第8話 食の喜び
シュヴァルエヴァという生き物を、殺してしまった。
獲物を持ち帰るのをどうしようかと考えていると、どこからともなく師匠が現れた。
「お、いいのを獲ったな!」
「師匠、なんでここに! 屋敷で寝てるんじゃないんですか!」
「人聞きが悪いじゃないか。俺にもやることがあるんだぞ~。あと、お前が狩りをしてるのは知ってた。ずっと見てる」
「ええ、どうやって⁉」
ラウルが驚くと師匠がにやりと笑い、肩に鳥のようなものが飛んできた。
赤と黄色の鳥だ、師匠の毛色に似ている。
褒美なのだろうか、小さなキイチゴのようなものを鳥の嘴に近づけるとそれは師匠の手から受け取り、再び飛び去って行った。
「こいつがずっとな。未熟な弟子は外でピンチに陥っても助けを求められんからな」
「うえ~、じゃあ僕が失敗してたのもずっと見てたんですか?」
少しぐらい助けてくれてもいいのにと文句を言うと、師匠はこれも試練だといいながら倒れたシュヴァルエヴァの足を掴んだ。
「まずは血抜きからだな」
「血抜き?」
「おう。そのまんまだ。捕らえたばかりの獲物はそのまま調理するには血が多くてやりにくい。血ばっかりだとまずいしな。それに、抜いておいたほうが軽くなって運ぶのも楽だ」
そういって師匠は易々と獲物を担ぎ上げ。すると死んだと思っていたシュヴァルエヴァが、急に暴れだした。
冷静に獲物に頭突きを喰らわせた師匠は、獲物を木に括り付けた。
「まだ生きてたんだ……」
「甘いな。とどめはちゃんと刺さなきゃだぞ」
「って、今師匠頭突きしてましたよね? 最初にあった時は笑ったくせに!」
少年が文句を言いながら近づくと、師匠はバツが悪そうに笑い、移っちまったかもなと言った。
「さて、これで血を抜くんだ」
師匠が鋭いナイフを取り出したかと思うと、いきなり獲物の首を引き裂いた。
すごい勢いで血が流れていく。
今度こそ、このシュヴァルエヴァは死んだのだろう。
流れゆく血を見て、気持ち悪くなった少年は木の陰で吐いた。
「おい大丈夫か?」
大丈夫と言って戻ると師匠が獲物を地面に降ろしているところが見えた。
「間違えても引きずって持っていこうなんて考えるなよ。体のあちこちが擦れて内出血するから、食べられるところも少なくなる。ちなみにナイフで刺したところからも雑菌が入って、その周りは食えねえから注意な」
「ええ、じゃあもしかしてこの獲物、ほとんど食べれないんじゃ……」
「まあ、そんなこともない。安心しろ」
師匠が手際よく獲物の腹側を一直線に切った。
「今度は吐くなよ」
そういって師匠が先程切った場所を開くと、沢山の内蔵がその中に収まっていた。
「うう……」
血と獣の匂いに胃がむかむかする。
「これを乗り越えなければな。肉にはありつけん」
師匠は丁寧に内臓を切り分けている。どれがどの部位かと教えながら、あっという間にその作業は終わってしまった。
「すごい……」
綺麗に切り分けたものを麻袋に詰めて、内臓は少年が、本体は師匠が持っていくことになった。
そうして、少年の長い一日は終わったのだった。
次の日、いつの間にか寝てしまった少年は食欲をそそる匂いで目が覚める。
「これ、もしかして……」
少年の思った通りだった。調理場に向かうと、師匠が何やら嬉しそうに手元の物をあぶっていた。
「おう、起きたか! 今日はごちそうだぞ!」
「獲物は獲ったもんが食うんじゃないんですか!」
「俺がいなかったら持って帰れなかったことを忘れたのかあ?」
文句を言おうとしたラウルに、師匠が持っていたそれを差し出した。
串に刺さったシュヴァルエヴァの肉。
油が滴るその香ばしい匂いが、少年の胃袋をいやというほど刺激したのだった。
一口、その肉にかぶりついた。
想像していたものよりはるかに獣臭かったが、肉だ。
「肉だぁ……」
少年の目から、涙が零れ落ちる。
「なんだあ、泣いてんのか? うまいもんを食う時は笑顔じゃないといけないんだぞ!」
「獣臭すぎて、おいしくはないですう……」
「はぁ⁉」
面食らう師匠に、少年は笑った。
朝日が差し込む屋敷の調理場に、二人の笑い声だけが響いていた。
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