第13話 笑顔が絶えない国
城下町の偵察(と言う名の観光)を進めていき、一段落したところで昼食を取るために一軒の料理店に入った。
木製の調度品で揃えられた店内は落ち着いた雰囲気で、賑やかな街とは少し異なる空気感だ。
そんな店内でフラムたちは先ほどの馬車と同じように、男女に分かれて対面する形で半個室のボックス席に座った。
「おなか空いた~」
席に着くや卓に突っ伏したプリエは、数秒の後に立て掛けてあるメニューに手を伸ばす。
そして身を起こして卓上でそれを開いた。
皮の装丁に羊皮紙のページが数枚綴じられているメニューには様々な料理名と、その絵が添えられていた。
「リベちゃん何にする~? あ、これ良さげ☆」
「そうですね……」
メニューに視線を落としながらリベルテに問いかけたプリエは、なにやら気になる品物を見つけたらしく目を輝かせた。
その隣ではリベルテが思案顔でメニューをのぞき込んでいる。
「よし、決~めた! ウチは炒飯とエビマヨにする! ほい、フー君」
「あ、ま、まだ……」
即断即決のプリエは自分が決め終わるとメニューを対面のフラムに渡した。
逆に優柔不断のリベルテは、まだあたりも付けていないようなタイミングでメニューを離されてしまっておろおろとしていた。
「……」
メニューを受け取ったフラムは無言でそれを開き、リベルテにもアヴェルスにも見える位置に置いた。
「ありがとうございます」
その細やかな気遣いにリベルテは小さく微笑んでお礼を言った。
そんなことがありながらも全員が料理を決めて注文をし、後は運ばれてくるのを待つのみとなった。
「この城下町、結構賑わってたね~☆」
注文を終えて手持ちぶさたとなった一行は、ミロワルム王国城下町についての話題を始めた。
「そうですね……。思っていたよりも活気づいていて、驚きました……」
母国に戻ってきたリベルテが街を歩いて思ったことは、『意外』という一言に集約できた。
転移者の支配を受ける村や町は昏い影が落ちているように、陰鬱としていることが多い。
横暴を通り越して残虐な支配を受けている街が大多数であるため、先ほどの街の様子はかなり珍しいといえるだろう。
「……本当にそう思うのか?」
「ぇ……?」
リベルテが思案顔で街の様子を思い出していると、正面のフラムがプリエの方に視線を向けながらそう問うた。
「い~や、全然」
問われたプリエは自身の爪を弄りながら、冷めた表情で答えた。
その冷たい雰囲気に、リベルテは背筋を粟立たせる。
「それってどういう……」
「街の人たちに何か違和感を覚えませんでしたか?」
焦躁に近い表情で問い返したリベルテに、彼女の斜向かいに座ってお茶を啜っていたアヴェルスが瞼を閉ざしたまま答えた。
「転移者の支配を受けているのに活気づいていて、みなさん笑顔でした……」
「そう、笑顔が絶えない街でしたね」
数時間街を巡って感じた率直な感想をリベルテは口にした。
そんな彼女の言に頷き、アヴェルスは言葉を継いだ。
「一人残らず笑顔で、誰一人として笑っていない者はいませんでしたね」
瞼を少しだけ持ち上げたアヴェルスは、黒にほど近い藍色の瞳でプリエに視線を遣った。
「そーそー。文字通り笑顔の絶えない国って感じで、よっぽど他の国より異常だったよ」
視線を手元に落とし、プリエは冷水の入ったコップの縁をなぞる。
外気との温度差によってコップの外側には結露が起きており、それが側面を伝ってテーブルへと落ちた。
その奥ではリベルテが冷や汗を伝わせながら動揺しているようであった。
彼女は気が付くことが出来なかった。
この国の姫でありながら、民の笑顔の裏に隠されている感情を見抜くことが出来なかったのだ。
そんな彼女は自身の脳天気さに歯噛みして、膝の上に乗せている拳をぎゅっと握り締めた。
「どういう訳かは分からない、いや分かりたくも無いが、きっとこの国を支配している転移者が強要していることだろう」
「そーね。ここの人たちは間違いなく、笑顔でい続けることを押しつけられてる」
表情の乏しいフラムの言に、プリエが目を細めてほんの少しだけ怒りを滲ませた。
「あんな横暴な人間の支配を受けていて幸せなはずありません……。それなのに笑顔で居ることを強要するなんて、許せないです……!」
この国を乗っ取った転移者 ヴェルクリエと、この中で唯一相対したことのあるリベルテだけが断言できることであった。
この国が落ちた直後、城下街は惨憺たる様相を呈していたのだ。
あんな人間の支配下にあって満足な生活など送れるはずが無い。
きっと街の活気と民たちの笑顔は表面上のもので、その裏には苦痛が隠されているのだろう。
「うん……。絶対にウチらの手でこの国を取り戻そうね」
服がしわになるほど強く握り込まれていたリベルテの拳を、プリエが優しくそっと包み込んだ。
「はい……。必ず……!」
自身を慮ってくれたプリエの方に視線を向け、リベルテは真剣な顔でそう答えた。
「ってことで今は腹ごしらえだよね☆」
慈愛に溢れていた表情から一転、プリエは舌で唇を一舐めしながらウインクをした。
「お待たせしました~」
「おっ☆ ナイスタイミング~」
話が一段落するのを見計らったように、注文した料理が運ばれてきた。
それを見たプリエは満面の笑みで料理をのぞき込んでいた。
◆ ◆ ◆
そうして食事を終えたフラムたちは店を後にして、昼食前にあたりを付けていた、ヴィオレの転移陣を刻める場所を目指していた。
人通りが少なく、かつ城から離れている場所が理想的だ。
しかし陽動である以上、街から外れていても意味が無い。
複数箇所で同時多発的に騒ぎを起こし、転移者が出張ってこなければならない状況を作り出す。
そして出来る限り城から戦力を排した状態で、フラムたち別働隊が頭であるヴェルクリエを討つというのが今回の作戦内容である。
「よっし、これで最後っと~」
自身の身体が収まる程度の円形の陣を、建物の壁に描いたプリエは手を叩いて完成したことを他の面々に伝えた。
「巨大な門に剣が突き立てられた紋章……」
建物の壁に刻まれた【
この紋章にある門は転移者の流入を表しており、突き立てられた剣は彼らを殺すことを意味している。
そして剣には最終的に【転界】からの流入を完全に断ち切る、というもう一つの意味も込められているという。
リベルテは入団したての頃に、この話を団長であるルティムから聞き及んでいた。
そして半年間に渡って団に身を置いてみて、彼らの強さは本当にそれを成し遂げてしまうのでは無いかと実感するようになっていた。
本来転移者とはそのほとんどが一騎当千の強大な能力を有している化け物だ。
しかし団の中でも頭抜けた実力を有するフラムたちは、たった一人で彼ら転移者を相手取ることが出来る。
先日の中島海人のように転移したての者であれば、危なげなく処理してしまえるほどフラムの戦闘能力は抜群であるのだ。
それは天性の才にも起因するがその裏で積まれた、血の滲むような壮絶な修練の先に辿り着ける境地であることを、彼らは語らない。
「仕上げに……ほいっと☆」
転移陣の前に立つプリエは右親指の腹を噛み、じわりと血を滲ませた。
そして右手を振るいながら、人差し指でそれを弾くように陣へ向かって飛ばした。
血を飛ばした直後、振り抜かれた彼女の右手親指に黄緑色の炎が灯って、一瞬のうちに傷が修復されていた。
彼女の能力は自分も他人も境無く治癒することができ、死亡さえしていなければどんな傷でも治してしまうという超回復の能力である。
一瞬で傷を治したプリエによって血をかけられた転移陣は、そこから彫られた部分を赤く染め上げていく。
その様はまるで血液が流れていくようで、最後に一際強く発光して完成したことが感じ取れた。
「後はリベちゃんよろ~」
「はい」
手をひらひらと振り、プリエは仄かに赤く輝いている陣の前から退いた。
そして交代するようにリベルテがその前に立った。
「……」
彼女が集中した様子で触れると、赤い輝きを放っていた陣が一瞬にして姿を消した。
そして後には陣が刻まれる前の、何も無い壁へと変貌していたのだ。
「コピーしたものの状態すら再現できる。リベルテ殿は本当に希有な能力をお持ちですね」
「いえ、そんな私なんて……」
今リベルテが行ったのは陣を描く前の壁の状態をコピーし、それを陣が描かれた後の壁に貼り付けるという作業であった。
視覚的には元通りとなっているが、陣は確かにここに刻まれているのだ。
「リベちゃんってばホントに有能なんだから~☆」
「わわっ! プリエさん、くっつかないでください~!」
リベルテは他者の能力をコピーして、限定的に使用することしかできない。
そんな自分の能力を卑下しようとした彼女の様子を察したプリエは、すかさず彼女に抱き着いて頭を撫でた。
姫であったリベルテは、これまで誰かとこんなに肌を触れ合わせることなどなかったため、このような触れ合い方をされると目を白黒させてしまう。
しかし決してそこに拒絶の色は無く、便宜的に拒否しているだけに見えた。
「無駄話をしていないで行くぞ」
フラムは半身で振り返り、未だに転移陣を刻んだ壁の前にいる三人を急かした。
「ほいほい、行きますよ~だ」
「フラム殿は本当に効率的ですね」
頭の後ろで手を組み不服そうに彼の背を追ったプリエと、小さく頷いてから歩を進めたアヴェルス。
置いて行かれないよう、リベルテも彼らの後を追った。
それは大通りに出て、出口である大門へと向かっている道中に起きた。
「誰かそのガキを捕まえてくれ~!!」
背後から飛んできた怒声のような叫び声。
それにフラムたちが振り返った瞬間、その真横を小さな人影が駆け抜けていった。
一瞬のことであったがフラムの目には見窄らしい襤褸を纏った少年が、小脇に数本のパンを抱えて必死の形相で駆けていく光景が写っていた。
「……」
フラムはその少年が曲がっていった角を見つめ、何かを考えているようだった。
「なに今の~?」
「子供でしたね」
「状況と服装から、スラムの子供といった感じだったな」
プリエの問いに冷静に答えたアヴェルスとフラム。
しかしフラムの言葉を聞いたリベルテは、心底驚いたような反応を示していた。
「どったのリベちゃん?」
「……追いましょう」
そう言い残すや、リベルテは少年が消えていった曲がり角に向かって駆け出した。
「え? どうしちゃったのリベちゃん」
「さぁな。けど追うしか無さそうだな」
分からないものを考えるより本人に効いた方が早い、という判断を下したフラムは彼女の背を追いかけて行った。
「あ~もう、なんなの!」
プリエはこの場から居なくなった二人に向けて声を上げ、アヴェルスと共にその後を追った。
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