その24 左腕

 三十分後。

 再び優作は体育館にやって来た。


「ずいぶんとスリムになってもうたんやな、右腕」


 カラスの言う通り、今着けている義手は金属部がむき出しになっており、優作が普段使っているものよりも一回り細い。


「いっ……い……ク、ゾ。行くぞ、カぁらすゥ」


 飛んでしまいそうになる意識をつなぎとめるので精一杯だった。筋力の制御もほとんどが奪われ、今自分が自由に動かすことができるのは必要最低限だった。

 顔にはゴーグル。

 その下の目には開瞼器が装着され、瞬きは許されない。

 視覚情報を最大限に捉えるためだ。

 口も酸素を取り込むために大きく開いた状態が長くなり、おそらく笑ったような表情をしているのだろう。


「へえ……どうやら俺みたいな存在に一歩、近づいたみたいやな」


 限界まで息を吐ききって、「はっ」と一気に吸い込んだのを合図に、体が躍動した。

 一瞬でカラスの眼前まで迫り、距離を取ろうとしたところにすかさず左足で回し蹴りを放つ。

 カラスは即座に右腕でガードしたが、予想外の威力だったのだろう、威力を殺しきれずに吹っ飛び、ごろごろと横回転しながら受け身を取った。

 通常なら回し蹴りを放った勢いで隙ができてしまうのだが、義手は既に腰のホルスターから拳銃を抜き、背中越しに銃を向け、カラスの右腕に向かって二発、式弾を撃ち込む。

 左腕ではもう一挺用意していた拳銃でゴム弾をばらまく。

 まるでカラスが着弾点に手を出してしまったかのように、二発の式弾は綺麗にカラスの右手に命中した。


「なんやぁ? 動きを読まれとるなあ……」

「あああああああああっ、ハッ!」


 言葉を紡ぐ余裕はない。あるのは呼吸の合間に口を閉じて口内が渇かないように唾液で潤す程度。

 カラスがほんの一瞬怯んでいる間にホルスターへ拳銃を戻し、一気に肉薄して打撃攻撃を繰り返す。

 拳で牽制しつつ、打ち込むのは足刀蹴りや回し蹴りの足技中心。

 これまでのように、頭を使い、自分の置かれた状況全てを把握して一撃を狙うような戦い方からは百八十度変わったスタイルにカラスはついて行けず、戦闘開始から終始優作が圧倒した。


 これが、「左腕」の力だった。

 一連の動き全てが脊髄反射で動いているかのように、優作の意思は介在していない。

「左腕」の力を解放した瞬間から、優作の「意思」はただ体に酸素を取り込むための機関となり、ただ五感を働かせるためだけのセンサーとなる。

 戦っているのは自分であって、自分ではないというおかしな感覚。

 動きさえすれば、意識下で戦っていたときではあり得ないような動きの連撃で、相手を圧倒する。

 背中越しに撃った銃弾すら、ピンポイントで命中する。

 だが、無意識化の動きは、肉体への限界を考慮しない。

 早くカラスを倒さなくては、生き残ったとしても体がボロボロになってしまう。

 意識が飛んでしまっては、肉体が壊れてしまうような動きをギリギリのところでセーブできなくなってしまう。


「左腕」とはこういうものだった。

 だが、優作は決して、自分がこうなってしまうことを恐れて左腕の使用を拒んだわけではなかった。


(普通の高校生になる! 麻琴と一緒に!)


 今は、その切実な想いだけが、優作の意識をつなぎとめていた。

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