第18話 刺客

「そうして私は咄嗟に思いついた作戦でネズミに変身し、逆にネズミを私の姿に変身させることでその場を乗り切ったのです。そして満身創痍ながらも隣町に至る事が出来ました」


 かけがえのない一人のメイドとの亡命劇を語ったリベルテは、疼痛を堪えるように儚い笑みを浮かべた。


「そして町に入ってすぐに意識を失い、気が付いたときには親切な方の家にいました。けれど長居をしていたらいつ見つかるか分からないため、模倣した魔法で傷を最低限治し、翌日には荷馬車に乗ってミロワルム王国からさらに離れました」


 そして【慈母のエレオティナ・箱庭ガーデン】で語られたように遠くの町でしばらく暮らしたものの、そこが別の転移者の襲撃に遭って、リベルテはフラムに救われたのだ。


「……」

「ぷ、プリエさん……?」


 話を終えても黙り込んだままのプリエを訝しんだリベルテは、彼女の顔をのぞき込もうとした。


「リベちゃぁぁん!!!」

「わっ!」


 しかしがばっと顔を上げたプリエに抱きつかれ、リベルテは彼女と共に地面に倒れ込んでしまった。


「大変、だっだんだね~~~!!」


 プリエはぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、リベルテの身体を抱き締め続けていた。

 彼女はリベルテの昔話を聞くのは初めてでは無いが、ここまで詳細な話はしたことは無かったため、こんな状態になってしまっているのだろう。


 聞いたことが無かった、というよりリベルテの心の整理が付いておらず、なかなか他人に詳しく話す気になれていなかったのだ。


「なんでプリエさんがそんなに泣くんですか」


 困ったような笑みを浮かべてプリエの涙を拭うリベルテは、自分の過去を知って泣いてくれる彼女の暖かさに心を打たれていた。


「リベルテ、プリエ」


 そんな二人の背後から彼女たちの名を呼ぶ声が聞こえて、二人は同時に振り返った。


「……どういう状況だ?」

「あ、いや、これは……」

「リベちゃんの昔話を聞いて、大号泣の図だよぉ~」


 大粒の涙は止まったものの、未だにしくしくと泣いているプリエは小屋から出てきたフラムにそう語った。


「ふ、フラムさんはどうされたのですか?」


 フラムがどうして良いのか分からないと言った様子で黙っていたため、リベルテが助け船を出した。


「あぁ。情報を聞き出した代わりに、俺たちの素性をあいつに語らなければならないんだが、【盟約の朱ヴァーミリオン】の存在を公にするわけにはいかない」

「そうですね、けれど約束は約束ですし……」


「そうだ。だから姫が生きていて、この国を取り返すために動いているということにする」

「それってリベちゃんの正体明かすっってこと~?」

「いや、それはしない。姫がどこかで生きていて、俺たちはその姫の元で動いているということにするんだ。そして今日ここに来たのは大規模な奪還作戦の下見だと語れば良い」


 フラムは淡々と虚実が入り交じった言葉を口にしていく。


「うん、それなら嘘もついてないし良いんじゃない?」

「はい。それに彼はきっと、私を守ってくれたメイドの弟……。だから信頼できる人だと思います」


 二人の了承を得たところでフラムは小屋の方へ踵を返す。

 リベルテたちも彼の後に続いた。



「というわけで、俺たちは今ここにいる」


 小屋の外で打ち合わせした通りにフラムが自分たちの素性をアルジャに打ち明けた。

 彼はその事実に驚愕して言葉を失っていた。


「そうか……。あいつは姫を守り切ることが出来たんだな……」


 安否不明となっていたミロワルム王国の姫が、生きて国を奪還しようと動いていると聞いてアルジャは涙を零していた。


 姫が生きているということは、ラティラの犠牲は無駄では無かった。

 彼はそれに思い至って涙を流したのだろう。


「アルジャさん……」


 その様子を見て、リベルテはずきりと胸が痛んだ。

 しかし【盟約の朱】の存在を明らかにせず話を進めるためには彼女が名乗りを上げるわけにはいかない。


 それに自分が亡国の姫であることを告げることはすなわち、ラティラが死した理由であることを明かすことに他ならない。


 アルジャにとってもかけがえの無かったであろうラティラを奪ったリベルテが、彼の前にのうのうと姿を現すわけにはいかないと考えているのだ。


「わ、悪い……! これまでずっとあいつの死は意味のあるものだったのか、そう考えていたからな……。あいつも大切な姫を守ることが出来て報われたよ……」


 アルジャは涙を拭いながら、言い訳のように言葉を重ねた。

 そしてようやく涙が止まったのか、すっくと立ち上がった。


「お前たちの目的は理解した。だったら俺にも協力させてくれ」


 そう言うと彼は小屋の奥の方へ振り返り、壁に掛かっていた襤褸布に手をかけた。


「あいつが守った姫が、犠牲になった奴らの意思を背負って立ち向かおうとしている。だったら俺も何かしてやりたい」


 そして言葉を紡ぎながら、その布を勢いよく剥ぎ取った。


「これって……!」

「マージか……」


 そこに現れたのは城壁に空いた大穴だった。


 大きく抉り取られたように穴が空いており、しかしその先は暗闇に閉ざされている。

 穿たれた穴は外部にまでは貫通していないらしく、城壁内の空洞に繋がっているだけであった。


 その穴を見て正体を理解したのはリベルテ本人と、先ほど話を聞いたプリエだけだった。


 スラム街(旧廃棄場)の東端、その城壁に隠された通路。

 間違いなくリベルテが使用した、王家の隠し通路そのものであった。


「この場所を住処にする時、偶然見つけたんだ。外側はそれなりに上手く塞いであったが、内側からの穴は瓦礫に埋もれているだけで手つかずだった」


 アルジャは説明しながら大穴の中に進んでいく。

 それに追従するため、フラムたちも立ち上がった。


「そしてこの奥側の壁を俺が壊して、出入り口として作り替えた。俺はここから出入りして隣町からガキたちの食料を運んできてるんだ」


 そう言いながらアルジャは何もない石壁を両手でぐっと押し込んだ。

 するとゴゴゴ……という重い音を伴って壁が回転し、外の光が差し込んできた。


「正面以外の隠し通路か」

「そうだ。お前たちの作戦に使えるんじゃないかと思ってな」


 虚実を織り交ぜた説明を聞いたアルジャは、フラムたちが王城へ侵入する際の経路としてこの隠し通路の存在を教えてくれたのだ。


 この街を偵察するにあたってリベルテもこの隠し通路の存在を念頭に置いていたため、何という巡り合わせなのかと驚愕していた。


 それと同時に、姉であるラティラの最期の場所に居を構えているアルジャに、悲痛な運命を感じてしまっていた。


「リベちゃん、この通路が王城に繋がってる隠し通路で間違いないよね?」


 横から耳打ちしてきたプリエに、リベルテは小さく頷きながら横の壁に手を触れた。

 そちらは外へ続く通路ではなく、王城の食糧庫に繋がるとラティラは語っていた。


 あのときは試していないが、外壁以外手付かずだったということから通路が潰されているということもないだろう。


「作戦決行の際、ここから王国に侵入する。それでいいか、プリエ」

「ほいほい、隠し通路なんて好都合だね☆ ウチら別働隊はここから突入ってことでおっけー!」


 アルジャの説明を一番先頭で聞いていたフラムが振り返って問いかけると、プリエはウインクと共に快諾した。



 それからフラムたちは隠し通路の外壁側に転移陣を刻み、馬車を捕まえるため正門へと戻ることにした。


 そしてその道中、リベルテはあの隠し通路に王城へと繋がるルートがあることを、フラムとアヴェルスに説明していた。


「なるほどな。そこを使えばより安全に城に侵入できる」

「陽動である他の部隊が王城の人員を引きつけている間に、私たちはこのルートを使って誰にも悟られることなく王城に入れるという訳ですね」


 リベルテの説明を聞いてすぐさま作戦を理解したフラムとアヴェルスの頭の回転の速さに、リベルテは小さな笑みを浮かべていた。


「ってことで後は帰って報告するだけだね☆ あ~疲れた~!」


 ミロワルム王国城下町での用事を全て済ませたことで、プリエは大きく伸びをしながら声を上げた。



 その瞬間であった。

 上空から三つの人影が降り注いできたのは。



「「!!」」


 それにいち早く気付いたフラムはリベルテを背に庇い、先を歩いていたアヴェルスとプリエは地面を蹴って後方へ跳び退った。


 凄まじい勢いで落下してきたのか、盛大に土煙が周囲に蔓延していた。


「も~今度はなに~?」


 プリエは心底嫌そうな表情を浮かべていた。


 『今度は』と言ったのも、先ほどスラム街の子供を追いかけたというイレギュラーがあったためであろう。


 左からアヴェルス、フラム、プリエの順に横並びとなり、その背後にリベルテが立っている。

 そんな彼らは収まりつつある土煙を睨み付けていた。


「不審な動きをしてる奴らがいるっていうから来てみれば~、かわい子ちゃんが二人もいるじゃ~ん!」


 間延びした軽薄な声と共に、土煙の中から左右非対称の黒髪を伸ばした少年が現れた。

 その瞳の色は髪と同じく漆黒。


「転移者……!」


 横一列に並ぶフラムたちの一歩後ろにいるリベルテは、突如現れた少年の特徴からそう口にした。


「ご名答~! ボクは転移者のエゼルス、よろしくね~!」


 大仰に両手を広げながら更に一歩前に出ると、残った土煙を吹き飛ばしながら、エゼルスとは異なる二つの影が盛大な足音を立てて現れた。

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