髪を切る理由

若槻きいろ

第1話

 君が髪を切る理由を、僕は知っている。


 黄緑の午後のひかり。それが一直線に伸びて、君に落ちた。小さな庭に木製の椅子一つ置いて、世界の中心に君は身を置く。春の陽気と照り返る花の香気でむせかえる、そのあたたかなせかいで君の瞼は震えた。

 僕が君の髪に触れ、片手に握った鋏を入れる。じゃきんじゃきんと金属が劈く。君は擽ったそうに身を震わせた。君の時間が切り取られて地面に落ちていく。腰まであったのに、もう肩口まできていた。

 次は前髪、と指示が出る。僕は垂れ流された髪を掬った。君の額に流れる前髪の向こうで、瞳がぱちりと見開く。風に吹かれて見え隠れする、濃茶の水晶が大きく煌めいた。

「遠慮なんて、いいからね」

 まるで死を委ねるかのような、不思議な安楽さがあった。長い睫毛がゆらゆらと揺れた。僕は息を呑む。

 あぁ、君はいってしまうんだね。君の世界で僕は脇役でしかないから。君の求めるままに、ならなかったこの世界で、君は死を刻むのだ。

 君の瞳が僕をつと見つめた。揺れる、震える。鋏を入れながら、僕はそれを特等席で眺めた。今は春だ。地に横たわった君の残骸は、還って春の一部になる。きっとこれから死ぬ君も、朽ちては芽吹いてまた咲かすのだろう。そこに僕がいれるかは、わからないけれど。

 手に収めた髪は瑞々しく、これから死を待つ物とは思えなかった。それをそっと撫でる。指の先までその感触を染み込ませるように。せめて今この瞬間を、いつまでも覚えていられるように。

 君の瞼が閉じる、その瞬間。じゃきん、と金属音が鳴り響いた。

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髪を切る理由 若槻きいろ @wakatukiiro

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