その26 不発
綾乃と麻琴は稲田と決着をつけたソフィア、桜子と合流し、体育館の入り口から遠巻きに戦闘の行方を見守っていた。
首から下が人体ではないということと、麻琴の左腕のことは全て二人に伝えていた。
そもそも、麻琴の左腕が無い状態で、全てを隠し通すことなどできるはずもなかった。
カラスとの戦いは、優作が圧倒するだろうから、綾乃が気を付けなければならないのは、意識を奪われた優作の暴走を察知することだ。
攻撃対象はカラスなので、暴走しても無差別に人を襲ったりする恐れはないが、やりすぎて殺してしまうことは避けたかった。
カラスは自分と似ていると綾乃は感じていたので、どうにか本郷家側に引き入れるか、でなければ捕らえてカラスが所属する組織の情報を引き出したかった。
だが、勢い余って殺してしまうことを心配しなければならないほど、優作はカラスを圧倒してはいなかった。
「なんか……なんて言ったらいいか。物凄い戦いですね」
「そうだな。あれはもう式とかそんな次元で戦ってないね」
ソフィアと桜子が優作とカラスの戦闘を目にしてそう口にした。
確かにその通りだった。
今となっては、どちらかと言えばカラスの方が人間らしい動きをしていた。義手に体を支配されている優作の動きは確かに驚くほど素早いのだが、痙攣しているかのような、見ていてあまり気持ちのいい動作ではなかった。
それもそのはずで、あの義手は武装には違いないのだが、どちらかと言えば演算装置に近い。
戦闘時の優作の思考をベースに、内部に組み込まれた回路が状況の分析と判断を瞬時に行い、強制的に体を動かすという仕組みなので、優作にとっても痙攣に近いもののはずだった。
要は脳のリミッターを強制的に外すようなもので、筋力の疲労などは左腕にとっては関係なく、「動くか、動かないのか」でしか判断しない。
故に、義手が「まだ動く」と判断すれば、休みなく攻撃命令を出すはずで、手数だけでいえば、優作はカラスを圧倒していた。
だが、その全てを防がれ、受け流されて、決定打に欠ける。
対してカラスは今優作が着けている義手がどういった存在なのかを既に理解しているようで、少ない反撃の機会を全て義手に集中させていた。
もちろん優作が全力でカラスを殴ったとしても、義手が外れてしまうことはないが、仮にカラスの攻撃で義手が破壊されてしまった場合、優作が意識を失ってしまう可能性があった。
それだけは何としても避けたいが、どうやらカラスは優作の義手を破壊しにかかっているようだった。
「強くなったなあ、真壁クン」
「……………………」
「それと、えらい無口になったなあ。その細い義手が強さの秘密なんやろうけど」
「……………………」
「その義手、妹さんの方に着いとった左腕なんやろ? なんで気付いたかって、そりゃあそこにおる妹さんの左腕が無くなっとったら誰でも気づくわ。どうせ本人は知らんかったんやろ?」
「……………………」
左腕に体を支配されて喋りたくても喋れないというのに、話好きのカラスに優作はうんざりさせられていた。
今までそうしてきたように、別に無駄口を叩きながら戦うのはむしろ好きな方だったが、自分は喋れないのに、カラスが「わかってんで?」みたいに、こちらが言いたかったことまで喋られてしまうは無性に腹が立つ。
もはや、カラスが一人で会話しているような状態だ。
それにしても、戦闘中によくもこれだけ喋ることができるものだと呆れるのを通り越して感心する。
しかも「左腕」の指示による攻撃を耐えながら、である。
だが、やはりカラスも全くの余裕というわけではないようで、表情こそいきいきしているが、野球帽を脱ぎ捨てはっきり見えるようになったその顔には、汗が流れていた。
息もあがっているのに、どうして喋るのをやめないのだろうか。
「いやあ、真壁クンとおしゃべりすんの楽しいわ」
(いや、オレは何も喋ってねーし)
「ところで、その腕になってから、急に攻撃が足技中心になったなあ」
(仕方ねーだろ、「左腕」が上半身で攻撃するこをと許さねーんだから)
「やっぱあれやろ、その義手がなんかよからぬことをしとるんやろ? まあ、隠すつもりもないんやろうけど。実際強いから、隠す必要もないっちゅうことか」
一言も発してしない。カラスの発言に対して心の中で思っているだけなのに、なんとなく会話が成立しているように感じてしまう。
どうせなら麻琴と心を通わせたいのに、こんな奴と心が通じ合ってしまうなんて御免だ。
「でもな、つまらんわ」
(なに?)
「その左腕の力。強いけど、つまらん。俺の知っとる真壁クンならハッタリであえてその腕で殴りかかってくるくらいはしてくるで?」
(なるほど、その手があったか……でも、「左腕」の命令はオレの思考じゃねえ。生憎、オレほどのユーモアはないみてえだ)
だが、どうやら「左腕」も、最初から足技一辺倒で戦うつもりではなかったようだ。
事実、戦い始めた直後は背面から銃を撃つという動作をやってみせた。
ただ、カラスが「左腕」に的を絞って攻撃を始めたときから、上半身での攻撃はぱたりと止まり、やることといえば生身の優作自身の左腕でカラスの攻撃をガードさせるくらいだった。
「強いけど、真壁クンやない。真壁クンやないなら――」
今まではずっと上半身での攻撃ばかりで、足技はせいぜい牽制程度だったカラスが、右足で突如、腰の入った回し蹴りを放ってきた。そして。
(しまっ――)
蹴りの途中で脚ブーストを点火させ、右脚だけ暴走したかのうような勢いとなった。
自分の左腕で防ごうとするものの、その衝撃は鉄パイプで殴られたかのようだった。
必然、蹴られた反動で吹っ飛ぶこととなり、いつもの義手とは違って「左腕」には「圧」が仕込まれていないので、ゴロゴロと転がって勢いを殺すしかない。
体育館の壁にぶつかってやっと止まり、顔を上げると、カラスも回転していた。
ブースト回し蹴りの勢いを殺しきれなかったらしい。
だが、カラスは蹴りを放った右脚ではなく、今度は左足のブーストを点火させて無理矢理空中で軌道を変え、きりもみ状態で回転しながら迫ってきた。
(これは……避けられねえ!)
ブースト回し蹴りをガードしたときに骨が折れたのか、もう左腕で防御態勢を取ろうとはしなかった。
カラスの回転に青白い光が尾を引くようになった。拳に式の光を纏ったらしい。
(もう式弾の効果が切れたのか!? これは……もうダメか……)
「真壁クンやないなら――負ける気がせん」
カラスはやはり「左腕」を狙っていた。
それに対して「左腕」の取った行動は――カラスに殴りかかることだった。
どうやら、もう「勝ち目なし」と判断されたらしい。
いいように弄ばれた挙げ句、使い捨てられた気分だ。
ずっと麻琴の左腕だったものを装着することで、誰にも負けない力を手に入れた。
麻琴と一緒に戦っているんだと、そう思っていた。
いや、思いたかった。
だが、所詮は機械の論理演算。
どんなに処理が高速でも、0と1の羅列では優作と麻琴の絆や優作のユーモラスな戦い方などを数値化することなどはできなかった。
カラスの青白く光る拳と、金属の骨みたいな「左腕」の拳がぶつかり合う。
ぶつかり合ったのはほんの一瞬のことで、すぐに「左腕」の拳は砕けてバラバラになり、次いで手首、肘と、カラスの拳は容易く「左腕」を金属片に変えていく。
そしてその拳は「左腕」の全てを砕き、寄りかかっていた壁を突き破ったところでやっと止まった。
それ以上破壊するものがなくなった。
「左腕」の戦いは、なんともあっけない幕切れだった。
けれど優作は、最期に自らカラスと打ち合う覚悟を見せた「左腕」を好ましく思った。
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