第27話 吹っ飛べ☆

 時は少々遡り、アヴェルスと分かれたフラムたちは大階段の踊り場に辿り着いていた。


 しかし王の間へ続く階段を登ろうとした瞬間、彼らは不可視の何かによって、三人纏めて踊り場へと引き戻された。


「くッ……!」


 突然のことだったが、フラムは咄嗟に体勢を立て直して赤い絨毯が敷かれている床に着地していた。

 リベルテとプリエも床を転がってはいたが、ダメージは無いように見える。


「危ねぇ危ねぇ。危うく素通りさせるとこだったぜ」


 その低い声は、フラムたちが来た方とは逆の通路側から聞こえてきた。


 黒髪黒瞳で大柄の転移者。


 ヴェルクリエの右腕のもう一人、ラドルフがフラムたちの前に立ちはだかった。


 彼はアレイと同じく、リベルテが亡命する際に追ってきた一人であった。

 彼らを足止めするために、メイドであるラティラは命を懸けて単身立ち向かったのだ。


「姫さん以外はぶちのめすぜ」


 アレイのように名乗ることもせず、ラドルフはフラムの方へ左手をかざした。

 すると彼の身体が引力によって、凄まじい速度で引き寄せられた。


「フー君!」


 プリエは手を伸ばしたものの、その手は空を切ってしまい、彼を引き戻すことは出来なかった。


「ようこそ」


 不敵に笑ったラドルフは、自身の間合いにフラムが入った瞬間、右の拳を放った。

 その拳は何らかの力で漆黒に染まっており、まともに受けてはならないと直感で理解できる。


「そんでもって、吹っ飛びな!」


 刹那、引き寄せられたフラムの腹部に拳がたたき込まれ、鈍い音を周囲に響かせた。


「燃えろ」


 鈍い音のすぐ後に紅炎を伴う爆発が二連続で起き、二人をそれぞれ逆方向へと吹き飛ばした。


「ッ……!」


 その爆発によってフラムはリベルテたちの横にまで吹き飛ばされ、両手に生成していた炎の短剣を床に突き立てる事でようやく停止した。


「フラムさん、大丈夫ですか!?」

「あぁ、問題ない」


 駆け寄ってきたリベルテに素っ気なく返答し、フラムは自分と同様に吹き飛んだラドルフの方に目を向けた。


「お~お~、あの一瞬で俺の拳を防ぐとはやるねぇ」


 爆発によって生じた煙の中から現れたラドルフは、右手を払うように振りながらこちらに歩み寄ってきていた。


 フラムは引き寄せられている最中に紅炎の短剣を二本生成し、インパクトと同時にラドルフの拳に叩き付けていた。

 そうして爆発を引き起こし、間合いを取ったのだ。


 フラムの炎の効力でラドルフの拳が纏っていた漆黒の何かは引き剥がせたものの、拳自体にはほんの少しの火傷を負わせることしか出来なかった。


「おらおら、もっと楽しませてくれ、よッ!」


 両手の拳を交互に鳴らしたラドルフは、言い終えると同時に床を割り砕いて急加速した。

 常人では考えられないほどの加速は、彼の能力が起因しているのだろう。


 瞬きした瞬間にラドルフの巨体がフラムの視界を埋め尽くす。


 それでも彼は肉体に染みついた反射で、繰り出された拳を躱そうと動いた。



「うっざ……」



 その時だった。

 拳を振るおうとしていたラドルフの懐に、桃色の髪の少女が現れたのは。


 そして彼女、プリエはナックルダスターを嵌めた拳に黄緑色の炎を纏わせ、それを振りかぶった。


「なッ……!?」


 攻撃態勢に入っていたラドルフは突然すぎる出来事に言葉を失い、咄嗟に拳の軌道を彼女の方へと切り替える。


 そして二人の拳が凄まじい勢いで衝突。


 ラドルフの背後の床に罅を生じさせ、プリエの背後には彼女の拳から吹き出ているように見える黄緑色の炎が拡散していた。


「吹っ飛べ☆」


 プリエが笑みを浮かべた瞬間、均衡が一気に崩れ去り、ラドルフの身体が紙のように吹き飛んだ。


「ぐッ、がッ……!!」


 吹き飛んだラドルフは床に数回叩き付けられながらも体勢を立て直し、指の力で床を抉りながら勢いを殺した。


「戦闘狂みたいな発言する奴、鬱陶しいんだよね~。でかいのは図体だけにしときなよ、木偶の坊」


 プリエは殴った方の手をひらひらとさせながら深いため息を吐いた後、遠くで膝をつくラドルフに氷点下の視線を送った。


 それに伴って右拳に発生していた黄緑色の炎が爆発的に増加し、彼女の肩に届くほど荒々しく燃え盛った。


 プリエ・コーラルという少女は優秀な回復能力者でありながら、その力で自身の身体能力を強化して戦う近接格闘者なのだ。


 その力は凄まじく、普段の振る舞いからは考えられないほど好戦的な、超が付くほどの戦闘狂と化す。


「この、アマぁ……!!」


 彼女の凄まじいほどの煽りで額に青筋を立てたラドルフは、先ほどよりもさらに早く彼我の距離を詰めた。


「あぁ、そういうのいいから。弱い奴ほど良く吠えるよね」


 プリエはため息を吐くように言葉を零しながらも、今度は左の拳に黄緑色の炎を灯した。


 右手と同じく、肩まで届くほどの炎を纏った彼女の拳は裏拳の要領で振り切られ、いつの間にか間合いに入ってきていたラドルフを強かに打ち付けた。


「かはッ……!?」


 なんとか防御態勢を取ることが出来たようだったが、彼の巨体は軽々と吹き飛ばされ、階下へと続く大階段を転げ落ちていった。


「フー君、リベちゃん、先行ってて~。ウチはあいつボコしてから追いつくからさ☆」


 振り返って笑ったプリエに、リベルテはぶんぶんと首を縦に振って肯定した。

 それと同時に、絶対に彼女とは喧嘩をしないで、これからも仲良くしようと心に誓った。


「行くぞ、リベルテ」

「は、はい!」


 冷や汗を流しながらそんなことを考えていたリベルテに、フラムが声をかける。

 そんな彼は王の間へ続く大階段に足をかけていた。



 フラムとリベルテは大階段を駆け上がり、やがて王の間の大扉の前に辿り着いた。


「ようやく、ここまで来られた……!」


 大扉を見上げるリベルテは衣服の胸元をぎゅっと握り締め、その身を震わせていた。


 たった一人で国から逃げたあの日から、彼女の心の片隅にはいつも故郷の景色があった。

 そしていつかあの場所を取り戻すと誓いながら、これまでの日々を生きていたのだ。


「いいや、ここからだ。この先にいる悪を討つことで、お前の道が開ける」

「そう、ですね……!」


 振り返ったフラムの言葉に目を見開いたリベルテは、力強く頷いて大扉に向き直った。


「ここからは小細工無しの真っ向勝負だ。気を抜いたら死ぬぞ」

「はい……!!」


 彼女の力強い返事を聞いたフラムは、大扉をぐっと押し込んだ。

 地響きのように重厚な音と共に右側の扉が開き、二人は生じた隙間から王の間へと入り込んだ。

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