明日を夢見た女2
そそくさと家に戻り、MacBookの電源を入れる。いつものようにChromeを立ち上げる。いつも真っ先に開くYouTubeとTwitterは後回しにGmailを最初に開く。
新着メールが1件。
『件名:V WIND2期生オーディション 選考結果のお知らせ』
来た! 胸が高鳴る。こんなに高揚するのはいつぶり、何年ぶりだろうか。……いや落ち着け、どうせ落選通知だろう。いやいや、わざわざ落選通知って送ってくるのか? そんな思考が混線している間に、私の右人差し指はメールをクリックして開いていた。
『――書類選考の結果、2次選考として面談をさせて頂きたいと思います。つきましては――』
嘘でしょ……? 1次選考を通った……?
思わず笑いが出る。あの人気VTuber3人を抱えるV WINDが、私のあんな動画を見て1次審査を通すなんて! 私は天にも昇る思いだった。
ああ嬉しい!
本当に、こんな素直に嬉しいと思えたのはいつぶりだ。笑いの次は涙が出そうになる。
誰かに教えたい、と思ったが私にはそんなVTuberの話題を出来る間柄の人間なんて周りに居なかった。そこで平常心に引き戻された。
そうだ、1次なんて応募した人のほとんどが受かっているに違いない。私の様なオタク女は、2次の面談で落とされるに決まっている。
急に虚しくなってきた。
一応メールを最後まで目を通し、一旦PCから離れる。
キッチンに立ち、両手鍋にまだ1/3程残っているカレーを見て、もう食えないだろうな、と思いながら冷凍のパスタを電子レンジへ突っ込み、解凍を始めた。
ハハ、最高のクリスマスプレゼントだ。
映画みたいなセリフを脳裏に浮かべる。冷蔵庫からハイネケンを取り出し、一人で乾杯する。乾いた喉に沁みる。
体にバレエのターンの様な動きをさせながらちゃぶ台の上のPCに舞い戻り、メールを手早く返信する。
『いつでも大丈夫です』
2020年1月3日。金曜日。気持ちの良い青空が広がっている。私は家からマウンテンバイクを駆り、渋谷を目指していた。
V WINDを運営している『ウィンド株式会社』の入っているオフィスビルを目指し。
家から渋谷へは自転車で20分もあれば着く。東京は狭い。私が上京してきてから分かった、ほんとうに狭い。自転車さえあればどこへだって行ける。
ハンドルに付けているiPhoneのマップをたまに見ながら進む。5年も住んで居れば渋谷へだって何度も来た事がある。だが今日は買い物ではなくオフィスビル街だ。初めて行く場所は少し楽しい。いつもと違う事が嬉しい。
そうこうしている内に、あっという間にビル付近まで着いてしまった。前日近所の駐輪場の場所もチェックしておいたので、歩道に設けられている駐輪場へ愛車を預け、いよいよビルまで歩き出す。
ビルを入り受付の女性にウィンド株式会社の『オクヤマ』さんと会う予定になっている事を伝える。少々お待ち下さいと云われたので、ロビーのソファへ腰掛けた。おっきなビルだなぁと周りを見渡しているとすぐにエレベーターホールの方から女性が現れた。
「お待たせしました、那賀見さん、ですか?」
「は、はいっ」
慌ててソファを立ち一礼する。
「V WINDのマネージャーをしています、奥山優子(オクヤマ ユウコ)です。案内しますね〜」
「よろしくお願いいたしますッ」
思わず声が上擦る。そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ〜、と奥山さんは言うがそんなの無理だ。
どうやってここまで来たのか等、どうでも良い世間話をしながらエレベーターに乗り12階を目指す。
奥山さんはショートヘアがよく似合う、『デキる女』感もありながら接しやすい柔らかい印象を受ける人だった。
エレベーターを降りると、目の前にウィンド株式会社の屋号が掲げられており、その奥はワンフロアが全て天井から吊るされたパーテーションで仕切られており、よくアメリカ映画で見る証券会社等のオフィスをイメージさせた。
こちらでお待ちください。と招かれパーテーションとブラインドで遮られた一室……と言って良いのか、その部屋へ通され、椅子に座って待った。奥山さんがもう一度入ってきて、紙コップに入った水も出してくれた。
私はそわそわしながらまた辺りを見る。部屋の隅には折り畳みの椅子と机が重ねられており、普段は会議室として使っているようだった。てっきり何人も1次選考を通過した人で溢れているものと思っていたので、逆に落ち着かない。
数分後、一人の男性と共に奥山さんも続いて戻ってきた。
「初めまして。ウィンドの代表と、V WINDのプロデュースもやっている矢崎竜(ヤザキ リョウ)です」
「初めまして、那賀見優です!」
椅子から立ち上がり自己紹介をする。ウィンドの公式Webサイトに載っていた人だ。2人が椅子に座り、私もまた腰を下ろす。
「奥山さんとは挨拶したかな?」
「あ、ハイ」
「ウチには敏腕マネージャーが居て助かるよ、僕は特にする事がなくて」
「いやいや、プロデューサーの仕事はちゃんと残してますから」
などと二人とも談笑モードだ。
「緊張してる?」
単刀直入に矢崎さんが聞いてくる。それは……と口籠って答える。
「ま、面談なんて大層なものだと思わず、腹を割って話そう」
「え、あぁはい……」
「別に話しにくかったら敬語じゃなくてもいいからね」
わかりました、と答えると続けて矢崎さんが話出す。
「知っての通り、うちはバーチャルYouTuberの事務所としてそこそこの地位を築きつつある。何千人と大量発生したVTuberの中では有難い事にね」
そんな虫みたいに……と思わず声に出したか出してないか位の声量で言う。
「今、なんて言った?」
鋭く矢崎が刺す。
「え、そんな虫みたいに、と……」
「さっきも言ったけど、ほんと話の腰を折っても良いからどんどん話そう! 君の事が知りたいんだ、いいね?」
「わかっ、た」
とタメ口で返してみる。矢崎はニッコリと笑う。
「ま、そんな虫の大量発生みたいに言っちゃったけど事実だ。この2年であっという間に国内外で爆発的に需要を見つけ、俺にも儲けさせろといろんな大人が首を突っ込んでいる」
「ウィンドも、元はアプリゲームとか作ってる会社ですもんね?」
「お、よく調べてきてるねぇ。その通り、僕も首を突っ込んだ内の一人だ。でだ、V WINDは新しい風を求めている。社名のWINDも、常に新しい風を呼び込み・呼び起こせる会社にしたくて付けたんだ」
へえ〜と間抜けな相槌をうつ。
「どちらかというと、V WINDのタレント達はアイドル路線というか、清純派というか……六聞くんのファンなら知ってるよね?」
「まぁ……」
「こう言っちゃなんだが、ありきたりだ。じゃあ今から彼女らを演技指導して、キャラを変えて……なんてやってもロクな事にならないだろうしね」
「ミズホちゃんは、今のままが一番いいと、思います……」
「だね。だから君が欲しい」
サラっと、まるで告白された様だった。なんて直球なんだこの人は。私が硬直していても彼は話を続ける。
「君がかなり自己評価の低い人間というのは、あの5分弱の動画でよく分かった。だが公平な目で見た自己分析だとも思ってるよ。そして六聞くんへの愛。僕らが君にアバターを着させる。そしたら化学反応を起こして、君はV WINDの風になってくれるかな?」
静寂。
「私はすっかりあなたの言葉に乗せられていると自覚しています。でも、私はミズホちゃんの横に立ちたい」
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