夢を泳ぐ女3
荒巻ユイから来たメッセージを読み、私は動揺していた。
彼女はペースを取り戻し、初配信をなんとか行っていた。彼女の声、そして『先輩ですよね?』の一文で完全に解った。彼女の中の人は『古谷あかり』。私のバイト先の後輩だ。
『どう対処するのが最適解か?』思考を巡らせる。あたふたと進行している彼女の配信など観ている余裕はない。
『先輩』というワード、私を『那賀見優』だと断定して送ってきた筈だ。だがしかし、私と彼女が『荒巻ユイ』と『七海ハル』の演者として、直接対面した事は未だ無い。いつか訪れるだろうが……。だが今なら、那賀見優と『たまたま』声が似ている人間が同じVTuberグループに居ると思わせる事はできる筈だ。
『?』これだけ返信すれば……いや、図星で私がはぐらかしている様に見える。いや、何を返してもそう見えてしまうかもしれないが。『同期だよ?』いや、『送る人間違えてない?』……私宛ての新規のメッセージだ。わざわざ私のプロフィールを選択し、メッセージを作成する操作からしているのだ。そんな訳ない。クソッ、全然何て返したら良いのか分からない。既読スルー? いやいやいや、それこそ肯定しているような物だ。ここにきてコミュ障である事を露呈するとは……せめて彼女の配信が終わる迄には返さなければ。
同時刻、同じくDiscode上で3人が通話していた。『V WIND1期生』と呼ばれる様になった彼女らである。
『荒巻ちゃんかわいいね〜。あざとい系? 後輩系キャラ?』
一ノ瀬マリーを演じている上磯真紀が真面目なトーンで云う。
『あざといねぇ〜オタク君は好きだろうねこういう子w』
三葉ピースを演じる久根別莉子は、少し笑いながら答える。
『ミズホちゃんとキャラ被るんじゃない?』
続けて莉子が云う。
「……」
私、六聞ミズホを演じて居る木古内葉子はじっと配信を観ていた。
『も〜ピーちゃんそういう言い方は無いでしょ』
私たちは大抵演じているキャラの名前で呼び合っていた。むしろ本名なんてこの『仕事』の間に必要無いのだ。ピースは『ピーちゃん』と呼ばれる事を未だに快く思っていない事も知っている。
「どうだろう、“気が合う後輩ちゃん”として仲良くやれないかな」
『ミズリンは余裕だな』
「ピーちゃんこそ、涼咲ちゃんにカッコイイキャラ取られんじゃないの?」
私がチクリと言い返す。
『だよなァ〜〜。涼咲ちゃんのほうがめっちゃ“あぁ、お姉さま!”って感じでクッソかっこよかったもんなぁ〜〜〜』
『めっちゃ効いてるじゃんw』
すかさずマリーもピースを煽る。
『マリーうっざ! てかマジでどうしよぉ〜〜……』
意外とピースはショックを受けて居る様だ。
「あの七海ハルちゃんは……何キャラなんだろう」
『あのオタクちゃんねぇ。彼女は……なんなんだろうね』
『よくわからん。というかナチュラルにオタクちゃん呼びは草』
私のファンを公言していたけど、彼女は本当にただのオタク、1ファンがたまたま紛れ込んで来た様な、そんな感じだ。よく掴めない。矢崎さんは何故彼女を選んだのだろうか。
そんなつまらない女同士の『後輩』達へ対する悪評会はだらだら続き、荒巻ユイの配信終了と同時に解散した。
私はTwitterを開き2期生の子達への反応を少し検索してみる。もちろん好意的な意見も沢山あり、私たちを応援してきてくれていた人たちも2期生の子達を歓迎している様だった。だがここで役に立つのは批判的な内容だ。私も1年『六聞ミズホ』として活動し学んだ数少ない事だ。万人から好かれる事は不可能だ。だが、批判を挙げてくれている人の意見を見て、何が足りていないのか、何が好まれているのかを学ぶ事は出来る。
『涼咲カイ』は、あの落ち着きのあるトーンと声で、初配信にして『姉御』という愛称と地位を手に入れた。反面、アイドル的な子を求めて居る人にはあまり好かれていない。またバンドで活動していた事や、ギター・ベースも出来るなど公言した事で、演者を探し当てる行為、通称『特定』をしたがる人間に餌を与えただろう。
『荒巻ユイ』に関しては、あの天然なのか狙って居るのか未だ分からない、落ち着きの無いドジっ子アピールがウケている。反面そういうあざとさが嫌いな人間には嫌われている。また独特な語尾を伸ばす話し方が鼻についている人間も居る様だ。
『七海ハル』に関しては……本当になんなんだあのオタク女。肯定している人間からも、否定している人間からも『ただのオタク』という評価。批判という批判も……あの気怠そうに淡々と喋る話し方を『狙ってやっている』感が気持ち悪いと噛み付いている人間も居たが、私が思うに多分アレは『演じていない』声だ。彼女は恐らく微塵も『演じよう』等と考えていない。『演じる』事は、私にとっては仕事、義務だと思っていたのに。どこか嫉妬の様な、怒りの様な感情が彼女に向けられた。
古谷あかりはなんとか初配信を終え、一息ついていた。最初、PC側が固まったのかYouTube側の応答が無かったのか、開始出来たのかが分からず滅茶苦茶慌ててしまった。だがなんとか乗り切った。Twitterを見ると七海ハルが『かっっっっわ #荒巻ユイ』とツイートしていたのが見えた。彼女は、那賀見さんじゃないのか? そういえば配信前にDiscodeで単刀直入に聞いてしまっていたのを思い出す。メッセージを開くと、返信が来ていた。
『えぇ!? 先輩じゃないよ〜! ユイちゃんとは同期で居させて欲しいなぁ……』
『最初の方、配信ダイジョウブだった?』
那賀見さんがこんな風にメッセージをくれるだろうか? 絵文字も文末に付けて。
まぁそもそも那賀見先輩のLINEすら聞いてないし、どんなやりとりしてくれるのかも分からないのだけれど。七海ハルちゃんの声を聞いたとき、私は先輩の声だと信じて疑わなかった。が、マイクを通し配信されている声だ。それに似た様な声質の人なんて幾らでも居るだろう。たまたま、私の好きだった人に声が似ていた。それだけの事なのだ。私はスラスラとDiscodeへメッセージを打ち込む。
『あ、すいません、配信前で慌ててハルさんに間違って送っちゃってました、スイマセン! 2期生同士、がんばりましょー!』
『最初PCかYouTubeのどっちか応答がなくて、開始出来てるのか分からなくてパニクっちゃいました……。でもなんとか出来てよかったです』
泣いている絵文字も付けて送る。するとすぐに返信が来た。
『ならよかった! というか同期なんだからタメ口でいこうよ!』
うわぁ、那賀見さんなら絶対言わなそう。そんな事を想いながら『わかった! ハルちゃんヨロシク!』と返信した。
2月に入り、未だ厳しい寒さが続く。今日も私は同じ様に……とはいかず、昨晩は初雪が降った所為で自転車に乗れないので、歩いてバイトへ向かう。今日もまた土曜日の出勤だ。別に何曜日だろうと良いのだけれど、VTuberとして活動し始め、曜日感覚が戻ってきた。しかも今夜はついに1期生、2期生全員でコラボする配信があるので、私はどことなく上機嫌だった。ついにミズホちゃん、今となっては『ミズホ先輩』と一緒に配信が出来る。そう考えるだけで私は口角が上がるのを抑えきれない。今回のコラボ配信にあたり、Discodeで何度か個人メッセージでやりとりをやったが、変な汗が止まらなかった。
地面の半分凍った雪をざくざくと踏み鳴らしながら私は歩く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます