第22話 切られた火蓋
青白い満月が昊天に浮かぶ夜。王城から見下ろす城下町は至る所で火の手が上がっていた。
「突如五十近い反応が街の三カ所に出現。あちこちで暴れ回って、城下町がパニックに陥っているようだ」
王城の屋上に出て、街が陥っている状況をとある転移者が淡々と説明した。
感情表現に乏しい漆黒の双眸に加え、外に跳ねる長いウルフカットの青年は名をファルシという。
彼は戦火燃ゆる城下町を一瞥しただけで、そこに現れた者の数を正確に把握していた。
このファルシという青年が、ヴェルクリエの仲間である監視能力を持つ転移者である。
そんな彼の言葉を受けた他の転移者は額に青筋を立て、今にも王城を飛び出しそうだった。
「まぁまぁ、ちょっと待っときや。あいつらをぶちのめす指示はもうじき出したるから」
変わったイントネーションで言葉を発した青年は、癖のある黒髪を備える糸目の転移者であった。
彼こそが転移者集団をまとめ上げる頭目 ヴェルクリエである。
彼は他の転移者とは異なり、冷静に城下町の様子を見下ろしていた。
自分たち転移者からこの国を奪おうというなら、どうしてこんな派手な立ち回りをする必要があるのだろうか。
ヴェルクリエは謎の襲撃者が取っている悪手に疑念を持っていた。
「……? ヴェルクリエ、街の中央広場上空に人影がある」
「上空?」
しかしファルシの声によってその思考は中断され、視線を彼が示す方向に向けた。
そこには月を背にし、上空に浮遊している男女が王城を見据えていたのだ。
「ん~?」
目を凝らしてその片割れである男の方に目を向けると、そこには見覚えのない赤錆色の髪の少年が女に向かって背を向けて浮遊していた。
そして視線を隣の女に移そうとした瞬間、王国中に魔法によって拡声された声が響き渡った。
『こんばんは、ミロワルム王国の転移者の皆さん』
清らかな声に、ヴェルクリエは糸目を見開いて驚く。
その瞳にはどこか歓喜にも近い感情が宿っていた。
『私はミロワルム王国第一七代国王の娘、リベルテ・ミロワルム・セレスタイト。この国を取り返しにやってきました』
城下町にある中央広場の上空、月を背にしたリベルテは白銀の髪を夜風に靡かせ、凜とした表情で宣戦布告とも取れる宣言を発した。
「くくく……」
その言葉にヴェルクリエは昏い笑みを浮かべながら喉を鳴らしていた。
直後、彼の感情が爆発する。
「はははははは!!!!」
声高に笑い声を上げたヴェルクリエは、リベルテを真正面から見据えて口角を釣り上げた。
「あの姫さんが国を取り返しに来るなんて、今日は最高の日やなぁ!!」
直後、ヴェルクリエはリベルテが浮遊している場所に向けて、右手をかざした。
すると彼の掌に白黄色の光が収束し始める。
「お前ら行っていいで。姫さん以外は全員殺して構へん」
白黄色の光を掌に集めている最中、ヴェルクリエは他の転移者たちに指示を飛ばした。
それを聞いた瞬間、その場に集まっていた十人ほどの転移者が屋上から飛び降りてリベルテの方向に駆け出した。
「アレイとラドルフ、他の数人は残っておき。きっと姫さんの存在は陽動や。こっちで何か起きるかもしれん」
屋上に残っていた転移者たちは小さく頷き、ヴェルクリエが放とうとしている一撃を待っていた。
「大見得切って姿を現したんや。挨拶程度の一撃で死なんでくれや?」
収束した光が一瞬消失し、瞬きの後に極大の光線として放たれた。
「フラムさん、来ました……!」
「分かってる」
真正面の王城で光が瞬いた。それをヴェルクリエの攻撃だと判断したリベルテは、隣に控えているフラムに合図をした。
その言葉を聞いた彼は空中を滑るように移動してリベルテを背に庇い、いつの間にか手中に出現した紅炎の短剣を振るった。
すると円筒状の光線が一瞬受け止められ、次の瞬間には真っ二つに断ち切られた。
刹那、白黄色だった光線が紅蓮の炎に巻かれて炎上し、彼らの背後に着弾した。
それによって更なる火の手が燃え広がり、城下町は悲惨な状況に陥っていた。
リベルテはそれを一瞥した後、王城の方角から続く大通りに向けて右手をかざす。
そこには十人以上の転移者がこちらに向かって駆けており、格好の的であった。
「……」
リベルテは突き出した右手に純白の紋様を浮かび上がらせながら、駆け寄ってくる転移者たちを見つめていた。
「躊躇うな。この戦いの火蓋はお前が切るんだ」
ヴェルクリエの光線を真っ二つに斬り飛ばしたフラムが、彼女の背後に戻りながら言った。
その言葉に背中を押され、リベルテは眦を決して右手に意識を集中させた。
「……放ちます」
「絶対に勝つぞ」
背後から聞こえたフラムの言葉に小さく頷いたリベルテは、右手に収斂されていた力を解放した。
刹那、純白の光が閃き、無色(むしき)の波動が彼女の掌から放たれた。
それは上空から大通りに向けて打ち下ろされる形で、それに触れた出店の屋台などはたちまち硝子が砕けるように消滅していった。
こちらに向かって駆けている転移者たちもそれに気付いたようで、咄嗟に路地裏に飛び込んだり能力によって防御態勢に入った。
しかし防御態勢に入った者は屋台と同じ未来を辿り、路地裏に飛び込むのが遅れた者は身体の一部を消失するという事態に陥った。
「向かっていった約半数の反応が消滅……。残っている半数の中にも数名、行動不能に近い者がいるな……」
ファルシは観測していた転移者の反応が、一瞬で半分近く消失したことを淡々と語った。
「あの姫にこんな力が……!?」
「おいおい、半端ねぇな……!」
それに続くように、アレイとラドルフが目を見開きながら声を上げた。
彼らの反応を横目に、ヴェルクリエは冷静に今の現象を推測した。
「あれは姫さんのコピー能力か? てことは姫さんのバックについておる奴らの中に、あんな力を使うバケモンがおるってことやな」
そして彼は糸目を薄らと開き、口角を上げて笑った。
「くはは! 面白うなってきたやないか。いったいどこのどいつと手ぇ結んだかは知らんが、少しはオレを楽しませてくれそうやな……!」
ヴェルクリエは不気味な笑みを称えながら、強力無比な一撃を放ったリベルテの方に目を向けていた。
彼女は昊天に浮かぶ満月と燃え盛る城下町を背景に、右手を大通りの方にかざした体勢のまま王城を見据えていた。
「いくぞ、リベルテ」
「は、はい!」
ルティムの能力を行使したリベルテは一時的に身体の自由を失っており、フラムに横抱きにされながら地面へと着地した。
そしてすぐさまフラムは地面を蹴り、路地裏へと駆け込んでいった。
「ありがとうございました!」
「おうよ! お前ら、そっちは任せたぜ!」
リベルテはフラムの腕の中から、すれ違った団員の一人にお礼を言った。
フラムとリベルテが空中に浮遊していたのは彼の能力だったのだ。
二人が路地裏に消えていった後、彼は周囲の団員を鼓舞するように声を上げた。
「あいつらが敵の親玉と戦ってくれるんだ。俺たちは他の転移者をぶっ倒すぞ!」
彼の言に周囲の団員たちが声を上げ、天に拳を掲げていた。
その光景は他の場所にいる【盟約の朱】団員たち全員にも見られるものであった。
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