第9話 悲劇の姫君

 リベルテ・ミロワルム・セレスタイトという少女は、王族でありながら民ひとりひとりを思いやることが出来る優しい姫君であった。


 見目麗しく、誰にでも分け隔て無く優しい彼女を、国民の誰もが敬い慕っていた。


 しかし転移者の侵略によって、ミロワルム王国の城下町は陥落し、リベルテたち王族が住まう王城も程なく落とされてしまう。


 しかし国王の判断で、彼女は少数の護衛と共に秘密の抜け道を使って王城を脱出しており、城下町に身を潜めていた。


 何度も差し向けられる追っ手からリベルテを逃がすため、護衛は次々と命を落としていった。


 そうして身を隠し続けながら王都脱出の機を窺っていたリベルテであったが、痺れを切らした転移者たちは国王と女王を処刑すると喧伝し始めた。


 危険を承知の上で、彼女は別人に変装して公開処刑の場に赴くと、多くの民の前で縛り上げられていた両親の姿を目にする。


 その様子に心が砕けそうになったものの、リベルテは目を逸らすことなく、両親の尊い死を見届けた。そして涙を零しながらも王都脱出を決意する。


 それからたった一人残った護衛のメイドと共に決死の脱出を決行することとなる。

 転移者の監視の目が光る門では無く、城壁に隠された王族のみが知る隠し通路から王都の外へ脱出しようとしたのだ。


 しかしその寸前で転移者の追っ手に見つかり、たった一人残った護衛のメイドがリベルテを逃がすために単身で転移者に立ち向かっていった。


 彼女の最期の言葉を胸に、振り返る事なく全力で馬を走らせた。

 リベルテを逃がすために命を落としていった者のためにも、自分だけは生き残らなければならない。


 そう誓って隣街へ続く街道を駆け抜けた。


 しかしいつの間にか転移者たちを統率していたヴェルクリエがリベルテに追いついてきており、異能である光線で彼女の足ごと馬を撃ち抜いた。


 それによって街道から外れた森の中に吹き飛ばされたリベルテは、朦朧とする意識の中で逃げることを諦めかけていた。


 しかし国王である父が遺した最後の言葉を思い出し、現状を打開する一手を思いつく。

 そしてその光明をなんとか掴み取り、命からがら隣町まで亡命することに成功する。



 そこで傷を癒やしたリベルテは出来るだけミロワルム王国から離れ、全くの別人として遠い街で人生をやり直していた。


 いつか母国に帰りたいとは思っていたものの、ヴェルクリエが率いる転移者たちをどうにかしなければ国を取り戻すことなど叶わない、と半ば諦めていた。


 そうして二年ほどその街で平穏に暮らしていた矢先、ヴェルクリエとは別の転移者が街にやってきて蹂躙を開始した。


 リベルテは懸命に逃げ回ったものの、強大な力を持つ転移者にあっさり拘束されてしまう。


 彼女はその瞬間、全てを諦めてしまった。


 逃げた先でも自分は転移者に蹂躙される運命だったのだ、と己を嗤った。


 そして転移者の奴隷となることを受け入れようとしたとき、紅炎と共に現れた少年が圧倒的な力で転移者たちを一網打尽にした。


 その少年がフラム・ヴェンデッタであり、リベルテが【盟約の朱ヴァーミリオン】に入団するきっかけとなる人物であったのだ。



   ◆ ◆ ◆



「そうしてフラムさんに助けられた私は、【盟約の朱】の存在を知りました。そしてここにいれば、いつかミロワルム王国を奪還する事が出来るのでは無いか、と思って入団しました……」


 昔話を語り終えたリベルテはそう締めくくり、申し訳なさそうに目線を足下に落としていた。


「私がこの団に入ったのは自分の国を取り戻すため、という身勝手な理由なんです……」


 言ってしまえばリベルテは自分の目的のために【盟約の朱】を利用しているのだ。心根の優しい彼女はそのことに後ろめたさを感じてしまっている。


「「…………」」

「あ、あの、みなさん……?」


 語り終えてからずっと続いていた沈黙に耐えきれなくなり、リベルテはそっと視線を持ち上げた。


「うぅ……辛かったわよね……」

「女の子一人でよく頑張ったよ……!」


 すると気が強い女の団員は涙ながらにリベルテを慰めてくれ、男の団員は瞳を潤ませながら頷いていた。


 彼らの他にも、その話を聞いて涙する者や、柔らかな笑みを向けてくれる団員ばかりであった。


「みなさん……」


 予想していなかった反応に、リベルテ自身も瞳を潤ませてしまった。


「リベルテ殿。自分の国を取り戻したいという思いを秘めて【盟約の朱】に属していることは、なにも自分勝手などではありませんよ」

「そうそう。ここにいるヤツらはみんな何かしらの目的があってここにいるんだよ☆ ウチは転移者を全滅させることだし、フーくんだっていろいろ抱えてここにいるんだから」


 いたずらっぽい笑みを浮かべながら説明したプリエは、言葉の後半で一瞬だけ出口の方に視線を遣った。


「……はい。みなさん、ありがとうございます……!」


 自分の事情を優しく受け止めてくれた団員たちへ、リベルテは深々と頭を下げる。


 すると一人の団員が立ち上がって声を上げた。


「よっしゃ! リベルテちゃんの国を取り戻す大仕事だ。今回はより一層気合い入れていかないとな!!」

「絶対に負けられないわね。あの国を牛耳っている転移者どもを叩き潰すわよ!」


 自分のために立ち上がってくれた団員たちに、リベルテは瞳を湖面のように潤ませた。


 そんな彼女の肩をプリエがそっと叩き、小さな笑みを向ける。

 リベルテは涙を浮かべながらも微笑みを返した。



   ◆ ◆ ◆



 一方、途中で会議室から出たフラムは、館のとある一室に訪れていた。


 彼は木製の扉をゆっくりと開き、中へ足を踏み入れた。


 そこは外の湖が一望できる大窓がある部屋で、柔らかな光が常に差し込んでいる雰囲気の良い一室であった。


 しかしその部屋の雰囲気と反比例して、フラムの表情は陰っていた。

 彼の視線の先には純白のシングルベッドがあり、誰かが眠っているようであった。


 フラムはゆっくりとそのベッドへと歩み寄っていき、そこで眠っている誰かの顔をのぞき込んだ。


「ただいま、エクレール……」


 ベッドで眠っていたのは濃灰色で少し癖のある、ショートボブの髪を備える少女であった。


 彼女の名前はエクレール。

 歳は十三歳で、フラムの妹である。

 兄想いの優しい性格で、いつも彼の後ろをついて回っていた。


 しかしある日を境に、エクレールはこうして眠り続けている。


 彼女の存在がフラムの生きる意味であり、また復讐という鎖に縛られている理由でもあった。


 フラム・ヴェンデッタという少年を襲った悲劇は、この世界では日常的に起こっている平凡な出来事だ。


 その中で復讐の牙を得て、悲劇に抗い続ける叛逆の徒となっている点を除けば。

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