第15話 笑顔の呪縛
アルジャが連れてきたのは、ミロワルム王国の城壁にほど近い場所にある一軒の小屋であった。
スラム街自体が王国東側の地区に追いやられており、さらにその東端に位置する場所にあるその小屋がアルジャの住処だった。
「ここは……」
その場所を見てリベルテははっとしたような表情を浮かべ、城壁を見上げていた。
「汚くて悪いが入ってくれ」
フラムはその様子に気付いていたが声をかけることは無く、アルジャに促されて小屋へと入り、他の三人もそれに続いた。
「さて、まずは俺から話すんだったな。何が聞きたい?」
全員が小屋の中で思い思いの場所に腰を下ろした事を確認したアルジャは、フラムたちが知りたいことが何なのか問うてきた。
「では、このスラム街はいつからあるのですか?」
問いかけに対して始めに手を上げたのはリベルテだった。
亡国の姫である彼女がこの国の変化について知りたいのは当然だろう。
「ここは今の王、いや支配者であるヴェルクリエという転移者によって作られたんだ。以前はゴミを廃棄する場所だったこの場所に、ある特定の人間たちを押し込め始めたのが始まりだ」
「特定の人間……?」
リベルテはおおよそ理解していながらも、相槌としてその言葉が示すものを問い返した。
「まず第一に貧乏人だ。城下町で満足に暮らすためには莫大な税を支払う必要があり、それが払えなくなった者は全てを取り上げられてここに送られてくる」
リベルテはその仕打ちにショックを受けていたようだったが、フラムはその仕組みが当然のものだと理解していた。
どんな国であろうと、金を払えない者に住む場所を与えるほど甘くは無い。
ただ、転移者が課す税は自らの私利私欲を満たすためだけに莫大なものとなっている事がほとんどだ。
税とは国の運営や民の健やかな暮らしを保証するために用いられるはずのものだが、この国では転移者が私腹を肥やすために民から毟り取っているのだろう。
普通の国であればそれなりに暮らせるはずの民も、その重税を課されれば生活がままならなくなってしまう。
「他には何らかの重大なミスをして国に不利益をもたらした者がいたり、重税で家計が苦しくなって捨てられた子供が身を寄せ合っていたりするんだ」
「そんな……」
先ほど焚き火に集まっていた子供たちの顔を思い出して、リベルテは苦しそうな表情を浮かべていた。
「はいはい、質問~。なんでそんな状態なのに、住民はこの国から出ていかないの?」
「当然の疑問だな。誰もがそれを考えるが、国を出るためには莫大な資金が必要となる。日々の重税で精いっぱいの民たちに、それを払える者なんてほとんどいないんだよ」
横から質問を挟み込んできたプリエに、アルジャは苦しそうな表情で説明してくれた。
「なるほど……」
その返答に神妙な面持ちで納得したアヴェルスは、小さく頷いていた。
「と、このあたりまでは圧政が敷かれている国なら良くあるスラムの住人の成り立ちだ。だがこの国にはある特殊な条件でここに送られてくる者たちもいる」
アルジャは真剣な表情を浮かべる顔の前で、人差し指を立てた。
「それは笑顔を絶やした者、だ」
「え、がお……?」
「はぁ……? なにそれ」
アルジャが語った言葉に、リベルテはきょとんとした顔を浮かべ、プリエは無理解を隠そうともせず表情を歪めていた。
フラムとアヴェルスも怪訝な表情でアルジャの次の言葉を待っていた。
「この国の支配者であるヴェルクリエは、人間は笑顔でいるべきという心情を掲げているんだ。それを国民に遵守させ、守れなかった者は全てを奪われる。お前たちも大通りを見てきたのなら分かるだろう?」
そう問われた面々は、大通りを往来する人々が浮かべる笑顔を思い返していた。
誰もが笑顔を絶やすこと無く、活気溢れているように見えた街の裏にはそんな背景があったのだ。
「っ……!」
料理店でフラムたちに言われるまで気が付かなかったが、誰もが似たような笑みの仮面を貼り付けている不気味な街の光景を思い返して、リベルテは怖気を覚えた。
「そんなクソみたいな統治をしてるくせに笑顔は絶やすなって、頭湧いてんのか☆」
直截すぎるプリエの物言いだったが、要約すれば他の三人が思ったことと同義であった。
「笑顔とは幸せの下に咲く花。幸せを享受できない民に偽りの仮面を強要させるなど、断じてあってはなりません」
瞼を閉じて神妙な表情で語るアヴェルスは、涼やかな出で立ちに反してほんの少しだけ鬼気を纏っているように見えた。
「その横暴な支配者を処分すれば圧政は無くなる。時間はかかるだろうが、元凶を潰せば改善はされるはずだ」
感情が見て取れるプリエとアヴェルスとは異なり、フラムは素っ気なくそんなことを言った。
「……お前の強さなら、本当に転移者に勝てるんじゃ無いのか?」
「どうだろうな」
アルジャの問いかけに対し、フラムは肯定とも否定とも取れない曖昧な答えを返した。
「てかてかキミも結構強そうだったけど、なんでこんなところにいるの~? キミの力があればこの国から逃げることくらいは出来るんじゃない?」
フラムへの追求は【
それを察したプリエは話題を転換し、アルジャについて問いかけた。
「そうかもな……。けどここのやつらを置いて、のうのうと生きるなんて出来ねぇよ」
アルジャが瞳に宿す優しげな光に、リベルテは表情を綻ばせる。
それと同時に、彼の表情に僅かな既視感を覚えた。
「それに俺の姉はここの姫様を逃がすために、転移者に殺されたんだ。だからいつか仇を取ってやりたいんだよ……」
「えっ……?」
しかし続く言葉を聞き、彼女は思わず声を上げてしまった。
アルジャを含める四人の視線がリベルテに集まる。
フラムたちはリベルテの反応の理由がどこにあるかを理解した上で、アルジャは理由が分からず不思議そうに彼女を見つめている。
「い、いえ……! なんでもないですよ」
リベルテは声を上げてしまったことに気付き、取り繕ったように笑みを浮かべた。
特に気に留めた様子も無く、アルジャは視線をリベルテから外した。
「お姉さんって、兵士か何かだったの?」
黙ってしまったリベルテに変わり、プリエがアルジャの姉について深掘りする質問を投げかけた。
それに対して彼は懐かしむように笑って、質問に答え始めた。
「いや、王家のメイドだったんだ。けどただのメイドじゃなく、腕を買われて雇われた武装メイドとしてな」
「武装メイドとは、面妖な」
「ははっ! 確かにメイドのくせに兵士より強かったからな。姫のお付きとして一番近くに居るメイドが、緊急時に対応できるようそうなっていたらしい」
朗らかに語っていたアルジャだったが、そこで表情に影を落として言葉を継いだ。
「まぁそのせいであいつは命を落としたんだけどな……」
「っ……!」
その言葉を聞いたリベルテは肩をびくりと震わせて俯いてしまった。
アルジャは気が付かなかったようだが、他の三人は彼女のその様子を敏感に感じ取っていた。
「ごめんなさい、少し気分が優れないので外の空気を吸ってきますね……」
「あ、あぁ……。悪いな、こんなところに長居させて」
「い、いえ……」
顔面を蒼白にしたリベルテは作り笑いを浮かべた後、小屋の外に出て行った。
それと同時に、プリエも立ち上がった。
「ちょっと付き添ってくるね☆」
「あぁ、頼む」
話を聞くことはフラムたち二人に任せ、プリエは精神的なショックを受けたリベルテをフォローするために外へ出て行った。
「私の、せいで……」
武装メイドとして姫であるリベルテに付き従っていた者など、一人しかいない。
アルジャの表情にどこか既視感があったのはそういうことだったのだ。
血の繋がりがある家族以上に時間を共にした大切な付き人。
その存在を思い出して、リベルテは瞳を潤ませていた。
「リーベちゃん!」
「プ、プリエさん……!」
今にも泣き出しそうに、背中を丸めていたリベルテの顔をのぞき込んできたのはプリエだった。
リベルテは必死に泣き顔を隠そうとしていたが、彼女は小さく微笑んで姿勢を戻した。
「彼のお姉さん、リベちゃんのメイドだったんでしょ?」
「っ! ……はい。私のことを第一に考えてくれる、とても優しい人でした……」
彼女のことを思い返しているのか、リベルテは高く聳える城壁を見上げて小さく微笑んでいた。
「聞いてくれますか? 彼女の、ラティラの話を……」
柔らかな笑みを称えるリベルテに見つめられ、プリエも優しく頷いた。
そして彼女は訥々と語り始めた。
姫である自分を命がけで亡命させてくれた、一人のメイドの話を。
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