第14話 路地裏の闇

 少年の案内で薄暗い路地を奥へ奥へと進んで行くと、開けた場所に出た。


 そこは廃材やゴミが至る所に散乱しており、所々に襤褸で張られたテントや廃材で作られた歪な小屋などが点在していた。


「ここは……」


 リベルテは一目見てここがどういった場所なのか理解した。


 少年が『家』では無く『住処』と称した時点でほぼ確信していたが、やはり存在してしまっているのだ。


「ぼくたちの住処だよ」


 スラム街。

 繁栄する街の裏側で、満足な暮らしを送れない極貧層が居住する地区である。


 このような場所に住まう者は街の居住者として数えられない事が多く、地区の存在を隠匿されていることがほとんどだ。


「こっちに来て」


 少年はフラムたちの先頭に立ち、広場の中央を目指して歩を進め始めた。


「っ……!」


 二人はすぐさま少年の後についていったが、リベルテはその場に留まり俯いていた。


「どうされたのですか?」


 立ち止まって俯く彼女に、アヴェルスが優しげな声で問いかける。


「スラム街なんて、私が暮らしているときには無かったんです……」


 アヴェルスに寄り添われたリベルテは、震える声で訥々と語り始めた。

 そのときの彼女の拳は握り込まれており、爪が掌に食い込んでいた。


「父は出来る限り貧富の差が無いように、様々な政策を取っていました。中でも城下町の監査を徹底して、スラム街などが出来ないよう貧しい者に対する支援に力を入れていたんです……」

「立派な父君だったのですね」


 アヴェルスの柔らかな声音に、リベルテはじわりと瞳を潤ませてしまった。


「それなのに……こんなのって、あんまりです……!」


 声を震わせるリベルテは、大粒の涙を零しながらそう訴えた。

 そんな彼女の握り込まれた拳に、アヴェルスはそっと手を添えた。


「父君が愛したこの国を、拙者たちで取り戻せば良いのです」

「アヴェルスさん……。そう、ですね……!」


 彼の言葉で今すべきことは嘆くことでは無いと思い直したリベルテは、指で涙の粒を拭い去って顔を上げた。

 そして先に行ってしまったフラムたちの元へと駆け寄っていった。


 プリエもアヴェルスも、故郷の国に訪れたリベルテを気遣ってくれている。

 そんなことさせたくないとは思いつつも、街の景色や民たちを見てしまうと、どうしても気持ちが落ち込んでしまうのだ。


 全てが元通りになることなどあり得ないが、この国を転移者の支配から取り戻すことで救われるものは数多くある。


 そう信じてリベルテは俯くことをやめた。



「みんな、パン貰ってきたよ」


 フラムたちを案内していた少年は、広場の中央にある大きな焚き火に群がっている子供たちに声をかけた。

 そして小脇に抱えていたパンを、自分よりもさらに小さな少年少女へと配っていた。


「……」


 少年の言葉に、フラムは目を細めてその様子を見つめていた。


 彼は『貰った』と称していたが、大通りの一幕から察して明らかにそんな様子では無かった。

 しかしフラムはそれを口に出すことをせず、黙っていた。


 このスラム街の様子からして金など持っているはずが無いし、食料の備蓄も雀の涙程度だろう。

 被害者でもないフラムがとやかく言える事では無い。


 それに貧しい暮らしは経験してきた。

 そんなフラムには、少なからず彼らの気持ちを慮ることが出来るのだ。


 そうして子供たちのやり取りを見つめていたが、唐突に殺気を感じて振り返った。


 刹那、銀色の煌めきを視認したフラムは一瞬で炎の短剣を生成し、それを弾き飛ばした。


「フラムさん!!」


 それを後ろから追いついてきたリベルテは遠巻きに見ていたようで、彼の身を案じて駆け寄ってきた。


「問題ない」


 フラムは素っ気なくリベルテに返事をしながら、弾いた銀のナイフの出所に目を向けていた。

 そこには灰色の髪の少年が廃材の上で片膝を立てて座っていた。


 少年といってもフラムと同年代ほどの年齢で、彼らを案内してくれた子供とは倍近く年齢が違うだろう。

 そんな彼は敵意を剥き出しにして、フラムたちを睨み付けている。


「お前たち、いったい何者だ……?」


 警戒の籠もった、地を這うような声音で彼はフラムを問いただす。

 その手にはナイフが握られており、返答次第では再びそれが投擲されるのであろうことがありありと伝わってきた。


「ただの観光客だ。大通りでこの子供が追われていたから、様子を見に来ただけだ」

「ただの観光客が、さっきの一撃を防げるわけがないんだよ!」


 声を荒げた瞬間、灰髪の少年は再びナイフを投擲した。


 フラムがそれを弾き飛ばすと、廃材の上に居たはずの少年が消えていた。


「フー君、上」

「分かってる」


 横に居たプリエが小さく呟き、フラムは表情一つ変えずに頷いた。

 そして見上げることもせずに炎の短剣を振り上げた。


「がぁっ……!」


 それをなんとか防御したのか、甲高い金属音と共に灰髪の少年が吹き飛ばされた。


 そして着地するや、表情を歪ませてフラムを睨み付けた。


 少年は鋭い眼光をフラムに向けながら体勢を低くしていき、やがて両手両足を地面に付けた四足獣のような体勢となった。


「その無表情、歪ませてやるよ!」


 声を上げた瞬間、彼の両手足に銀色のオーラが発生し、地面を割り砕いて加速する。

 それを視認したと同時、フラムも動いた。


 彼は炎の短剣を逆手に持ち替え、身を低くして地面を蹴る。

 瞬間、紅蓮の炎が足元で爆発して彼の身体を一瞬で加速させた。


 霞むような速度で加速した両者だったものの、後から動いたフラムの方が激突のタイミングを捉えており、逆に少年の方は意表を突かれていた。


「ッ……!」


 フラムが裂帛の呼気と共に短剣を振るう。

 それを少年が、咄嗟に銀色のオーラを纏った腕を交差させることで受け止めた。


 しかしフラムの膂力と加速の力が乗った一撃は少年を大きく仰け反らせ、大きな隙を生み出していた。


「ぐぅっ!!」


 少年はなんとか腹筋の力だけで体勢を立て直し、次の行動に移ろうとした。


 しかし――


「【赫炎の鍛冶神イラファトス】」

「ッ!?」


 仰け反って上を向いていた少年の視界が、靄がかかった空からフラムへと戻ったとき、彼の行動は完璧に封じられていた。


「なん……だ、これ……」


 体勢を立て直した少年を中心として、炎で生成された無数の剣が円環を描くように宙に浮いていたのだ。


 手をかざしているフラムの意思一つで、灰髪の少年の命は一瞬にして尽きる。

 その状況に彼は冷や汗を浮かべて身じろぎをやめた。


「俺たちは略奪者ではないし、戦う意思もない。転移者以外を殺すことはしない。ただ、お前がその気なら相手にはなってやる」


 このスラム街にとって自分たちは害では無いことを証明しながらも、フラムは冷徹な視線を少年に向けていた。


 それでも噛みついてくるなら叩き潰す。


 そんな意思を感じ取った灰髪の少年は、両手を上げて降参の意を示した。


「悪かった。ここに害を成そうとする奴がそんな勧告するわけ無いな」


 言葉と同時に両手足を覆っていた銀色のオーラが消え、彼が矛を収めたことが分かった。


 直後、フラムはかざしていた手を下ろした。

 すると紅蓮の炎で形成された剣の円環が弾けるように拡散し、すっと消滅した。


「俺はアルジャ・ルー。このスラム街を守る番人ってところだ。あんたらの話を聞かせてくれないか?」

「話すのはお前の方からだ。こちらは何の理由も無く襲われたんだからな」

「手厳しいな……。分かった、俺の方から説明する」


 灰髪の少年、アルジャ・ルーはフラムの言葉に苦笑しながらも、了承した。


 そしてスラム街の広場から場所を移すことを提案してきた。

 フラムたちはそれに従い、彼の後についていった。

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