第8話 作戦会議

「さってと、これで【慈母のエレオティナ・箱庭ガーデン】にいる連中は全員かな? てか団長が来れないってマジか☆」


 巨大な円卓を中央に据えた大部屋に、三十人ほどの団員が集結していた。


 入り口の対角側、そこにプリエが立って会議の進行を始めようとしている。

 その隣ではヴィオレがにこにこしながら団員たちを眺めていた。


 軽いノリのプリエだが、団の中で作戦参謀のような業務を担うという一面も備えている。

 しかしそれに文句をつける者がいないほど、切り替わった彼女は優れた頭脳役なのである。


『すまないな。どうしても外せない用事があって、そちらに行くことは出来ないんだ。こうして音声で参加はするから許してくれ』


 その落ち着き払った男性の声は、円卓の中央に設置されている紫色の原石から聞こえてきた。


 彼こそがフラムたちが属する組織【盟約の朱ヴァーミリオン】の団長、ルティム・ゴーシェナイトだ。


 この組織に所属している者のほとんどが彼によって救われてこの場所にいる。


「おっけおっけ、聞いててくれるなら問題ないっしょ! んじゃ始めちゃうよ~☆」


 ルティムの謝罪に軽い調子で進行を再開したプリエは、懐から丸まった羊皮紙を取り出して豪快に広げた。そしてそれを円卓前方に設置されている木製の掲示板に叩き付ける。


 すると自然に羊皮紙がそこに張り付き、掲示板全体が薄らと紫色の燐光を放った。


「よろしくママ☆」

「は~い」


 会議とは思えぬほど軽いノリと間の抜けた返事に、団員たちは薄らと苦笑いを浮かべる。


 しかし円卓中央の宝石が紫色の光を放ち、円卓の端から端まで光の線が走ると彼らは表情を真剣なものに戻した。


 円卓を囲むように座っている団員たちそれぞれの前に、光の投影によって先ほどプリエが掲示板に貼り付けた羊皮紙が映し出される。


「はい、これがウチとヴェルさんが集めた次の作戦に関する情報」


 映し出された羊皮紙の左半分には国の情報が、右半分にはそこを支配する転移者についての情報が記載されていた。


「っ……!!」


 その情報を見たリベルテは一瞬表情を歪めたものの、唇を噛んで昂ぶる感情を排した。


 フラムやアヴェルス、プリエやヴィオレなどの一部の者はその表情の変化に気付いたものの、すぐに投影された羊皮紙へと視線を戻した。


「今回ウチらが狙うのは辺境の国 ミロワルム王国を支配している転移者、ヴェルクリエ。約三年前に王国を陥落させて王に成り代わってて、国民に圧政を敷いてるクソ野郎☆」


 笑顔で説明するプリエだったが、その裏に隠れる本心を理解している団員たちは引き攣った顔を浮かべていた。


 プリエ・コーラルという少女は【盟約の朱】の中でも一際転移者に対する悪感情が強い。

 ここにいる者たちは転移者を憎んでいる者たちではあるが、プリエのそれは彼らの感情を倍するだろう。


 そして彼女と同等か、それ以上に転移者を憎んでいるのがフラム・ヴェンデッタだ。


 彼は転移者を根絶すること以外にほとんど興味を示すことが無く、一切の躊躇なく転移者を殺す事が出来る。


 ただ、二人とも転移者には残虐と言えるほど容赦がないものの、仲間は大切にするため団員から慕われているのだ。


「こいつは国王と女王を公開処刑して、国民を絶望の底に叩き落としたクズ中のクズ。今あの国で王族の血を引くのは命からがら亡命したお姫様だけ」


 プリエの説明に、団員たちの顔には隠しきれない感情が滲み出していた。

 ヴェルクリエの残虐な行いに義憤している者もいれば、亡国の姫の心情を思って哀しんでいる者もいる。


 その中でリベルテは、胸を押さえながら苦しそうな表情を浮かべていた。


「今回はこいつを殺っちゃうぞ☆っていう作戦なんだけど、取り巻きの転移者が結構いるみたいなんだよね~」


 転移者は強大な力を有している者が多いが、彼らの中でも力の序列は存在する。

 そして強者の側にいれば自分も甘い汁を啜れる、と考えた転移者は徒党を組むことがあるのだ。


「ま、ヴェルクリエと他数人以外はめっちゃ強い訳じゃ無いんだけど、まとめて相手するにはちょっちしんどいかなって。だから今回は二手に分かれて行動する作戦にするよ☆」


 そう言いながらプリエは円卓に置かれている翅ペンを手に取り、インク瓶に付けた。

 そして羊皮紙左面に描かれているミロワルム王国の地図に書き込みをした。


 一方は城下町を突っ切るように城へと伸ばされた線。


 もう一方は国を囲んでいる城壁に沿って城下町を迂回して城へ伸びる線。


「城下町真っ正面から突っ込む方に八割の団員を割いて陽動。そっちが大暴れしてる間に少数精鋭の迂回側の団員が城に忍び込んでヴェルクリエをぶっ殺☆って感じなんだけど、どうかな団長?」


 あらかたの説明を終えたプリエは、音声で会議を聞いているルティムに問いかけた。


『なるほどな。確かに複数の転移者と共に相手取るよりかは、敵戦力を分散させる方が良いかも知れない。ただ、迂回路側への負担が大きいと思うんだが、誰がそちらに編成されるんだ?』


 当然の疑問であった。


 一国を落とすほどの転移者と対する側が少数精鋭であるならば、そちらに編成される者の負担が大きくなる。というより、団の中でも随一の戦力を割かなければならないだろう。


「うんうん、そう言うと思ったよ☆」


 プリエは大仰に頷きながら円卓に歩み寄っていき、掌で面を叩いた。

 すると触れた部分が発光し、そこを始点として光の線が延びていく。それはまず中央の宝石まで伸びて強い光を放った。


「まずは団長、それは絶対外せないよね」


 中央の強い光から今度は四方に再び光が伸び始め、四人の団員の前まで辿り着くと一際強く発光した。


「残りはウチ、フー君、ヴェルさん、リベちゃんの四人って感じかな☆」


 中央の宝石から伸びた光はフラム、リベルテ、プリエ、アヴェルスの前で停止して強い光を放っていた。


 四人に加えて、この場にはいないルティムを含めた五人を本命である迂回路側の編成候補としてプリエは挙げた。

 しかしそれを聞いた団員たちが近くの者と会話したことで、円卓の間はざわざわとした騒がしさに包まれた。


『静かに。俺が何か言う前に、疑問がある者は意見してくれ』


 ルティムの一声で彼らは静寂を取り戻し、おずおずと青年の団員が手を挙げた。

 プリエが視線で発言を促すと、ゆっくりと口を開いた。


「団長、フラム、プリエ、アヴェルスさんが選ばれるのは理解できる。けどどうして入団して半年程度しか経っていないリベルテちゃんが、危険な迂回路側に編成されてるんだ……?」


 確かにその疑問が浮かぶのは必定である。


 精鋭の中に【盟約の朱】の中で最も経験の浅い彼女が入っているのは、プリエの思惑を知らない者からすれば理解し難いのだろう。


「そうよ。いくらこの半年間、フラムと組んで経験を積んだとはいえ、いきなり危険過ぎるわ!」


 リベルテは紆余曲折あってこの【盟約の朱】に入団してから、フラムと共に転移者との戦闘経験を重ねてきた。

 それでも一国を支配するほどの転移者と戦った経験はまだないのだ。


「私たちはリベルテちゃんに文句があるわけじゃない。ここまで強大な転移者と戦うには時期尚早だと言ってるのよ」

「うんうん、わっかる。ウチもリベちゃんを危険な目に合わせたくなんて無いんだよね~」

「じゃあなんで!」


 リベルテを選出した本人が軽い調子でそんなことを言い出したため、気の強い女性団員がプリエを問い詰める。


「理由は二つ」


 その剣幕もなんのその、プリエは右手の人差し指と中指を立てて語り始めた。


「一つはリベちゃんの能力が潜入向きだから。知ってる人は知ってると思うけど……見た方が早いか。リベちゃ~ん、ちょっと実践してみて☆」

「は、はい!」


 突然呼び止められたリベルテははっとして立ち上がり、円卓の前まで駆けていった。


 するとプリエは彼女に耳打ちし、了承するように小さく頷いた。


「【無貌の姫君ルストフィリア】」


 リベルテが右手を胸に当てながら呟いた後、空いている左手を顔の前でスライドさせた。


 その直後、目の前で起こった現象に、この場にいる大半の団員が驚愕の声を上げていた。


「プリエが、二人……」


 団員たちの前で起こったことは、端的に言えばその一言に収束する。


 リベルテが左手を自身の顔の前でスライドさせた次の瞬間、彼女は隣にいるプリエ・コーラルと瓜二つの姿に変身したのだ。


「このように、私は一度触れたことのある方であればその姿を模倣することが出来るんです」

「うわっ! プリエが丁寧な言葉遣いをしてる……」

「ひぃ! 不気味……」

「いや、これはこれであり……」

「今何か言った奴ら~? 後でウチんとこ来いよ~☆」


 プリエの姿に変身したリベルテは、彼女の顔、彼女の声音で丁寧な語り方をした。


 その結果、普段のプリエからかけ離れた印象を団員たちに与え、彼らは青ざめたり不気味な笑みを浮かべたりと様々な反応を示して話の腰を折った。


 しかしプリエが影のある笑みを浮かべながら発した言葉により団員たちは黙り、リベルテが言葉を継いだ。


「そして他にも」


 リベルテは説明をしながらそっと瞼を閉じた。


 そして頭の中に一冊の本を思い浮かべる。


 するとイメージ上の本が風にあおられたように高速で一枚ずつ開いていき、ある一頁がぴんと張った状態で停止する。


 そしてその頁が根元から千切れて宙を舞った。


 直後、瞼を持ち上げたリベルテの周囲に、氷で形取られた花吹雪が渦を巻きながら発生した。


 その様子に団員たちは再び驚愕の表情を浮かべ、絶句していた。


「これって……」

「あぁ、アヴェルスさんの技だ……」


 団員たちがひそひそと会話しながらアヴェルスの方に目を遣る。

 肝心の彼はといえば、リベルテが発生させた氷の花吹雪を見て、感心したように小さく拍手をしていた。


「変身能力に加え、私は見たことのある能力を、日に一度使用することが出来るんです」


 リベルテは自身の周囲を旋回する氷の花吹雪に手をかざしながら説明する。


 それを聞いた団員たちは驚いている反面、彼女が迂回路側のメンバーに選ばれたことに納得し始めていた。


「それにいっちばん大事なのがこれ」


 そんな団員たちの前で本物のプリエがリベルテの左手を取って、自身の頬にあてがった。


 すると一瞬にして、彼女の姿がリベルテの姿へと変化した。


「リベちゃんの能力は他人でも変身させられちゃうんだよね☆」


 リベルテの姿でプリエが話している様子に、驚きを通り越して呆れる団員たちは作戦における彼女の有用性を理解した。


「姿を模倣できるのは一度でも触れたことがある方で、時間の制限などは無く、私が意図的に解除するか、気を失ったりして能力の制御が出来なくなったら解除されます」


 そう説明すると、リベルテの姿とプリエの姿がそれぞれ自身のものへと戻った。彼女が意図的に姿の模倣を解いたのだろう。


「加えて私以外の方を変身させる人数にも特に制限は無く、私のストックを超える人数で無ければ問題ありません」

「あら?」


 説明を続けるリベルテは別人と化したプリエの隣に立っていたヴィオレの頬に左手で触れた。

 すると彼女の姿が年端も行かぬ少女のものへと変化した。


「ただしこれは相手の同意が無ければ使用出来ません。ヴィオレさんには会議の前にあらかじめ相談してあったので、こうして変身させることが出来ました」

「あらあら、リベルテちゃんがとっても大きいわ~」


 少女の姿と化したヴィオレは小さな微笑みを浮かべながら頬に手を当て、リベルテのことを見上げていた。そんなヴィオレに笑みを返すと、彼女が元の姿へと戻った。


「って感じ☆ リベちゃんをウチら側に編成した理由、理解できた~?」


 プリエが振り返り、首を傾げながら団員たちに問いかける。


「えぇ、そうね……。彼女がいれば潜入のリスクが激減される。彼女以上に潜入に向いた能力者はこの団にいないわ」


 プリエの人選に異を唱えた女性団員は、一連の説明を受けて納得したように頷いた。


「彼女の能力が有用っていうのは理解できた。ならもう一つの理由ってのはいったい何なんだ?」


 この説明を始める前、プリエは理由が二つあると語っていた。

 それを覚えていた団員が彼女に問いかけたのだ。


「それは……」


 問いかけに苦笑いを浮かべたプリエはリベルテの方へ目線を送る。

 彼女はプリエと視線を交錯させると、小さく頷いて団員たちの方へ向き直った。


 そのタイミングでフラムががたりと椅子を引き、会議室から出ていこうとした。


「おいフラム!」

「なんだ?」

「これからリベルテちゃんが話してくれるんだ。ちゃんと聞いてやれよ!」


 出ていこうとするフラムに、一人の団員が声を荒らげた。


 しかしそんな彼にフラムはぼんやりとした瞳を向けて応える。


「俺は半年間リベルテと組んでいたんだ。あいつの遍歴は知ってる」

「だからってお前なぁ!」

「辛い過去の話なんて、そう何度も聞かれたいものじゃないだろ」


 振り返った身体を出口の方向へ戻しながら呟いたフラムに、リベルテは小さく微笑んだ。


 彼は転移者に対しては非情なまでに冷徹だが、仲間を思いやる心はしっかりとある。

 その不器用な優しさに、リベルテは心の中で感謝を述べた。


 会議室を出ていくフラムの背を見届けて、リベルテは再び団員たちへ向き直る。

 そして何度か口を開いたり閉じたりをした後、逡巡しながらも語り始めた。


「……今回の標的が支配するミロワルム王国ですが、王族は亡国の姫君以外は殺された……とプリエさんが語っていましたよね……?」


 リベルテは何度か言葉に詰まりながらもそう問いかけた。


 団員たちが頷くのを確認すると、彼女は大きく息を吸って言葉を続けた。


「その姫というのは、私のことなんです……」

「「!!??」」


 先ほど能力の説明でも団員たちは驚いていたものの、リベルテの口から語られた事実に、これまでの比では無いほど部屋中がざわついた。


「私の本当の名前はリベルテ・ミロワルム・セレスタイト。ミロワルム王国一七代目国王の直系の娘です」


 開いた口がふさがらない、といった様子の団員たちにリベルテは言葉を続ける。


「国から亡命した私がどのようにして、この【盟約の朱】に流れ着いたのか……。少し長い話になりますが、聞いていただけますか……?」


 儚くも美しい表情と声音で語りかけるリベルテに、団員たちは沈黙したまま耳を傾けた。

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