その27 否独

「強さの意味をはき違えたなあ。その義手の強さは、真壁クンの強さの種類とは別物やった。それじゃあ俺は倒せんで」


 切り札だった「左腕」を持ってしても、カラスの前では無力だった。


「ほっそい『左腕』とやらは最後にこう言うとったで?『いやいや、あんた、僕なんて使わん方が強いやろ』ってね」


 カラスは突き破った外壁から腕を引き抜くのに難儀しているようで、優作ほどではないにしろ消耗しているようだった。


「優作っ!」


 麻琴の声がする方を向くと麻琴、綾乃、ソフィア、桜子が体育館の入り口からこちらを見ていた。

 今、「声の方を向く」動作ができて、はっとした。「左腕」破壊され、肉体の支配が解放されたのだと理解した。そして。


「あぎぃっ!?」


 全身を激痛が襲った。「動くから」というだけで酷使させられていた全身の筋肉へ痛みが伝播し、ほとんど体の自由がきかない。

 シミュレーションのときのように、きちんとした手順で「左腕」の接続を解除しないとこういうことになるのだと身をもって知ることになった。

 開き続けることを強制させられていた両目も、唐辛子をぶちまけられたかのうような痛みで開くことができない。

 痛みに耐えながらゴーグルと開瞼器を取り去るのがやっとだった。

 動けるようになるまで、もう少し時間がかかる……。


 反撃をすることも逃げることもできない。


(カラスは……)


 どうにか薄く目を開けてカラスの様子を窺う。

 壁を突き抜けた腕を引っこ抜いて真っ直ぐ立ち上がったカラスは――。


「あかん……さすがにしんどいわ……」


 一度立ち上がったカラスだったが、すぐに壁に手を突いた。


「俺はもう真壁クンとやり合う力は残ってない。けど、お嬢さん方を皆殺しにして、その後ゆっくりこの校舎を半壊させる力くらいは残っとる」


 目で見たわけでもなければ、はっきり聞こえたわけでもないが、誰かがゴクリと唾をのみ込む音が聞こえた気がした。


「そこで、提案や。俺は真壁クンをこのまま連れて帰ろう思てるんやけど」

「何ですって!? 何のために優作を……」


 その発言を聞いて、優作が一番言いたかったことを綾乃が言ってくれた。

 カラスは突然何を言い出すのだろう。確かに戦っていて嬉しそうではあったが、連れて帰って万全な状態で戦闘の続きをやるつもりか?


「真壁クンは本郷家の秘密をたくさん知っとるやろうからな。別に喋ってもらわんでも、義手の技術は目を見張るものがあるしな。利用価値はいくらでもある。俺もさすがに手ぶらで帰るわけにもいかんしな」

「…………優作を差し出せば、私たちと、この学校には手を出さない、ということ?」

「さすが本郷綾乃お嬢様や、話が早い。もちろんお嬢さん方は見逃したるし、この学校で起きたことは全部俺のせいにしてええよ。稲田クン、死んだんやろ?」

「なぜそれを……」

「ああ、やっぱ死んだか。いや、あのテの輩は生かしとっても毒にしかならんからな、戦いの最中に死んでくれんかったら、俺が殺すつもりやったんや。今この状況で稲田クンの姿が見えんちゅうことは、死んだんかな、と」


 稲田が……死んだ。カラスが何を言わんとしているのか、理解した。


「これから新しい学校作ろういうときに、死人はマズいわな。桜田門やら市谷の怖い人達が乗り込んで来る口実になる。けど、カラスにやられたことにしとけば全部解決や。そっちの方面で俺は有名人やからな。悪い条件やないやろ」

「良い悪いじゃないんだ」


 麻琴の声だ。


「あたしにとって、優作がいない未来は存在しない。優作と一緒じゃない白妙純心学園なんて意味がない。だから、ここで戦って優作を取り戻すか、死ぬか。そのどっちかよ!」


 どすん、と体育館の床を踏み鳴らす音がした。麻琴が身構えたらしい。

 優作は麻琴の言葉が嬉しくて胸がいっぱいになったが、それ以上にダメだ逃げろと言いたかった。おそらくカラスは優作以外の人間を殺すのに躊躇いはないはずだ。


「良く言った。あたいもその意見に賛成だ」

「麻琴さんの言う通りです。私は真壁さんに助けていただきました。今こそ恩返しをするときです」


 ソフィアも桜子も、気持ちは嬉しいが一刻も早くこの場から逃げて欲しかった。

 同時に、この場に居る四人全員、この状況で誰かを犠牲にして逃げるなんてことは絶対にしないだろう。

 何かできることはないか? と優作が考え始めた頃には、既にソフィアの衝撃波が床で弾ける音が聞こえた。


「行け! 優作を連れて少しでも遠くへ逃げろ!」

「わかった!」


 すぐに麻琴と綾乃が立ち上がらせようとしているのがわかったが、体の感覚が戻りきっていない。

 膝が曲がらないように、立ったままこらえるだけで精一杯だった。


「堀之内、私よ。準備はできてるわね? 今すぐ行くわ。それと桜子」

「はい」

「十分……いえ、五分でいいわ。五分だけ耐えて。ソフィアにそう伝えて」

「わかりました」


 徐々に目を開けられるようになり、今桜子がソフィアの加勢に向かったことがわかった。

 けれど戦況まではわからない。おそらく、二人がかりでもそう長くは持たないだろう。


 渡り廊下を3分の2ほど進んだところで綾乃が立ち止まった。


「ここからは麻琴が一人で運ぶのよ。すぐカラスが追って来るはずだから、気を着けなさい。できれば渡り廊下を突き当たりまで。教養塔の端まで行きなさい」

「わかりました」

「ありがとう、いい子ね」


 綾乃は優作と麻琴の頬に手をあてる。

 普段とは違う、機械の手。

 けれどその手は、普段の手以上に優しかった。


 渡り廊下を真っ直ぐ突き当たりまで行ったら、距離はあってもすぐに見つかってしまうだろう。

 だが、優作も麻琴はそんな野暮なことは言わない。

 作戦?

 あるのかもしれない。

 でも、たとえそんなものがなかったとしても、歩みを止めることはない。

 綾乃がそう言ったのだから。


 独りでは、ないから。

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