進むだけだよ!」
プリエは拳を握り込んで黄緑色の炎を爆発的に増加させ、アヴェルスも彼女の背後で刀を構えながら冷気を纏った。
「僕に戦う意思は無い。それでも押し通ろうというのなら……」
ファルシは階段から立ち上がり、感情が読み取れない漆黒の瞳を向けながら、二人の方向にそっと右手をかざす。
刹那、プリエたちの足元に深黒の影が一瞬で広がった。
「なっ!?」
「ッ……!!」
咄嗟の反応で飛び退こうとするものの、蹴りつけようとした床はすでに液状化しており、水没するように彼女たちはその影に飲み込まれてしまった。
「さて、これでお膳立ては出来た。彼らは【反抗者(レヴォルト)】として壁を乗り越えられるか?」
ファルシは背後の大扉に視線を移して小さく呟くと、自身の足元にもプリエたちを飲み込んだ深黒の影を展開する。
そしてそのままとぷん、と音を立てて姿を消した。
◆ ◆ ◆
アヴェルスがアレイを、プリエがラドルフを撃破する少し前。
時はフラムとリベルテが王の間の扉を潜ったところに遡る。
「ぇ……?」
「ッ……!」
王の間に入り込んだフラムたちは、その中に広がっていた光景に言葉を失った。
この空間には入り口から真っ直ぐに長い赤絨毯が敷かれており、その終点に玉座へと続く階段がある。
そして玉座から左右に通路が伸び、入り口の上部にまでバルコニーのように繋がる構造となっている。
そういった構造と、シャンデリアなどの豪奢な装飾には何の変哲も無い。
しかし入り口から続く直線と上部の通路には多くのメイドが、玉座の周囲には扇情的な格好の女が立ち並んでいたのだ。
それに加えて彼女たちは皆一様に、仮面のような笑みを顔に貼り付けている。
その不気味な光景に、二人は異質な空間に迷い込んだかのような錯覚を覚えたのだ。
「まさかそっちから帰ってくるなんて、思っとらんかったわぁ」
その声はフラムたちの真正面、階段の上部に設置された玉座の方から聞こえてきた。
彼は、転移者 ヴェルクリエは玉座に腰掛けて足を組み、周囲に侍らせた美女たちの顔を撫でていた。
これでもかというほど欲に塗れた姿に、フラムもリベルテも表情を歪めて彼を睨みつけていた。
「連れ帰った姫さんが目を覚ましたらネズミに大変身したときは、やられた!と思たんやで」
命からがらヴェルクリエの手から逃れたあの日のことを、リベルテは鮮明に思い出していた。
あの小さなネズミがいなければ、リベルテはこの男に捕まってどのような扱いをされていたか分からないのだ。
「けどよぉく帰ってきたなぁ。安心してな? 姫さんは殺さずに飼い慣らして、こいつらの中に加えたるからなぁ」
ヴェルクリエは侍らせている美女に触れながら、眼下のリベルテに下卑た視線を送った。
糸目を薄らと開いた彼の瞳が宿す不気味な光に、リベルテは背筋を凍らせた。
しかし彼女は自らを奮い立たせ、ヴェルクリエに反論する。
「私はあなたの物になんてならない。彼女たちだって、自分の意思であなたなんかに侍っているんじゃない……!」
「どうしてそんなことがわかるんや? 彼女たちはこーんなにも笑顔やないか」
リベルテの言葉にわざとらしい笑みを浮かべ、ヴェルクリエは仮面のような笑みを浮かべている女たちに視線をやった。
「強要された笑顔なんて、真っ赤な偽物です!」
「黙れや」
「っっ……!」
言い切ったリベルテに向かって放たれた声は、決して荒げられたものではなかった。
だが場の空気を凍てつかせ、二の句を継ぐことを許さない強制力があった。
「笑顔でいることの何が悪いんや? 人間の幸せは笑顔でいること、違っとるか?」
薄らと開かれた冷たい黒瞳に射貫かれ、リベルテは冷や汗を浮かべながら彼の言葉を浴びていた。
ヴェルクリエの言っていることは、彼が口にしなければ間違いでは無い。
しかしこの空間を満たしている女たちの笑顔は、幸せを感じて浮かべているものでは無いと断言できる。
「けれど――」
「まだ口答えするか」
反論を続けようとしたリベルテの言葉を断ち切り、ヴェルクリエは呆れたように呟いた。
「姫さんほどのべっぴんさんを殺すのは惜しいなぁ。てことで姫さんの代わりにお前に責任取ってもらおうか?」
「ぇ……?」
そう告げられたのは赤い絨毯の中ほど、その右側に控えていたメイドの一人であった。
彼女はいきなりのことに目を白黒させていた。
「お前、姫さんが入ってきたときに動揺して、一瞬笑顔を崩したよなぁ? そんな奴、ここにはいらんのよ」
刹那、ヴェルクリエの頭上で光が瞬き、彼女目掛けて細い光線が放たれた。
それは先ほど城の外で放ったものの縮小版で、威力が弱められているとはいえ普通の人間があんなものを食らえば命は無い。
「ダメっ……!」
何か手を打とうとしたリベルテだったが、彼女の能力の性質上、模倣する能力をイメージして発動するまでにどうしてもタイムラグが発生する。
放たれた光線を防ぐことは、今の彼女にはどう足掻いても出来ない。
その時だった。
爆音を立てて紅蓮の炎が生じ、次の瞬間には放たれた光線が叩き斬られた。
真っ二つにされた光線は紅炎が引火し、一瞬にして燃え尽きた。
「自分の私利私欲のために他人を縛り付け、気に食わなければ殺す。そんなものが王であってたまるか」
メイドに放たれた光線を斬り裂いたフラムは怒気と共に紅炎をその身に纏い、ヴェルクリエを睨み上げていた。
「なんやお前、姫さん以外に用はあらへん。さっさと消えろや」
興味の薄い声音をフラムに向けるヴェルクリエは、自身の頭上に菱形の結晶を四つ召喚し、右手をフラムの方へと翳した。
するとその結晶の一つが眩い光を放ち、フラム目掛けて光線を放った。
「いいや、この世界から消えるのはお前の方だ」
一直線に自分の頭部を狙ってくる光線の軌道を見極め、右手の短剣で叩き斬る。
直後には更に二つの結晶が煌めき、二本の光線が放たれていた。
フラムはそれを察知し、今度は左手の短剣で一本の光線を斬り上げる。
そして身体を回転させることで振り下ろしていた右の短剣を閃かせ、もう一方の光線を両断した。
斬り裂かれたことで紅炎と化して燃焼した光線は、赤い絨毯に引火してフラムの背後を炎上させている。
しかし絨毯の左右に控えているメイドには流れ弾の一つも当たっていない。
フラムはそこまで計算して光線を斬っているのだ。
「リベルテ、女たちを避難させろ!」
「わ、分かりました!」
そう指示したフラムは一瞬で加速し、ヴェルクリエがいる玉座への階段を駆け上がった。
それを見届けて、リベルテもメイドたちに向き直った。
「皆さん、こちらへ!!」
部屋で戦闘が行われているというのに動こうとしないメイドたちに、リベルテは声を上げた。
それによって彼女たちははっとして、リベルテの方に駆け寄っていった。
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