第6話 仲間
「っ……」
閃光にやられないよう目を閉じていたリベルテが瞼をそっと持ち上げると、そこは先ほどまでいた薄暗い廃墟では無かった。
二人の目の前に広がるのは、まるで鏡のように美しい真円形の湖であった。
水面は波一つ無い凪の状態を維持しており、清々しいほど淡い青色が広がっている。
その色は真上に広がる空のようなものの色を写しているだけで、本来は無色透明な湖となっているのだ。
『空のようなもの』と称したのも、見上げてみると一見青空が広がっているように思えるのだが、外周から中央にかけて曲線を描くように空が歪曲しているのだ。
つまりこの空間は巨大なドーム型の建造物の内部だと言うことが分かる。
その湖の中央には景観に合った巨大な白亜の宮殿があり、まるで湖の上に浮かんでいるような錯覚に陥ってしまうような光景であった。
「行くぞ」
「は、はいっ!」
その景色をぼーっと眺めていたリベルテに、振り返ったフラムが声をかける。
はっとした彼女はそちらの方向に歩を進めた。
すると一歩を踏み込んだ水面が、リベルテの触れた部分から綺麗な波紋を広げた。
それは勢いを減退させること無く遥か遠くの外縁部分まで広がり、壁にぶつかったところで音も無く収束した。
そんな幻想的な風景の中、中央に聳える白亜の宮殿を目指してゆっくりと歩いて行くフラムとリベルテ。
「お~~い、フーくんにリベちゃ~ん!」
そんな彼らを呼び止める声と共に、足下の水面に連続して波紋が広がった。
それは背後から声をかけてきた人物が水面の上を忙しなく駆けているためであろう。
「リーベちゃんっ!」
「わっ! プリエさん、おかえりなさい」
「ただいま~。二人もお帰り~」
リベルテに後から抱きついた人物は、屈託の無い笑みを浮かべながら二人を労った。
プリエと呼ばれた少女はふわふわとした桃色の髪を頭の高い位置で二つ縛りにしており、身長もリベルテより低く、可愛らしい雰囲気に溢れていた。
彼女の名前はプリエ・コーラル。フラムとリベルテが属する組織の一員で、その中でも非常に希有な能力を持つ少女だ。その能力の特異性から、組織の中でも重宝されている。
「リベちゃんは今日も美人さんだね~☆」
プリエはリベルテに頬ずりしながら心地よさそうに笑い、少しだけ抱き締める力を強めた。
「そんなこと――痛っ……!」
「! リベちゃん怪我してるの?」
リベルテの苦悶の声を聞き逃さなかったプリエは抱擁を解き、彼女の顔を覗き込んだ。
「転移者の抵抗を受けてな。お前に治療を頼もうと思っていたんだ」
「な~る! けどフーくんが付いていながら何で怪我なんてさせるの!」
横から説明を挟み込んだフラムだったが、自分が付いていながらリベルテに怪我を負わせたことを追求され、ほんの少し後退ってしまっていた。
「いや、それは……」
「ふ、フラムさんは何も悪くないんです! 私が勝手な行動を……」
プリエに詰め寄られているフラムへ助け船を出すように、リベルテが横からフォローを入れた。
それによって彼女の意識が彼から外れ、リベルテの方に向けられる。
「リベちゃん、また転移者に情けをかけたの……?」
「ぅ……」
「……はぁ。リベちゃんの優しいところはとっても良いところだけどさぁ~」
今度はリベルテに詰め寄ってきたプリエだったが、反省しているような彼女の反応に毒気を抜かれてため息を吐いた。
「いつかホントに痛い目に遭っちゃうよ……?」
しかし最後に一言だけ付け加えたプリエの瞳には、真剣な光と渦巻くような黒い感情が見て取れた。
「は、はい……」
「反省しているようなのでよろしい。てことで傷見せて~」
リベルテの返事を聞くや、一瞬で普段通りの様子に戻ったプリエは彼女が羽織っている外套に手をかけた。
「あっ待って……!」
「わぁ~お……。えっち……」
容赦なく外套の左右を引っ張って開いたプリエは、水色の下着姿のリベルテの身体を見ていやらしい笑みを浮かべた。
「フラムさんがいるので開けないで……」
「時すでに遅しだよ、リベちゃん。てかフーくんあっち向いてて!」
言われるまでも無いと言った様子のフラムは何の反応もせず、宮殿の方向に身体を反転させた。
「ったく、麗しの乙女の柔肌を見たってのに素っ気ない反応……。フーくん、ホントに男の子か?」
「な、慣れましたので……」
フラムの淡泊な反応を横目に、プリエは頬を膨らませてリベルテに向き直る。
それをフォローするように、リベルテは赤面しながら外套を脱いで肩の傷を見せた。
「顔真っ赤にしてるうちは慣れてないよ」
プリエはリベルテの紅潮した頬を見ながら笑った。
しかしすぐに笑みを収めると、リベルテの肩の傷に右手をかざす。
すると彼女の手首から先に黄緑色の炎が灯り、リベルテの傷にも同色の炎が灯った。
それは炎のようでありながら熱を帯びておらず、むしろ触れていると心地よくなるような不思議な感覚だ。
黄緑色の炎が灯ったリベルテの傷口はたちまち塞がっていき、抉れていたとは思えないほど完璧に治癒され、後には傷跡一つ残らなかった。
「ありがとうございます。プリエさんの力はいつ見てもお見事ですね」
「んもぅ~! リベちゃん可愛すぎか~? こんなに可愛いとウチが襲っちゃうよ~!」
柔らかな笑みを向けられたプリエは瞳の中にハートマークを浮かべながら、リベルテの身体を舐めまわすように眺めていた。
「ほ、本気じゃないですよね……?」
あまりに恍惚とした表情を浮かべるプリエに対して、リベルテは咄嗟に自身の身体を抱く。
「気を付けろリベルテ。そいつは両刀使いだ」
「ぇ……」
背を向けながらも、会話を聞いていたらしいフラムがぼそりと忠告をしてくる。その内容にリベルテは目の前の少女に視線を戻す。
「ふふふ……」
その先でプリエは両手をわきわきさせながらリベルテに近付いてきていた。それに恐怖を感じて彼女はじりじりと後退る。
「……って冗談」
「はぁ……。フラムさんが冗談を言うなんて珍しいですね」
眼前にまで迫ったところでプリエは表情を元に戻して肩を竦める。
リベルテはそれに対して安心したようなため息をついた。
プリエはそんなリベルテに向かって黄緑色の炎が灯った右手で指を鳴らした。
すると彼女の上半身が炎に包まれ、腰あたりに申し訳程度だけ残っていた衣服が完全に再生した。
「ちゃんと場所は弁えるし、相手の同意無しに無理矢理したりしないよ。ウチはラブラブ幸せな感じが好きなので~♡」
「そうですよ……え?」
再生された服を確認しながら頷こうとしたリベルテだったが、プリエの言葉の内容を理解して再び言葉を失った。
「やっと追いつきましたよ、プリエ殿」
その柔らかな男性の声はフラムたちが歩いてきた方向から聞こえた。
そちらに目を向けてみると、蒼い着流し姿で腰に長い刀を佩く青年がこちらに向かってゆったりと歩いてきていた。
その人物の登場によってプリエの話題は流れ、リベルテの心に一抹の不安だけが残された。
現れた青年は藍色の長髪を後頭部で結わえており、前髪は右目を覆い隠している。
そして優し気な語り口調と相まって、彼からは雅さと物腰柔らかな雰囲気が漂っていた。
彼の名前はアヴェルス・アイオライト。プリエと同じく仲間であり、こう見えて組織の中で一、二を争う武闘派だ。
「いやいや、ヴェルさんがマイペース過ぎなだけっしょ~。ウチはちょっと早歩きしただけよ」
「おや、そうですか。それは申し訳ない」
「いいっていいって~。もうヴェルさんのペースは掴めてるから!」
穏やかなアヴェルスと騒々しいプリエ。
あまりにもタイプが違いすぎて、一周回って上手い具合にかみ合っているのが面白い二人だ、とリベルテは小さく微笑んだ。
「そういえばお二人はどちらに?」
リベルテは微笑みを収めた後、(多少の誤差はあれ)二人揃って現れたプリエとアヴェルスに問いかけた。
「次の作戦の下見と情報収集かな☆」
「プリエ殿の話術はいつ見ても巧みです。相手方に取り入り、欲しい情報を引き出す……まるで詐欺師のよう」
「詐欺師言うな? 可愛いプリエちゃんにメロメロになっちゃた殿方が喋ってくれただけだよ~☆」
感情の籠もっていない一言から一転、頬に両手を添えながら猫撫で声でそう語る。
その様子をリベルテは苦笑いで見守っていた。
「それでプリエ。掴んだのか?」
フラムは可愛い子ぶるプリエの演技をスルーして、無表情で問いかける。
対する彼女も芝居をやめて口端を上げた。
「もっちろん、全部げっちゅしたよ☆」
プリエは不敵な笑みを浮かべながら、丸められた羊皮紙を取り出した。
それが今回の作戦を担う要となる情報だと理解したリベルテは息を呑んだ。
「ま、これはアジトに戻ってみんなの前で説明するよ」
取り出した羊皮紙の筒を再び懐にしまい込み、プリエはこの空間の中央に坐す白亜の宮殿に向き直った。
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