夢を泳ぐ女2
画面の右上に『配信中』と表示されている。
「あーあー、聞こえてますか?」
第一声を上げる。視聴者のコメントを取得出来るまで、配信者側は凡そ4秒ラグがある。だが私は、配信はV WINDから貸し出されているデスクトップPCから行い、いつも自分が使っているMacBookを横に置き、そちらでリアルタイムにコメントを読む。これで少しでもラグが無くなるはずだ。
『聞こえる!』『きたああああああ』等、コメントが次々流れる。恐らく涼咲カイの配信から移動してきた視聴者も次々と押し寄せ、視聴者数はみるみる増えていき5,000人を超えた。
「あ、どーも。七海ハルです」
あくまで平静を装い、淡々と喋る。配信前までの吐き気を催す緊張は、最高の興奮、アドレナリンへと変換されていた。覚醒状態になり、頭が最高に冴えているのが分かる。鏡を見れば、私の髪の毛は逆立っているのではないか。
「はーい、コメント見えてますよ〜。えっとでは早速、私はトークとか嫌いなので簡単に自己紹介していきます」
私は用意していた画像をクリックし表示させる。『私』の立ち姿の横に、名前や年齢等が書いてる、昔流行っていたプロフィール帳の様にも見える。
「はい、名前は七海(ナナミ)ハルです。年齢は20歳。身長は160cm。趣味は、映画観賞と……六聞ミズホ『先輩』です」
『先輩が趣味!?』『あら^〜』や『先輩のどこが好きなんですか?』『趣味ズリン』等コメントが流れてくる。
「先輩の好きな所? そりゃあ全部ですよ」
そうあっさりと、だがキッパリと答える。
「見た目は勿論ですが、あの可愛らしさ優しさ強さ全てを兼ね備えた声。歌声に存分に活かされていて素晴らし過ぎます。彼女の心は、リスナーを気遣ったり、同期の子達への愛も溢れ、まさに天性のアイドルですよ」
『オタク特有の早口で草』『ガチやん・・』等とコメントされる。だが、これも私が事前に台本へ書いて演じた事。そして視聴者はこういう反応を見せると想定済みだ。ここで再び配信は盛り上がりを迎え、自己紹介コーナーは上々で終わる。
「で、後はファンネームやら配信用のハッシュタグを皆さんと考えたくてですねぇ」
私は次の画像を出す。
「ファンネーム考えてきたんですが、『ハル吉』『ハル推』『ハルハル』どれが良いですか?」
『適当で草』『じいちゃんの名前かな?』『お前のじいちゃんハルハルかよ』等コメントも盛り上がりを見せている。この反応も想定済みだ。
「個人的には〜ハルを推してるが分かり易い『ハル推(はるお)』が良いと思ったんですけどねぇ〜」
と投げかける。
「え? 『ミズリンとの恋路を応援し隊』? 何言ってんですか、私なんかがミズリン先輩とそんな恐れ多い……もうハル推で良いですか?」
と半分呆れ気味な声のトーンでパフォーマンスする。
『もうそれでいいんじゃないかな』『好きにしてくれw』等と視聴者もこちらのノリに乗ってきた。視聴者の扱いも掴めて来た。あぁ、私今最高にVTuberしてる!
いつもの半分死んでいる様な人間とは思えない程、饒舌に喋り、コメントを拾いながらトークを繰り広げている。この前、古谷さんとカフェに行った時に感じたコミュニケーション能力の欠如に嘆いていたのは何だったのか。ふと、そういえば今日古谷さんがバイトを休んでいたことを思い出す。一瞬、私は『七海ハル』から『那賀見優』へ戻ってしまった。
あっという間に50分以上喋り倒し、ファンネーム等決めようと思っていた事も大体まとまったので、次の配信へバトンを渡す準備をする。
「はい、じゃあこんな感じであまりぱっとしない私ですが、これからよろしくお願い致します」
PCの前で軽くお辞儀をする。私のアバターも画面内で若干頭を下げお辞儀をしている。
『めっちゃ好きなキャラだわ、推す』『8888888888888888』『がんばれー!』等コメントが流れていく。
「ありがとうございます。それでは、この後21時からは2期生デビューリレーのラストを飾る『荒巻ユイ』ちゃんの配信です。とっととこんな配信閉じて、ユイちゃんの配信ページへ飛んで下さいね。私も観ます」
『とことん卑下してて草』『姫サーのオタ』『ただの一般V WINDオタク』『わかりました!』
「それでは、ありがとうございました〜〜〜」
マイクを切り、配信画面をエンドカードの画像へ切り替え、BGMのワンフレーズが終わる所に合わせて配信を終了した。
終わった――。気付けば汗だくだ。息も荒い。脳内麻薬が大量に分泌され、完全にハイになっている。
「うわあ〜〜〜」
と、声とも吐息とも分からないものを鳴らせながら、床に転がる。やった。遂にやっちまったぞ。
iPhoneを手に取り、Twitterを開く。自分の個人アカウントの方から初のエゴサーチという物をしてみる。さっきの配信の中で決めた、私の生配信用ハッシュタグ『#見ハル』で検索する。これは『ななみハル』の真ん中部分を切り取り、文字ったものだ。
大量のツイートが検索結果に現れる。
『ママ(キャラクターデザイン)RHO先生か! 道理で俺の性癖に刺さる訳だ』『ダウナー系な声すこ』『めっちゃかわいかった。今までに居ないキャラ』『ミズリンとのコラボ楽しみ〜』等、好意的な意見が多数を占めている。今私はひどく醜いニヤけ顔をしていると思う。
ハッと身体を起こし、次の荒巻ユイのデビュー配信を観にいく。
MacBookで開いていた七海ハルでログインしているTwitterから、荒巻ユイのプロフィールを開き、配信ページのURLをクリックする。画面下に『荒巻ユイの配信を待っています』とシステムメッセージが表示されている。
その間にまたTwitterに戻り、感謝のツイートを送る。
『初配信、観てくださりありがとうございました。緊張で吐きそうでしたがなんとか致命傷で済みました』
と、またオタクっぽい文面でツイートしておく。それと、荒巻ユイの初配信の予告ツイートもRTしておく。脇に置いてあったハイネケンを一気に飲み干す。ぬるい。が、久々にこんな長時間喋った。配信中は気づかなかったが、かなり喉が渇いている。当然だ。こうなったら初配信、初戦勝利の美酒に酔おう。私はもう1缶冷蔵庫から取り出し、PCの前に戻った。丁度21時となり、荒巻ユイの配信が始まった。
音楽が鳴り、『準備中!』と書かれた蓋絵が表示される。
不意に画面は切り替わり、荒巻ユイのアバターが表示される。
『え、あっ。……始まってる? 固まってるな……あーあー聞こえていますでしょうか……?』
え、放送事故? それとも私の様に『計算して』やっているのか? 画面内で彼女のアバターがキョロキョロと辺りを見て、あからさまに慌てている。
『あ、コメント来た……。あ、どうも先輩、じゃなくてみなさん、始めました! あ、違う初めまして!』
なんだコイツ、狙ってるとしたらあざとすぎるだろ。そんな事を思いつつも、私はTwitterを開き『かっっっっわ #荒巻ユイ』とハッシュタグを付けてツイートする。
ちなみに私の前の涼咲カイの配信時にも『イケボすぎて草』とツイートしていた。一応ちゃんと同期の配信を観ているというアピールだ。
だがどうも気になる。そのあざとさ、も関係あるかもしれないが、どこかで聞き覚えのある声。その時、私のDiscodeに1件メッセージが来ている事に気付いた。
荒巻ユイからの個人チャットだ。40分前に来ていた。
『先輩ですよね?』
その一言で私は一気に正気に戻り、脳内は真っ白になった。
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