今日を寝る女2

 一通り店の入り口周りを掃き終わり、周囲を見渡す。この店は環状線の大通りから一つ外れた旧道にあり、5台普通車が停められるスペースがある。店の表の端にある円筒状の灰皿から、一服し終わった会社員が離れていく。灰皿から白いタバコの空箱が飛び出している事に気付く。

全く……吸い殻以外のものを突っ込むんじゃないよ……。

来年から受動喫煙防止条例やら何やらの関係で、こういう灰皿は撤去され、飲食店の店内でもほぼ禁煙になるらしい。別に喫煙者が嫌いだとかは思った事はない。1つ作業が減るな、とも思ったが来年もここで働いているのだろうか、とも少し思い自己嫌悪した。当の喫煙者たちは大変だなぁ、と漠然とした当てのない感想を抱く。

その空箱を引き抜き、店内のゴミ箱に捨てようと思い近づく。が、恐らく昨日の遅番の人間が灰皿を清掃しておらず、吸い殻で満杯になっていた。

「全く……」

次は思わず小声が漏れる。

別に灰皿の掃除が嫌な訳ではない。まぁあの臭いは決して良い物とは思えないけれど、店外清掃の言葉を借り、まだ店内に戻らず接客せずに済む。

だが、決められた事を誰かがやっていない、その尻拭いを私がやるのが嫌だ。

そんな事を考えつつも、私は店内に戻った。結局私は接客を避ける口実に使おうとしている。

 スタッフルームに戻り、箒とちりとりを掃除用具入れに戻し、ゴミ袋とゴム手袋を取り出す。

「店長ー。また深夜の人灰皿清掃してませんでしたよー」

「ほんとかぁ」

店長はラップトップPCに向かい、本社へ提出する為の物であろう売上などを表計算ソフトへ打ち込んでいた。

「ちゃんと言っといてくださいねー」

「おう、ごめんなぁ」

私は平坦な言葉を投げかけ、再び外に戻る。

店内はいつもより混んでいなかった。


「休憩入りまーす」

店長にそう伝え、昼休憩に入る。

制服を脱ぎ、ダウンジャケットを羽織る。13時を回ったが外は朝の晴れの天気から一転、ずっと曇り空続きで寒い。勝手口から外出し、iPhoneに付属しているApple純正のイヤホンを耳に挿す。

この辺りは駅に近い事もあり、フードチェーン店には恵まれている。

なんとなく今日の気分はバーガーだ。そう思い、駅の東口にあるバーガーキングへ足を伸ばした。

7分ほど歩き店に着く。なんだか人が多い。が、列に並ぶ。スマホのアプリを立ち上げ、何か割引クーポンでも無いかと見るが、何も配布されていなかった。

 ワッパーJr.のセットを頼み、2階の窓際のカウンター席の一番奥を陣取る。

イヤホンからは、相変わらずミズホちゃんの歌声が流れている。気付けば私はミズホちゃん漬けの日々だ。こういうのを依存というのだろうか。フライドポテトを口に放り込みながら窓の外をぼけーと眺める。人通りが多い気がする。

何気なくカレンダーのアプリを立ち上げた。今日は12月21日。何の予定も入っていない真っ白な12月。2019年ももうすぐ終わり。

あ、今日土曜日だったのか……。

道理で今朝のお客さんは少なく、ここは混んでいる訳だ。よく見れば家族連れやカップルが目立つじゃないか。

まばらなバイトのシフトが生活の基準になっており、もはや曜日感覚が薄れている。

船乗りの様に、毎週金曜はカレーにでもしてやろうか。いや、多分来週の金曜には忘れているだろうな。

15分程でバーガーを平らげ、そそくさと店に戻った。あと3時間、がんばれば今日はお仕舞い。

残りの休憩時間は、スタッフルームの机に突っ伏して軽く睡眠を取った。


 それから17時まで、あまり人の来ない時間帯をゆったり商品整理やレジ打ちで過ごし、あとは仕事を引き継いで今日の仕事を終えた。

帰りに近所のスーパーに寄り、カレーを作る具材一式を購入した。何となく昼にカレーの事を考えていたら食べたくなった。

409の部屋の鍵を開け、玄関マットで靴底を軽く擦らせ廊下へ上がる。

別に海外の暮らしに憧れている訳でもないけれど、家の中を土足で普通にあがる生活になっていた。いつだったか、学生の時に靴を脱ぐ事すら面倒臭くてそのまま家に上がった日があった。多分それから癖になっていた。わざわざ玄関マットを買い足すくらいには。

小さなシンクの流しで、手を石鹸で洗い、うがいをする。

まだ18時。お腹は空いていないが、カレーだけでも仕込んでおこう。

タマネギとにんじん、じゃがいもを適当に切り、牛脂を敷いた鍋に放り込んでいく。牛肉の細切れも適当に一口サイズに切って入れる。

全体に火が通ったタイミングで、水を入れる。そこにハインツのケチャップ、すりおろしたにんにくと生姜も入れる。

弱火でコトコト具材達を煮込みながら、冷蔵庫をあけハイネケンの缶を取り出す。カシュッと心地よい音が響く。一口飲み、ぷは、と息を出す。キッチンで料理しながらお酒を飲むのって、なんかかっこいい気がする。何かの映画でブラッド・ピットがやっていた気がする。いや、洋画ではよく観るシーンか?

菜箸でにんじんをつつき、柔らかくなったのを確認してカレールウを入れる。ルウはいつものバーモントの甘口だ。味を見てみる。うん、いつもの味だ。

これで完成。ご飯は冷凍してあるのがまだあるからそれを使おう。

ハイネケンを持ってリビングへ向かう。白い壁に囲まれ、右側にベッド、部屋の真ん中にちゃぶ台と座椅子。左側の壁には3段ボックスを横にして本棚にしている物が2つ。本といっても、参考書や昔資料的に買った小説が乱雑に置かれているだけ。床は赤にクリームや黒色で彩られたよく分からない柄のニトリ製のラグ。黒い遮光カーテンは開けっぱなし。

なんて質素な部屋なんだろうと自分でも思う。太陽はもうほぼ沈み、西の空が若干まだ赤い。西向きの角部屋、ベランダ付きというのがこの部屋の気に入ってるポイントだ。

 なんとなくベランダに出て、手すりに肘を置きながらまたハイネケンを一口飲む。

……なんだか自分に酔ってるみたいでキモいな。そっと肘を下ろし、また一口飲む。寒い。

なんだか無性に泣きたくなってきた。赤い空がやけに感傷的にさせる。私はここで5年も何をしていたんだ。

本当に涙が溢れ落ちそうになって考えるのを辞めた。

部屋の中に戻り、エアコンの暖房を起動させる。

MacBookを開き、ログインする。とりあえずでいつもTwitterとYouTubeを真っ先に開いてしまう。

YouTubeのトップ画面に表示されている自動生成された音楽のリストをクリックし再生する。この前たまたま再生してしまったどこか海外のロックバンドだ。さほど興味もないけれど、今はミズホちゃんの歌声を聴く気分ではなかった。

次にTwitterを見る。俗に言う私はROM専、他人のツイートを見る専門だ。

自分の意見とか愚痴とか、呟きたい事も無いし。でも今は、無性に何かを言いたかった。

……『私は何をしているんだろう』

そう入力し、ツイートした。フォロワーなんて50人程度。ほとんどのフォロワーは、私の好きな六聞ミズホちゃんが所属するVTuber事務所『V WIND』のファン達が勝手にフォローしているだけだと思う。

一応フォローしてくれたお礼的にフォローバックはするけれど、他人のツイートを見ていると気が滅入るので、結構な人数をミュートにしてしまっている。

だから誰も私のツイートなんて見向きもしないだろう。

ミズホちゃんのアカウントのツイートを遡りながら見ていく。今日の配信は20時から。何かゲームをするみたい。

そして一つ、V WIND公式アカウントのツイートをRTしていた。


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