第28話 プリエVSラドルフ

「このクソアマぁ……」


 大階段の踊り場から吹き飛ばされ、ラドルフは石柱が砕け散るほど強かに激突した。

 しかし能力を行使したのか、彼は大したダメージを負っている様子はなかった。


 ラドルフは自身にのしかかっていた瓦礫を鬱陶しそうに吹き飛ばしながら、大階段を下ってくる少女を睨み上げていた。


「さっさと終わらせよ? アンタみたいな雑魚を相手にしてるほど、ウチは暇じゃないんだよね」


 ナックルダスターを装着した両拳に黄緑色の炎を纏わせたプリエが、階段を下り切ってラドルフの正面に立つ。

 そして気怠げに首を鳴らして彼と視線を交錯させた。


「あぁ……。望み通りさっさと終わらせてやるよッ!!」


 額に青筋を立てたラドルフは巨木のような両腕を漆黒に染め上げ、文字通り床を蹴り砕いて加速した。


 目を見張るような速度は能力によるものだろうが、プリエの眼はそれを完璧に捉えていた。


 大振りの左拳を最小限の動作で回避し、反撃として同じく左拳を見舞うおうとした。


「くっ……!」


 しかし回避したはずの左拳の方向、否、ラドルフの左腕に全身が引き寄せられ、プリエは完全に体勢を崩してしまう。

 それどころか床から足が離れ、空中に浮いてしまうほどであった。


「雑魚はどっちか、思い知れや!!」


 自身の左腕の方向に引き寄せたプリエ目掛けて、ラドルフは漆黒に染まった右腕を振り抜く。

 それは拳撃ではなく腕全体で行われる攻撃、ラリアットであった。


 無防備に宙に浮いてしまったプリエにラドルフの巨腕が激突。

 胸部中央に打ち込まれたそれは彼女の胸骨を破砕し、臓器を破壊するほどの重撃であった。


「かっ……はっ……!!」


 その証拠にプリエは口腔から多量の鮮血を撒き散らしている。


 直後、霞むような速度で吹き飛ばされていった。


 彼女の小さな身体は広大な広間の石柱を五本ほど粉砕したところでようやく停止し、周囲に砂煙を巻き起こして瓦礫の下敷きとなった。


「もったいねぇことしたか?」


 ラドルフが感じた手応えは間違いなく即死級の感触であった。

 万が一生きていたとしても、風前の灯火だろう。


「まぁ顔が良くてもじゃじゃ馬どころか暴れ馬だったからな。殺しといて正解か」


 目も当てられないような姿に変貌したプリエが埋まっているであろう瓦礫の山を一瞥し、ラドルフは大階段の方に歩を進めようとした。


「ッ……!?」


 その瞬間、背筋が粟立つような感覚を察知した彼は、即座に振り返る。

 すると視界を埋め尽くすほど巨大な瓦礫が眼前にまで迫っていた。


 咄嗟の判断で漆黒に染め上げた右拳を振るい、瓦礫を破砕する。

 そしてその先に広がっていた光景にラドルフは絶句した。


「こんなにか弱くて可愛い女の子を暴れ馬呼ばわりなんて、ひ~ど~い~☆」


 石柱が崩壊したことによって生じた砂煙の中から猫撫で声が聞こえ、次いで中から五体満足の少女が姿を現した。


「てめぇ……あれをまともに食らったのになんで……!?」


 否、五体満足どころかプリエ・コーラルという少女の身体には掠り傷一つなかったのだ。


 身に纏う衣服は汚れているものの、ラリアットが命中した胸部には傷など無く、黄緑色の炎が灯っているだけであった。


「さぁ? アンタの攻撃がしょぼかっただけでしょ?」


 プリエは人差し指を自身の頬に当てながら、小首を傾げて見せた。

 その言葉にラドルフは歯噛みすると共に、彼女の底知れなさに冷や汗を浮かべていた。


「アンタの能力は引力?重力? まぁどっちでもいいけど」


 プリエは漆黒に染まっているラドルフの拳を見つめて呟き、自身もナックルダスターを填めた拳を握り込んだ。


 それに呼応するように黄緑色の炎が燃え上がり、プリエの戦意を可視化した。


「ウチがねじ伏せてあげるよ」


 不敵な笑みと共にプリエの姿が掻き消え、ラドルフとの彼我の距離が一気に詰められた。


「はッ! タネが分かったところで対応できるかよ!」


 懐に入り込んだ小柄な彼女に向かって、ラドルフは漆黒に染めた膝を蹴り上げた。

 それをバックステップで回避したプリエの全身に強烈な重力がのしかかった。


「そのまま叩き潰してやるよぉ!!」


 重力によってその場に縫い付けられているプリエの頭上から、漆黒に染まった巨大な拳が降り注ぐ。


 目線だけを拳に向けた彼女は、強烈な重力の影響下で黄緑色の炎を纏った拳を振り上げた。


「こんなので叩き潰す? 軽すぎでしょ~」


 振り下ろされた拳を拳で迎撃したプリエは、攻撃を拮抗させながらニヒルな笑みを浮かべた。

 そしてそのまま拳を振り切り、ラドルフの巨体を大きく仰け反らせた。


「んっだと……!?」


 強烈な重力を受けながらも攻撃を弾き飛ばしたプリエの膂力に、ラドルフは驚愕を隠せなかった。

 しかしすぐさま迫る追撃に応じ、駆け出した彼女の身体を強引に引き寄せて体勢を崩させた。


「今度こそ、ぶち抜いてやるよッ!!」


 思わぬ加速をしてしまったプリエは拳を構えたラドルフの間合いに入ってしまい、しかし何とか身を捩って回避行動を取ろうとした。


「くっ……!」


 だが攻撃を回避するには至らず、ラドルフの拳がプリエの右上腕部を強烈に打ち抜いた。


 骨が粉々に打ち砕かれ、筋繊維が音を立てて断裂する。

 拳の衝撃が駆け抜けた直後には、何とか繋がっているだけの、無惨にひしゃげた腕が辛うじて彼女の肩に繋がっていた。


 これほどの重傷を負いながらも、プリエの反応は一瞬だけ目を眇めたのみであった。


 彼女の右腕を見たラドルフは口角を吊り上げ、次の攻撃に転じようとした。

 だがその行動は目の前で起きた現象によって停止してしまう。


 拳の衝撃で後方に仰け反っているプリエの右肩に黄緑色の炎が爆発するように灯り、瞬きの後に右腕全体を覆いつくしたのだ。


 そしてその炎が拡散すると、そこには傷一つない右腕が再生していた。


「なんなんだ、てめぇッ!?」


 刹那の間に右腕が完全治癒したプリエを見て、瞠目したラドルフの全身を怖気が駆け巡る。


 目の前の少女が備える異常性に、彼は思わず一歩後退ってしまった。


「ウチは不死鳥に愛されてるんだってさ」


 プリエは小さく呟きながら右腕を回し、後退ったラドルフに目を向けた。


 刹那、彼女の身体が黄緑色の炎を伴って加速し、ラドルフとの間合いを駆ける。


「オォォォォ!!!」


 化け物じみた再生能力を備えるプリエの接近を阻むため、彼は漆黒に染まる両掌を身体の前で合わせた。


 乾いた音と共に重力が不可視の壁となってプリエの左右から迫った。

 それを感覚的に察知した彼女は、床を蹴って強引に進行方向を変更した。


 しかし引き抜くのが一拍遅れてしまった左脚が重力の壁に圧し潰され、膝から下が失われてしまう。


「いい加減、ぶっ殺す……!!」


 それを意に介せず、着地した右脚に全霊の力を込め、再びラドルフに向かって方向転換する。


 床を爆散させて加速したプリエは一瞬で懐に入り、黄緑色の炎を纏って再生した左脚で地面を踏み締めていた。


 振りかぶられたプリエの拳が纏う黄緑色の炎は、膨張して彼女の腕全体を包み込んでいる。


「ぐッ……オォォォォ!!!」


 それを認識したラドルフは雄叫びを上げ、無理な体勢から強引に拳を放った。


 小石のように小さなプリエの拳が炎の尾を引いて、漆黒に染め上げられた巨岩のような拳と激突する。


「っ……!!」


 生来の膂力と巨大な体躯、そして重力が合わさったラドルフの一撃の威力が、プリエの細腕を突き抜ける。


 激突した小さな拳の骨、さらには腕の骨を粉々に打ち砕いた感触が彼の腕に伝わっていた。


「潰れやがれぇぇぇ!!!」


 それを好機と取ったラドルフは、粗暴な雄叫びを上げながらプリエを叩き潰そうとした。


 だが――


「それはウチのセリフだよ」


 完璧に打ち砕いたはずの右腕が、易々と振り抜かれる。


 激痛を通り越して感覚さえ無いであろう拳を超速再生させ、そのまま反撃してきたのだ。


 再び放たれたプリエの重撃がラドルフの拳を打ち砕き、弾き上げた。


「がッ……!?」


 大きく仰け反ったラドルフは、拳から伝導した衝撃によって右腕全体と右肩の骨が粉砕された激痛に呻き声を上げた。


「ここからは、ウチの反撃だよ☆」


 満面の笑みを浮かべたプリエは仰け反ったラドルフの足元で回転し、黄緑色の炎を纏った回し蹴りを腹部に見舞った。


「ごッはッ!!」


 それによって肋骨や内臓を損傷した彼は血塊を吐いて吹き飛び、目にも止まらぬ速さで王城の大扉をぶち破って外に投げ出された。


 プリエは床を踏み砕いて加速し、月夜を背景に吹き飛ばされているラドルフに追随した。



 王城は城下町よりも高い位置に建てられており、小高い丘ほどの高低差がある。


 そのため大扉から一直線に吹き飛んだラドルフの身体は城下町の上空に投げ出されており、プリエはその真上に跳躍していた。


「散々馬鹿にしてた女にやられる気分はどぉ?」


 プリエは青白い満月を背に、引き絞るように右拳を構える。

 直後、黄緑色の炎をが天を衝き、闇に覆われたミロワルム王国を照らした。


「や……めろ……ぉぉ……!!」


 辛うじて意識を保っていたラドルフは眼前の光景に怯え、表情を歪めながら両の瞳を揺らしていた。



「や・だ☆」



 懇願のようなラドルフの言葉を一刀両断し、プリエは戦槌の如き勢いで眼下の彼に拳を振り下ろした。


 黄緑色の炎塊と化した彼女の拳が流星のようにラドルフの胸部に迫り、完璧に芯を捉える。


 そして黄緑色の炎が瞬き、夜空に大輪の炎華が咲き誇った。


 刹那、王国全土に響き渡るほどの轟音が轟き、城下町の一角に隕石の直撃を受けたかのような破壊が生じた。



 それに一拍遅れて、小柄な少女が妖精のようにふわりと地面に着地する。


 石畳が捲れ上がり、建造物が倒壊している凄惨な街を背景に、プリエは口を開く。


「不死鳥に愛されてるなんて聞こえはいいけど、こんなもの呪いだよ……」


 黄緑色の炎を纏う自身の拳に目を落としながら、彼女は小さく呟いた。


 炎の中では拳撃の威力に耐えかねてひしゃげた拳が再生しており、すぐさま正常な拳へと姿を変じた。


 それを見届けて冷めた視線を移すと、そこには目も当てられないほど無惨な姿のラドルフがいた。


 彼の身体は消滅が始まっており、青白い満月に向かって静かに漆黒の粒子を立ち昇らせていた。


「んん~!! さってと、ヴェルさんと合流してリベちゃんたちに加勢しなきゃね!」


 無感情の仮面を取り払ったプリエは伸びをした後、小さな笑みを浮かべた。


 そして地面を蹴って跳躍し、王城へと戻っていった。

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