第12話 祖国への帰還

 二日後、フラムたち別働隊はミロワルム王国の城下町へ偵察に向かっていた。


 諸用が立て込んでいて未だ戻って来られないルティムを除くフラム、リベルテ、プリエ、アヴェルスの四人は馬車に揺られている。


「ミロワルム王国、遠くな~い?」


 四角形の馬車の中では男女で分かれて向かい合っている。

馬車に揺られてもう半日ほど、プリエは間延びした声を上げながらリベルテにしなだれかかった。


「あはは、辺境の国ですみません……。けどもうすぐ着くと思いますよ」


 リベルテは苦笑いを浮かべながら窓の外を見た。

 そこに広がる森林は馴染みのあるもので、もうじき目的地に着くことが彼女には分かった。


「おや、見えてきたようですよ」


 逆側の窓から外を眺めていたアヴェルスが穏やかに呟く。

それを聞いたフラムも窓の外に目を遣った。


「お、どれどれ☆」


 女子側の窓からは見えないらしくプリエはフラムの方に駆け寄り、ぐいぐいと引っ付いて窓枠に顔を近付けた。


 リベルテは一歩引いた位置からそれを眺めていたのだが、プリエの頬や主張した胸がフラムに押しつけられていて、赤面しながらあわあわとしていた。


「……」


 しかし当のフラムは鼻の下を伸ばすどころか、むしろ表情が死んでいた。


 そんな彼の様子に、赤面していたリベルテは苦笑いを浮かべてプリエに忠告した。


「プ、プリエさん……フラムさんが……」

「およ? あ、ごめんフー君!」


 押しつぶされているフラムに気付いたプリエはぱっと窓の側から離れた。

そして両手を合わせながら謝る。


「けどウチみたいな美少女のおっぱい押しつけられて、むしろ役得だろ☆」


 しかし片眼でウインクをしながら、戯けるように言って見せた。


 それにフラムは何も返さなかったが、歪んだ表情は言葉よりも雄弁に彼の心情を物語っていた。


つまり、ウザいと。


「お、女の子がそんなこと言っちゃダメですよ!」

「え~でも事実じゃん?」

「いやぁ……。あの顔を見てください……」


 そう言われてフラムの方に目を向けたプリエは、彼の表情を見てぎょっとした。


「おいおいマジかよ☆ 五年くらいの付き合いになるけど、フー君ってあっち系なのかな……」


 フラムの死んだような顔を目の当たりにしたプリエは、ぼそりとそんなことを呟いた。


「フラム殿は妹殿想いなだけですよ」


 その呟きに反応したのはのんびりと窓の外を眺めていたアヴェルスであった。

彼の言葉にプリエは真顔になった。


「いやそれシスコンなだけだから。妹以外の女子が眼中に無いんだよなぁ……」


 呆れたような表情を浮かべてフラムを一瞥したプリエは、ため息を吐きながら問いかけた。


「ねぇフー君、ホントに女の子に興味ないの?」

「そんな直球な……」


 プリエの直截な物言いにリベルテは目を丸くして驚いていた。

その問いかけに死んだ顔を少しだけ和らげたフラムは、ばっさりと切り捨てるように言った。


「転移者を根絶やしにするまで、他の事は考えられない」


 言い切ったフラムの顔には一切の迷いが無かった。

 彼が転移者を滅ぼすこと以外の事柄に対して寡欲なのは、まだ付き合いが半年ほどのリベルテにさえ肌で感じ取れるほどなのだ。


「てことはぜーんぶ片付いたら考えてくれるってこと~? じゃあじゃあ、ウチとリベちゃんならどっちをお嫁さんにしたい☆?」

「きゃっ!」


 プリエはリベルテの肩を右手で引き寄せ、頬をぴったりとくっつけた。

 そして左手の人差し指で自分の頬をつつくように指さす。


「ななな、なに聞いてるんですかプリエさん~~~!」


 一泊遅れて、リベルテは彼女が放った爆弾発言に顔を真っ赤に染め上げた。


「おや、これが修羅場というやつですかな?」


 それを蚊帳の外から微笑ましそうに眺めていたアヴェルスは、口元に手を当てながらそんな事を呟いた。


 あわあわしながら縮こまるリベルテに対し、プリエは自信満々に胸を張っている。


 フラムは黙ったまま二人の方を見つめていたものの――



「わっ!」

「おっとと~?」



 馬車が何かに乗り上げたのか大きく揺れ、立ち上がっていた女子二人がバランスを崩した。


「すみませ~ん! 転がっていた石を踏んでしまったようです」


 馬車の前方から馬を駆っている御者の声が届き、彼らの会話は断たれた。


 そしてそのまま話は終わり、別の話題へと移行する。


「あ、そういえばリベちゃん。そろそろ準備した方がいいんじゃん?」

「そうですね、もうじき到着しそうですし……」


 プリエに話を振られたリベルテは窓の外に広がる景色を一瞥した後、笑みを浮かべながら小さく頷いた。



「わぁ~リベちゃん、か・わ・い・い~☆」


 準備という名の潜入工作を終えたリベルテを見て、プリエは両頬に手を当てながら黄色い声援を上げていた。


「そ、そうですか……? いつも背中まである髪が無いと落ち着かないのですが……」


 潜入工作というのはリベルテの変装、否、変身であった。


 敵の膝元に潜入する以上、この国の姫として顔が割れている彼女の存在を悟られるわけにはいかない。

そのため彼女は全くの別人に姿を変えたのだ。


「これはこれは、とてもお似合いですよ」


 本来の彼女は銀の長髪に宝石のような碧眼という見目麗しい姿で、良い意味でとても目立つ容姿をしている。


 しかし今のリベルテの姿は本来の彼女とは真逆で、焦げ茶色のボブカットに榛色の瞳、さらには眼鏡までかけていて、地味な町娘にしか見えない。


 それでも溢れる上品さは消しきれず、町娘は町娘でも美人で有名な看板娘といった具合の容姿となっていた。


「あ、あ! もうすぐ着くみたいです!」


 三人に見つめられる居心地の悪さを誤魔化すためか、リベルテはわざとらしく窓の外を指さした。

それに釣られてプリエが窓の外を見ると、巨大な城壁がすぐそこまで迫ってきていた。



「んん~! やっと着いた!」


 馬車に揺られる長い旅から解放され、プリエは大きく伸びをして身体の凝りをほぐしているようであった。


「検問も無く通れましたが、大丈夫なのでしょうか?」

「それは私も思いました……」


 アヴェルスの発言にリベルテも同調して小さく頷く。


 馬車で門を潜ったときも降りてからも、特に何の検問も無く入国出来てしまったことに、リベルテは一抹の不安を感じていた。


「侵入者が入り込もうと処理できる、という自信の現れなんだろう」

「そうそう! あいつら自信満々だから、誰が来たって負けない!とか思ってるんだよ☆」


 浮かない表情をしているリベルテに、フラムが素っ気なく言った。

 その言葉を後押しするようにプリエが笑う。


「その余裕をぶっ壊してやるのが、ウチらの仕事なんだよ☆」


 そして彼女は笑みに影を落としながら、遠方に聳える王城に目を向けた。

 その表情にリベルテは少しだけ背筋を粟立たせた。


 普段はおちゃらけているプリエだが、フラムと同じく転移者に対する敵愾心は凄まじいということを、この半年間でリベルテは理解していた。


「っとまぁそれは置いといて、今は街の視察だよね! おなか空いたからご飯食べよ☆」

「わっ! そんなに急がなくても……!」


 再び一瞬で表情を変えたプリエに手を引かれ、リベルテは体勢を崩しながらも彼女について行った。

男二人がそれを追うようにゆっくりと歩を進める。


 こうしてフラムたち一行は転移者に支配される国、ミロワルム王国に足を踏み入れたのだった。


   ◆ ◆ ◆


 ミロワルム王国城下町は活気に溢れていた。

 大通りには多くの店が居を構え、所々に露店なども開かれている。


「あっ! リベちゃん、いいもの見つけた!」


 城壁の門を潜ってからプリエはリベルテの手を引いて、街を散策していた。


 あちらへこちらへと連れ回されるリベルテは苦笑いを浮かべていたものの、嫌がっている様子は無い。


「ほら!」

「!!」


 そしてプリエによって連れてこられた露店の前で、リベルテははっとしたような表情を浮かべる。


 それは転移者がこちらの世界に持ち込んだ文明の一つ、タピオカミルクティーと呼ばれる飲料であった。


「お姉さ~ん、二つください☆ あ、フー君たちもいる?」


 プリエは迷うこと無く露店の従業員に声をかけ、自分とリベルテの分を注文した。

 直後、思い出したように後ろで待っているフラムたちに問いかけた。


「拙者は遠慮させていただきます」

「いらない」


 一方は丁重に、もう一方は切り捨てるように断りの文言を口にした。

 どちらが誰かなど言わずもがなだろう。


「おっけ~、じゃあ二つで☆」

「はい、二つで二〇〇〇オルになります」


 満面の笑みで答える女性店員の提示した金額に、プリエとリベルテは驚いて顔を見合わせた。

 というのも相場はせいぜい四、五〇〇オルが良いところなのだ。


 一見して何か特別な商品と言うこともなさそうであるため、二人は驚いているのだ。


「はいは~い、じゃあちょうどね☆」

「ありがとうございます。こちらお二つですね」


 しかしプリエはすぐに表情を戻し、懐から取り出した麻袋から紙幣二枚を支払う。

 その代わりに女性店員から硝子製の容器を受け取ったプリエは、振り返って一方をリベルテに手渡した。


「ん~、おいし! フー君も一口くらい飲んでみれば良いのに☆ ほら、一口あげよっか?」

「……いい」


 飲みかけのタピオカミルクティーを差し出されたフラムは、心底嫌そうな表情を浮かべて固辞した。


「つれないな~。フー君は頑なにあっちのものを受け入れようとしないけど、文明自体に罪は無いんだよ~?」


 プリエは頬をぷっくりと膨らませてフラムから視線を外した。

 そして歩みを再開させながらそんなことを言った。


 彼女が口にした『あっち』というのは【転界】と呼ばれている、転移者が元々生きていた世界のことだ。


 こちらの住人にとってはあちらの世界が異世界なのだが、転移者が揃ってこの世界を異世界と呼ぶため、便宜上区別するために転界と呼んでいるのだ。


「……」

「ま、まぁまぁ……。受け入れるかどうかは人それぞれなので……」


 プリエの言にむっすりと黙ってしまったフラムをフォローするように、リベルテは苦笑いを浮かべながらそう言った。


 転界由来の文化を受け入れられるかは本当に人それぞれだ。

 転移者から被害を受けていても文化を毛嫌いすることが無い者もいれば、特に何があったわけでもないというのに文化を受け入れられない者もいる。


 これは転界との間だけでは無く、国家間でも同じようなことが言える問題だろう。

 風の噂で悪評を知った国由来のものを嫌うか嫌わないか、といったようなことと同じだ。


「はは、リベルテ殿がいると助かります」


 軽い対立を起こす二人を仲裁するリベルテへ、他人事のようにアヴェルスが笑いかけた。


「アヴェルスさんも止めてください!」


 そんな彼にリベルテは小声で助けを求めたものの、柔和な笑みで受け流されるだけであった。

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