第19話 無相の肉人形
「これはこれは……」
アヴェルスは警戒をより一層強め、腰の刀に手をあてがっていた。
フラムたちの前に現れたもの。
それはエゼルスを名乗る少年の二倍近く大きな巨漢たちであった。
しかし肌の色は人間のそれとは大きく異なり、濃灰色で温もりが感じられない。
そして最も特徴的な点は顔にあった。
否、あるというより、顔が抉られたように喪失していたのだ。
その無相の巨漢たちはエゼルスに従うよう左右に並び、彼の指示を待っている。
「転移者さまが何の用ですかぁ~?」
「はは、いいねぇ~。気の強い子は嫌いじゃないよぉ~」
猫撫で声とも挑発とも取れるプリエの問いかけに、彼は口角を吊り上げて楽しそうに笑った。
「ボクたちの仲間が、城下町で変な動きをしてる四人組がいるって言うから来てみたんだよ~。街中で人気の無いところに行ったり、果てはスラムなんかに何の用だったのかな~って」
笑顔は崩さないものの、その声音はワントーン調子が下がっていた。
詰問に近い問いに、プリエも作り笑いを浮かべたまま言葉を返す。
「初めて来る街だから迷ってしまって~。スラム街に来たのも、ここの子供に財布をすられちゃったからなんですよ~」
こういうときのプリエの対応力には目を瞠るものがある。
それが嘘か真実か、ばれるかばれないかは置いておいて、どんな相手に対しても物怖じすること無く言葉を重ねることが出来るのだ。
ただ、声の調子と後ろから見た雰囲気から、ばれないように気を付けている様子は一切無く、背後のリベルテは思わず冷や汗を浮かべていた。
「……それが嘘かホントか、ボクには分からないや~」
エゼルスは両掌を上に向けながら、小さく肩を竦めて見せた。
しかし直後に挑発的な視線をプリエに向け直し、言葉を続けた。
「けど王城に心を読める仲間がいるから、ちょっと付いてきてよ。嘘じゃないなら来れるよね~?」
間延びした声とは裏腹に、その内容は敵情視察に来ていたフラムたちの喉元に突きつけられた刃のように鋭いものであった。
「…………はぁ」
それを受けたプリエはしばらく俯いたまま黙っていたが、盛大にため息を吐いて不敵な笑みを浮かべた。
「めんどくさ」
その一言で場の空気が豹変した。そして取り繕うことをやめたプリエが本性を現す。
「こんな探り合いはもううんざり☆ 疑ってるなら最初からかかってきなよ」
笑みを更に深めたプリエは、目の前の少年にこれでもかというほど直截な挑発を行った。
「可愛いだけじゃなくて肝まで据わってるなんて、ホントにボク好みだよぉ~!!」
エゼルスが恍惚の表情を浮かべて自身の身体を抱き締めると、静止していた無相の巨漢たちが同時に襲いかかってきた。
「きっも……☆」
戦闘が開始されたというのに軽口を叩くプリエだったが、彼女はいつの間にか無相の巨漢の懐に入り込んでいた。
黄緑色の炎を纏う右拳が、目にも止まらぬ速さで左側の巨漢に向かって放たれる。
「ぶち抜け☆」
その拳にはいつの間にか鈍く光るナックルダスターが装着されており、殺傷能力が極限まで高められていた。
叩き込まれたプリエの拳は巨体の腹部を易々と貫き、無相の巨漢を行動不能にする。
「さて、拙者も続きましょう」
向かってくる無相の巨漢に小さな笑みを向けながら、アヴェルスは腰を低く落として刀の柄を握った。
刹那、氷点下の疾風が駆け抜けたかと思うと、巨漢の首が滑り落ちていた。
その断面は鏡のような氷に覆われており、巨漢は首を落としてから三歩ほど歩いてから頽(くずお)れた。
「な、なんなんだお前らは!」
自身が使役していた巨漢が瞬殺されたことで動揺したのか、エゼルスがじりじりと後退った。
それをフラムが紅炎の短剣を生成しながらゆっくりと追う。
「なーんてなぁ」
しかしフラムが自身の間合いにエゼルスを捉えようとした寸前、彼は歪んだ笑みを顔に浮かべた。
直後、地面から濃灰色の無数の腕が生えてきて、フラムの足を掴もうとした。
「ふッ……!」
それを難なく斬り飛ばしたものの、後方に飛び退くことを余儀なくされた。
「うげぇ……」
そして先ほどまでフラムが立っていた地面から腕を失った、顔の無い人間らしきものたちが這い出てきて、プリエが表情を歪めていた。
「紹介するよ。ボクの肉人形たちだよぉ!」
再び大仰に両手を広げたエゼルスの周囲、そしてフラムたちを囲むように濃灰色の肌をした顔の無い人間たちが地面から這い出てきた。
「なんですかこれ……!」
その数は路地裏を埋め尽くすほどの数で、リベルテは思わず声を上げてしまっていた。
「彼らは死兵だ。ボクの命令に絶対服従、どんな傷を負っても戦い続けてくれる。まぁ命も無いから死兵というのは少し違うかもだけどね~!」
エゼルスの声に反応したかの如く、無相の兵たちはフラムたちへと一斉に襲いかかった。
「俺が本体を仕留める。それまで持ち堪えてくれ」
「はい!」
「おっけー!」
「承知しました」
フラムの言葉に三者三様の反応を見せたリベルテたちは、背中を合わせて互いの死角を補い合うような陣形を取った。
その中からフラムだけが飛び出し、無相の兵とぶつかる前に紅炎の短剣をもう一本生成した。
そして片方を逆手に持ち替え、炎の尾を引きながら斬り掛かった。
次々と襲い来る兵を一切無駄の無い剣捌きで切り伏せていくフラムは、急速にエゼルスへと接近していた。
「ボクの肉人形が再生しない……? けどこれならどうかな~?」
紅蓮の炎を纏った短剣に切り裂かれた無相の兵たちは、再生すること無く燃え尽きている。
しかしそれをあまり気にすること無く、間延びした声と共にエゼルスが地面に両手をついた。
すると彼の周囲の地面が漆黒に染まり、その地面に立っていた無相の兵たちが引きずり込まれていった。
「ッ……!」
刹那、フラムの前方の地面が漆黒に染まり、そこから鋭い牙が生えそろった大口が突き出してきた。
彼は咄嗟に足を止めて停止し、左方へ跳躍する。
『ガウッ!』
先ほどまでフラムがいた虚空を巨大な口が掠める。
出現の瞬間は近すぎて全貌が捉えられなかったが、距離を取ってみるとそれは異質な化け物だった。
鋭い牙が生え揃った、大鮫のような大口が身体の大半を占めており、その後ろには四足獣のような前足と後ろ足が生えている。
それに加えて鱗のようにびっしりと人の掌のようなものが生えていて、見る者に生理的嫌悪感を抱かせる容貌をしている。
「さぁ、この子を止められるかなぁ!?」
「……」
そんな化け物と対峙してもフラムは動じること無く、片方の短剣を上空に放り投げてキャッチし、再び臨戦態勢へ入った。
「こいつら、キリ、なくない!?」
フラムとエゼルスから離れた位置で、リベルテたちは増殖を続ける無相の兵と終わりの見えない戦いを演じていた。
「そうですね、ただ斬っていても埒が明きません」
一振りで十体近い無相の兵を凍結させて両断しているアヴェルスだったが、増殖速度が拮抗しているためあまり変化が無い。
「少し大技を使いますので、お気を付けください」
彼はそう忠告すると長い刀を腰の鞘に収め、瞳を閉じて腰を深く落とした。
直後、薄く瞼を持ち上げて再び抜刀した瞬間、彼を中心として蒼の斬閃が円を描く。
その刃はリベルテとプリエを通り越してその先にまで届き、彼らの周囲にいる全ての兵が氷像と化した。
しかしアヴェルスの技はそれだけで終わらず、残像として残っている蒼の軌跡の中心点に刀を突き刺した。
「【絶華咲輪(ぜっかしょうりん】」
刹那、全ての氷像が全く同時に弾け飛び、その欠片が降り注いだ地面は鏡面のような氷に覆われた。
「す、凄い……」
視界を埋め尽くすほどいた無相の兵をたったの一撃で全滅させたアヴェルスに、リベルテは感嘆の声を漏らしていた。
「発生源の地面を全部凍らせたんだね☆ さっすがヴェルさん」
アヴェルスの狙いが無相の兵の全滅と、増殖を抑えるということだと理解したプリエは、彼の背中を優しく叩いた。
「これなら発生を止められ――きゃっ!」
打開策を見つけたことを喜んだリベルテだったが、彼女の足を何かが掴んだ。
「これでも無理っぽいね~」
それは氷を突き破って這い出てこようとしている無相の兵の手であった。
プリエは呆れたような表情を浮かべ、リベルテの足を掴むそれを拳で打ち砕いた。
「あ、ありがとうございます……」
「お礼なんていいから、また来るよ~」
ナックルダスターを一旦外して掌をひらひらさせたプリエは心底だるそうに、這い上がってくる無相の兵に向き直った。
「お二人とも、私に作戦があります。お力を貸していただけますか?」
戦闘を再開しようとしたプリエたちだったが、背後からかけられたリベルテの言葉に振り返る。
彼女の作戦を聞いてプリエはにこりと笑い、アヴェルスも小さく頷いた。
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