今日を寝る女3
『V WIND2期生オーディション開催! 詳細はこちらから!』
そう書かれたツイートを開き、添付されていたURLをクリックする。
Webページが開かれ、V WINDの公式ページに飛ぶ。そういえば公式サイトって初めて開いた。
『アナタの特技を生かして、VTuberとしてデビュー!』
『次のスターはアナタ!?』
等とありきたりな謳い文句が派手で大きなフォントで並べられている。
何となく応募ページも見てみる。
氏名・年齢・住所等の個人情報、それに特技、VTuberになってやりたい事、今までの配信履歴、集客数などを書かなければならないらしい。
そういう事も聞かれるのか。と、若干の嫌悪感に似た物を感じた。そして一番最後にファイルを添付する項目がある。
『5分前後の動画で、自己紹介や特技をPRしてください。(声のみでも問題ありません)』
と書かれてある。声のみでもOK。VTuberだし、本人の顔は関係ないよな。
へぇ〜と思いながら、一通り応募ページを見た。
……いや、応募する気は更々無いけど。私はROM専だ。彼女達の様に人前で輝くタイプの人間じゃない。
どうせ私なんて……。私の自己評価の一言目には『私なんて』の卑下の言葉で始まる。
だって仕方ない。私はこれまで『何か目標の為に努力する』『何かを成し遂げる』という成功体験が無いのだ。そもそもそういう体験をしようとも思ってない。自堕落。毎日時間が過ぎ去っていくのを見ているだけだ。
だが一般人もそうじゃないのか? バイトではなく正社員で、コンビニではなく大きなビルに入っている会社に毎日通勤する。それだけの違いじゃないのか?
彼らだって別に……多くは仕事が楽しくて堪らない、仕事に人生を捧げている! なんて思ってもいないだろう。早く定時になって飲みに行きたい、家に帰って映画観たい、子供と遊びたい、遊びに行きたい、とかそういう……。
あ、私、バイト終わってからしたい事とか何にもないや……。
ハイネケンを少し飲んだ所為か、脳内で一人饒舌に喋っていたが、周囲の『普通』の人とすら違うと分かってしまった。再認識してしまった。
バイト終わって楽しみにしてる事? そんなの……ミズホちゃんの配信を見る事? それ位しか無いや。
なんだか馬鹿らしくなり、CommandキーとWキーを同時押しして、Webページを閉じようとした。
一瞬の間。
私は、その応募ページをブックマークに追加し、画面を閉じた。
YouTubeは開いたままで、延々とランダムで音楽が流れている。知らないロックバンドの曲が終わり、次に六聞ミズホの歌が流れ始めた。ボーカロイド曲のカバー動画だ。私もこの曲が好き。ミズホちゃんの歌声が好き。ミズホちゃんが好き。
向ける矛先の無い感情のまま、ベットに倒れ込んだ。低く鳴く無機質なエアコンの駆動音と、彼女の歌声だけが室内を埋め、まどろみの中へ落ちていった。
ゆっくりと目を開けた。身体を這わせ、真っ暗な室内のちゃぶ台の上で未だ音楽を流し続けているMacBookを覗く。知らない、興味のないVTuberが歌っている曲が流れていた。スペースキーを押し、動画を止めた。
時計は22時を回っていた。エアコンを点けっぱなしで寝た所為か、喉がイガイガする。しまった、飲みかけのハイネケンが完全にぬるくなっている。
気怠い身体を起こし、目を擦る。バイトから帰ってきた時の格好のままだ。汚い。
ベッド横に脱ぎ捨てられたスニーカーを避け、赤いスリッパを履く。
ちゃぶ台の上のハイネケンを手に取り、流しに捨てる。まだ半分くらい残っていた。
変な時間に起きてしまった。いっその事、朝まで目覚めなければ良かったのに。
ふらふらと廊下を歩き、給湯器のスイッチを入れシャワーからお湯を出す。その間に、タオルと替えの下着をクローゼットの中の引き出しから取り出し、風呂場の前へ置く。服を脱ぎ、洗濯機に投げ、下着は洗濯ネットに放り込む。シャワーからは熱いお湯が流れ出ていた。
浴槽の中でシャワーを頭から浴びる。降りかかるお湯を口で受け止め、少しうがいし吐き出す。口内の渇きが気持ち悪かった。
『V WIND2期生、アレに応募しよう』
心の中で声がした。いやいや何を考えているんだ、受かるはずがない。そんな勝てぬ戦にわざわざ首を突っ込む必要がどこに。V WINDの採用担当の人間に『23歳のバイト女が必死だな』と鼻で笑われて終わりだ。
だが、そわそわして落ち着かない。浮き足立っている、と表現するべきか? 何か行動がしたくて身体は動こうとしている。
私がYouTubeでフリートークや、ゲーム配信したり、更にはステージ上で歌ったり……。
それに対してリスナー達からコメントやスーパーチャットを貰ったり……。
VTuberとして働いて、お金も稼げたらどれだけ嬉しいだろう、楽しいだろう。今の私はさながら、小学生がアイドルになりたいと漠然と『夢』を叫んでいるのと一緒だ。
『夢は見るものじゃない、叶えるもの』なんて云うが、一体どれだけの人間が実現出来たのだろう?
だが、夢を叶える為の切符は片手に握らされている。それを使うか使わないかは自分次第だ。
自己PRなんて何を話せば良いのだろう。そう思い立ちシャワーを出てから髪も乾かさずMacBookに向かった。メモ帳を開き新しいメモを作る。
タイトルは『那賀見 優』。
まず5分間も台本無しに話せる訳が無い。とりあえず自分の事を書き出していく。『私なんて』という決まり文句はこの際捨てておこう。
「ナガミ ユウ、23歳。現在アルバイト生活……。学生時代は……」
私は何をやっていたのだろうか。小声でボソボソと呟きながら記憶を掘り起こしていく。
「違うな。高校の時は演劇部に所属しており、大学に上がってからは、映画研究会に……うーん。演劇部は、友人に誘われ、半分無理やりに入らされて……」
高校入学したての頃を思い出す。鼻の奥に校舎特有の埃っぽい匂いがツンと蘇った気がした。同時に大学時代の嫌な思い出も少し脳裏を過ぎる。
「……特技は」
こう自分の事を伝えるのが、ひけらかす様で本当に苦手だ。
「小学生の頃に習っていた習字と水泳。演劇部や映研のお陰で増えた映画知識……。映研で少しかじった動画編集技術……」
正直これらを『特技』と胸を張って言える程だとは微塵も思えないが、とりあえず羅列していく。
後なにを言えばいいんだろう。応募ページに書いてあった『VTuberになってやりたい事』を思い出す。
「VTuberになってやりたい事は……」
そこからブツブツと自問自答を繰り返しながら、日が昇るまで自分と向き合いアイデアを書き出していった。
「ん〜〜〜ッ」
身体を伸ばし、後ろのベッドへ体重を預ける。この『台本』を読み上げるだけでは、2分弱しかない。5分前後という動画の制約はあるが、余りにも短すぎないだろうか? アピールが足りない気がする……。
歌、でも歌うか……。台本を書きながら応募ページも何度も見ていたが、特技の欄の記入例として『歌、イラスト、3Dモデリング等』と書いてあった。
カラオケ、行くか。今は何かが体を突き動かす。すぐに支度を整え、近所の24時間営業しているカラオケ店に自転車を飛ばした。朝7時前に。
カラオケなんて何年ぶりだ。しかも人生初一人カラオケ、ヒトカラ。
まず最初に、店員さんが運んできた暖かい紅茶を飲み、喉を少し潤す。
「あー、あーー!」
と訳もなく大きめの声を出す。大きな声の出し方を忘れていたような気がしたから。
何を歌おう……。ぱっと思い浮かんだのは、ミズホちゃんが新しくYouTubeにアップしていたボーカロイド曲だろうか。可愛らしい声に合う、可愛い歌。
自分がそれを歌うと思うと少し鳥肌が立つ。が、何となく選曲してしまった。
その瞬間爆音でカラオケ音源が鳴り響き、すぐに音量を下げる。
「う、うるさ……。あー、あー」
イントロが流れている間、声を出してみてマイクの音量も少し下げた。
曲が始まる。が、入るタイミングが一瞬ずれ、舌が絡まる。呂律がまわらない。こんなに滑舌悪かったのか。キーも違う。もっと私は低い……いや、高いのか? サビが来る。声が裏返る。やっぱりキーが高すぎた……。
そこで私は演奏停止ボタンを押した。
カラオケって、歌を歌うのって、こんなに難しい事だったか? あまりの自分の下手さに驚く。
「もっとこう……可愛い系じゃなくて……」
自分にガッカリしながら、最近歌われた履歴ページを眺める。
あ、これ懐かしい。アニメのオープニングだった曲だ。なんだかこの歌で叫びたい気分だ。
私はiPhoneのボイスメモの録画ボタンを押し、その曲を選択した。
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