その22 削合
「ほんなら……いくで!」
掛け声とともにカラスが床を蹴った瞬間、何かが爆ぜたように見えた。
特殊な能力とも、ましてや筋力だけで跳んだようにも見えない。綾乃の言った通り、何かを仕込んでいるのだろう。
自分より身長のある男が、ソフィア以上の早さで迫って来るのは圧巻だった。
「ぐっ! くっそ、おめー、脚に何隠してやがる」
超速の突撃は、右腕を使っていなすのがやっとだ。
「ああこれ? これは機械やで」
綾乃の予想通り、あっさりと教えてくれた。
「なんや、気付いてなかったんか。真壁クンの右腕の空気砲と似たようなもんや」
そう言って、末広がりのジャージの裾をまくりあげると、アニメに出てくる二足歩行ロボのような、ふくらはぎの部分にブースターのようなものが付いていた。
その様は異様で、ふくらはぎの中から、肌を突き破ってブースターが飛び出して来たかのようにも見える。
「キモいやろ? きっちり人体に似せて腕を作ってもらえる真壁クンがうらやましいわ」
五つの火球で牽制したあと、すぐに光を纏った拳で殴りかかってくる。
右手には右手。
機械だから、使い捨てられるからこそ対応ができる。
盾を展開したソフィアすら殴り飛ばしたのだ。カラスの拳を生身で受けたら、タダでは済まない。
「こんな脚になっても、他人の右腕付けても平気なんは俺自身の能力の影響らしいで。難しい理屈はようわからんけど、式弾が効かんのもそのせいらしいで」
踊るように格闘を続けながら言葉を交わす。拳だけで語るのではなく、実際に口で語る。
カラスは倒すべき相手なはずなのに、こんな馴れ合いのようなことをしていても、悪い気はしなかった。
「その青い炎がお前のお前の能力じゃないのかよ」
「は? さっき言うたやろ、これは真壁クンの右腕やって」
「腕だけで能力が発現するかよ」
「それがな、するんや」
「な、なんだって!?」
驚きのあまり脚を止めてしまい、カラスの攻撃をガードするしかなくなった。
自ら後方へ跳ぶことによってなんとか威力を殺し、受け身を取る。
「式の持つはな、体の一部に宿る。人の体をいじくって金儲けしよるキモい組織が見つけた唯一の功績かもしれんな。あかん、これは秘密やった。口が滑ってもうたわ」
わざとらしく言って、カラスはけらけらと笑った。
「全身で発動しとるように見える身体強化系の式持も、必ず『力の源』にあたる部分を持っとる。今はまだ式を改造人間にする勢いで調査せんと、どの部分かははっきりせんらしいけどな。でな、全身にまんべんなく、少しずつ『式の心臓』を人工的に配置して、うまいことやったんが、川口龍星ってわけや」
「じゃあ……オレは、肘を壊さなかったとしても……」
「断言はできんけど、遅かれ早かれこの力が発現しとった可能性が高いわな」
カラスは右手で火球を作って見せた。
「真壁クンの右腕はな、あのゴミみたいな組織が作り上げようとしとった超人の上質なスペアになる予定やったらしいわ。でもすぐに腕からこんな強い力が発現してもうて、真壁クンの腕はお払い箱や」
皮肉――というか、笑える話だ。
戦闘で義手を壊しては取り換えて使い捨てている自分の本当の右腕も、元々はスペア―になる予定だったとは。
そして、スペアの役目すら果たせず、倒すべき敵の腕として自分を攻撃してくるって?
「ふっ……くっくっくっくっくっ……あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
「なんや、真壁クン。急に笑いよって。ショックでおかしくなってもうたんか?」
「ショック? 冗談! むしろ嬉しいぜ。やっぱオレは過去に未練たらたらだったらしいぜ。どうせ怪我しなくても能力が発動してたった聞いて、すげえ楽になったからな! お前と戦うことになったのは、きっと罰が当たったんだろうよ。右腕を粗末にした、な」
目を丸くして一瞬固まってから、今度はカラスが大爆笑した。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! それでこそ真壁クンや!」
「そうだろうよ。オレは右腕ぶった切ってから色々ぶっ飛んじまってるからな。でも、白妙純心学園で一学期が始まったら『普通の高校生』やる予定だからよ。今のうちにはっちゃけとかねーとな!」
身構え、腰のホルスターに手をやると、カラスも身構えた。
「最高、最高や。最高最大の充実感。俺と真壁クンの一挙手一投足が充実しすぎとる……」
相撲の立ち合いのようにお互いの呼吸がふっ、と一致した瞬間があった。
それを合図に銃を抜く。
「だららららぁ!」
今のカラスの話は驚くことばかりだったし、自分の中で何か吹っ切れたのも事実だ。
そして、一つ試してみたいことがあった。
マガジンに残っていたゴム弾を全て打ち尽くし、カラスが怯んだところで素早くマガジンを取り換える。
式弾が込められているマガジンに。
一度、拳銃は腰に戻して、今度はカラスの隙を作り出す。
トリックプレーが通用するのは最初だけだ。チャンスは、一度。
ソフィア式の跳躍でカラスに肉薄する。
カラスは優作の「圧」が届かない位置まで後退する。
低く宙を舞いながら、左手で義手の手首をしっかり掴む。そして。
右掌からではなく、接続部で圧を解放し、義手を緊急分離する。
居合術で鞘から刀を抜くような動きで、緊急分離の勢いを利用し、左腕に持った右腕義手をカラスの頭めがけて振り抜く。
「なに!? うぶッ!」
カラスは左腕を立ててガードしたが、義手がヌンチャクのように肘から曲がり、威力こそ落ちるものの、側頭部にヒットし、野球帽が舞った。
カラスが体勢を立て直す前に、緊急分離した義手を素早く再装着し、かつて自分の右腕だった、カラスの右腕にしがみつく。
取ったり着けたりで義手の神経接続が甘いが、そんなことは気にしない。
「これならどうだああああああっ!」
左手で拳銃を抜き、カラスの右掌へ、ゼロ距離でマガジンが空になるまで式弾を撃ち込む。
「なんやああああああ!? くっ!」
カラスは一瞬だけ動揺を見せたものの、即座に蹴りをお見舞いされた。
接続の甘い義手でしがみつき続けることはできなかったが、こちらの目標は達成された。
「何やの、ビッグチャンスに式弾なんぞ使いよって。びっくりしたなあ。弾間違えてんで?」
「いーや、オレは間違っちゃいないぜ。式弾を試してみたかったんだよ。『オレの右腕』にな」
「はあ? 何を言うて…………あー、そういうこと。あかん、俺、余計なこと言ってもうたんか」
「そうかもな。お前の体には式弾が効かない。だったら、お前の体が着けている『オレの体』の部分には式弾が効くんじゃねーの? 御丁寧に式は体の一部に宿るって教えてくれたからな」
カラスは右手の指を擦って火球発現の動作を繰り返すが、ぼんやりと青白く光るだけですぐに消えてしまう。
「あちゃー、右腕にわざと式弾ブチ込むなんてこと、流石に試したことなかったからなあ。こりゃあちょっと……ヤバいなぁ」
攻撃の要だった能力が消失し、自身が言う通り「ヤバい」はずだ。
それなのに、カラスはこれまでで一番嬉しそうで楽しそうな顔をしていた。
「どうだ? 大人しく帰る気になったか?」
「帰るて? まさか! 走者満塁で迎える打席を放棄するような真似、するわけないやろ!」
「そうだな……そりゃそうだ!」
優作も、カラスも。
ぶつかり合い、削り合い、研ぎ澄まされていく。
一かけらでもいい。
最後に残るのは、どっちだ。
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