第20話 破邪の白閃
「ほらほら~! 逃げてるだけじゃつまらないよ~?」
巨大な口を有する無相の兵の集合体、無相の鮫といった容貌を持つ化け物は、フラムを喰らおうとして虚空で歯を打ち鳴らした。
エゼルスの挑発に乗ること無く、フラムは淡々と無相の鮫の攻撃ならぬ、口撃を回避していく。
彼はその度に短剣でどこかを切り裂き、着実にダメージを与えていた。
「そろそろか……」
フラムはヒットアンドアウェイを幾度も繰り返し、小さく呟いた。
そして両手を交差させ、それを戻す際に左右の短剣をぶつけ合わせた。
すると紅蓮の火の粉が舞い散り、無相の鮫の傷口が赤く発光した。
直後、その傷から爆発のような発火が起こり、無相の鮫の全身を覆い尽くした。
『ヴオォォォォォ!!!』
突如自身の身体を覆った炎にのたうち回りながら、聞き難い絶叫を上げる無相の鮫。
しかしそれは長く続かず、全身が真っ黒な消し炭と化し、さらに燃え続けて跡形も無く消滅した。
「へぇ、やる――ッ!?」
フラムの手練(てれん)に賞賛を送ろうとしたエゼルスだったが、紅の剣閃が閃いたため大きく身を後ろに引いた。
瞬きの後、彼の顔があった位置に紅炎を纏う短剣が振るわれていた。
その斬撃は、なんとか回避したと思われたエゼルスの首に浅い傷を刻む。
「ぺらぺらと良く喋る口だ。すぐに黙らせてやる」
少量の血が流れる首の傷を押さえているエゼルスに対し、感情の籠もっていない声音で挑発するフラム。
否、彼には挑発しているつもりなど一切無かった。
「こここ、このボクに、傷を付けたなぁぁぁぁ!!!」
エゼルスは手に付着した自身の血を認めると、目を血走らせて絶叫した。
そして地面に拳を叩き付ける。
「肉人形で痛ぶるだけじゃ我慢できない……。このボク直々にぐちゃぐちゃにしてやるよぉぉぉ!!」
地面に叩き付けたエゼルスの右手を、無相の兵の腕が絡みつくように登っていく。
それは彼の右腕を埋め尽くしていき、やがて肩までを完全に覆った。
「随分醜い姿だな」
今の彼は異常に肥大化した濃灰色の右腕をだらりと垂らしている状態で、フラムの言葉通り醜悪な容貌をしていた。
「黙れぇぇぇ!!!」
エゼルスはその巨大な右腕を振り上げ、冷たい瞳を向けてきているフラムに殴りかかった。
彼はそれを回避すること無く、右の短剣で受け流し、そのまま回転して左の短剣で巨腕を肘あたりから斬り飛ばした。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
腕を斬り飛ばされて盛大に絶叫するエゼルス。
そんな彼に追い打ちをかけるため、フラムは地を蹴った。
「なーんてなぁ」
しかし口角を吊り上げた気味の悪い笑みと共に、エゼルスは右腕の断面をフラムに向ける。
するとそこから急速に再生が始まり、無数の濃灰色の腕が波のようにフラムを飲み込みながら奥へと押し寄せていった。
決して広くは無い路地を埋め尽くす濃灰色の魔手。
そんなぞっとするような光景の中心に巻き込まれたフラムだったが、特に表情を変えること無く左右の短剣を振るった。
すると紅蓮の炎が幾筋もの軌跡を描き、一瞬で周囲の魔手を切り払った。
炎が燃え移った魔手は灰と化して消滅していくものの、再生速度が勝っているのだろう。
未だにフラム目掛けてゆっくりと迫ってきている。
「フラムさん、跳んでください!!」
「ッ……?」
迫り来る魔手を再び斬り伏せようと考えていたフラムへ、背後から声が飛ばされた。
振り返ってみると、路地の曲がり角で他の三人が固まって無相の兵たちを相手にしていた。
しかしリベルテだけはフラムの方を向いて左手で右肩を押さえ、その手をかざしていた。
突き出されたその腕には純白の紋様が浮き上がっており、フラムは彼女の狙いをすぐさま理解した。
そして彼はリベルテに言われた通り跳躍し、左右の建物の壁を蹴って屋根まで辿り着いた。
「いきます!」
右手の直線上からフラムが消えたのを見計らって、リベルテは声を上げて目の前の二人に合図を送った。
その声を聞いたプリエとアヴェルスは直近の兵に一撃加え、目配せしてから後方へ跳躍。
即座にリベルテと前衛後衛を入れ替えた。
対象を失った無相の兵たちは最も近くにいるリベルテに襲いかかろうとした。
しかし――
彼女の掌で白光が閃き、視界から色という色が失われて純白に飲み込まれた。
それはリベルテの掌から直線的に放たれ、路地に蠢いていた無相の兵を全て捉えた。
刹那、硝子が砕け散るような心地よい破砕音と共に、全ての無相の兵が消滅し始める。
「なんなんだこれぇ!!」
消滅の波動の直線上にいたエゼルスは絶叫しながら、次々と無相の兵を盾代わりに召喚した。
しかし消滅の勢いは衰えること無く彼へと迫っていく。
彼は盾として召喚するのをやめ、自身の周囲に無相の兵を集めて球体のように重なり合わせた。
その直後、リベルテが放った消滅の波動が、エゼルスを包み込む濃灰色の球体を突き抜けた。
すると魔手が重なり合った球体の外側が砂のように崩れ落ち、内部を露わにした。
そこには魔手と一体化していた右腕を失ってはいるものの、エゼルスが膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。
「うそ……。ルティムさんの力を耐え切った……!?」
そう、先ほど放った一撃は【
「ボクの腕があぁぁぁぁ!!!」
エゼルスは絶叫しながら顔を振り上げ、自分の腕を奪うに至る攻撃を放ったリベルテを睨み付けた。
「っっ……!」
その瞳に浮かぶ憎悪に気圧され、リベルテは身を硬直させてしまった。
「嬲り尽くして、ぐちゃぐちゃに殺してやるよ、クソ女ぁ!!!」
エゼルスが地団駄を踏むように地面を踏みつけた。
するとリベルテまで続いている地面が漆黒に染まり、そこから無相の鮫の群れが飛び出してきた。
「くっ……!」
リベルテは迫り来る鮫を避けようとしなかった。
否、避けることが出来ないのだ。
エゼルスの剣幕に気圧されたというのもあるが、リベルテの模倣には代償がある。
身の丈に合わない強大な能力を模倣した場合、一時的に身動きが取れなくなるという致命的な代償が。
「だいじょぶ、ウチらが守るよ☆」
「全て斬り伏せましょう」
そんなリベルテの左右からプリエとアヴェルスが躍り出て、迫り来る無相の鮫に狙いを定めた。
プリエは地面を割り砕かんばかりに踏み込み、黄緑色の炎を纏った右腕を振るった。
ナックルダスターを装着した拳が無相の鮫に触れた瞬間、同色の炎と衝撃波が突き抜け、三匹ほどに纏めて風穴を穿った。
一方アヴェルスが腰の刀を抜き放った瞬間、刀身から氷の花吹雪が舞い散り、残り五匹の鮫を氷像へと変じさせた。
そして横薙ぎに振るわれた刀から放たれた斬撃が、全ての氷像を一刀両断した。
「ありがとうございます!」
「いいっていいって☆ あれ、あいつは?」
一定時間が過ぎたのか、硬直が解けたリベルテはプリエに駆け寄ってお礼を言う。
彼女はにへらと笑みを返した直後、エゼルスの姿がなくなっていることに気がついた。
「ばぁか、そいつらは囮だよぉ!」
その声はリベルテたちよりも高い位置から聞こえた。
そちらに目を向けてみると、建物の屋根で無相の巨漢の肩に腰掛けたエゼルスが、嘲笑を浮かべてリベルテたちを見下ろしていた。
「おまえらの顔、覚えたからなぁ! 次会った時はぶちのめして、生きてることを後悔するような目に遭わせてやる!」
彼の言葉から察するに、王城へ逃げ帰ろうとしているのだろう。
リベルテたちの存在を事前に知られてしまったら、作戦決行に支障が出るかもしれない。
そう考えて焦ったリベルテの視界に、紅蓮の炎が迸った。
そしてそれはエゼルスの背後へと繋がり、そこに一人の少年が姿を現した。
「次なんて無い。お前はここで死ぬんだからな」
「なっ……!?」
突如背後から聞こえた声に血相を変えて振り返ろうとしたエゼルスだったが、次の瞬間には紅炎の尾を引く一閃が走り、視界が反転していた。
それは彼の首が切り飛ばされ、建物の屋上から落下し始めたためであった。
首だけになったエゼルスの視界には、首から上が失われた自身の身体と、その背後で紅炎の短剣を振り抜いた少年の姿が映ってる。
赤錆色の髪の少年は、落下していくエゼルスの首を冷たい眼差しで睥睨していた。
それが転移者エゼルスの、否、志村真人(しむらまさと)の最期に見た光景であった。
建物の屋根から落下していったエゼルスの首は、地面に叩き付けられる前に紅炎に巻かれて跡形もなく焼失した。
それを追うようにフラムの眼前にいる無相の巨漢が主を失って消滅し、首を斬り飛ばされたエゼルスの身体も黒い粒子となって天へと昇っていった。
「…………」
それを無言で見届けたフラムは瞼を閉じ、小さく息を吐いた。
そしてそのまま屋根から飛び降り、リベルテたちがいる路地へと着地した。
「フー君、ファインプレー☆」
駆け寄ってきたプリエに肩を叩かれたフラムは鬱陶しそうにしていたものの、すぐに三人に向かって口を開いた。
「さっきの奴が言っていたが、俺たちは何らかの方法で監視されている可能性がある。早急にこの街から出るのが賢明だと思うんだが」
フラムはエゼルスが登場したときに口にした『不審な動きをしている奴らがいるから来てみれば』という言葉に引っかかっていたのだろう。
「あっ……!」
「どうかされましたか、リベルテ殿?」
はっとしたようにあることを思い出したリベルテを、アヴェルスが気にかけて声をかけた。
「はい……。フラムさんの言う通り、王城にいる転移者の中にはこの城下町全域を監視できる能力を持つ者がいるはずです」
フラムは無言でリベルテに視線を送り、続きを促した。
「私が亡命するときも街の中央、もっと言えば人気の無い場所に出たときに発見されました。たぶん個人を特定するのではなく、街の人間の動きをを大雑把に俯瞰するような能力なのかと思います」
リベルテの説明にフラムたち三人は納得したように頷き、プリエが遅れて言葉を発した。
「それってこの町にいるのやばくない?」
「そう、かもしれません……」
プリエの言葉にリベルテが冷や汗をかきつつ頷いた。
それを聞いたフラムは、踵を返して大通りの方角に足を向けた。
「正門から馬車で隣町に移動する予定だったが、緊急だ。刻んだ転移陣から【
「それが得策でしょう」
「そうと決まれば、一番近い場所まで競争だよ☆」
プリエの言葉に従い、フラムたち一行はスラム街に来る前に刻んだ転移陣を目指して走り出した。
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