その21 愉悦

「最悪や、最悪の展開や。ほんまにつまらん」


 体育館で戦闘を開始した、優作、麻琴、カラスの戦いは、カラスの言う通り、最悪の展開だった。

 カラスは、優作と一騎打ちがしたいがため、麻琴を集中的に攻撃する。

 麻琴は、今まで優作だけが危険な目に遭ってきたことに負い目を感じ、積極的にカラスに向かっていく。

 優作は、麻琴に傷つけさせまいと身を挺して庇う。

 結果、優作とカラスはほとんどぶつかり合っていないのに、優作だけが激しく消耗していくという悪循環に陥っていた。


「なんや、真壁クン。お嬢さん庇ってばっかやないか。真壁クンも稲田クンと一緒で、女の子大好きなんか?」

「ああ好きだね。オレが好きなのは麻琴だけだけどな」

「はっは! ほんま真壁クンはかっこええな!」

「それに、オレは綾乃サンから麻琴と一緒に戦うように命令されてるんでね」

「お嬢さんが持っとる銃のゴム弾は痛いわ。式弾みたいにケロッとしてるわけにもいかんし、思うように真壁クンと戦えんから俺もイライラしとる。本郷綾乃サンの判断は正しかったんかもな」


 絶え間なく動き回ってカラスにゴム弾を浴びせ続けている麻琴は肩で息をしており、さすがに辛そうに見えた。


「息あがってんぞ、麻琴。オレが前に出る」

「はぁ……ハハッ、優作が……はぁ、突然情熱的なこと言うから、はぁ、息が荒くなったよ」

「その余裕がありゃ大丈夫だな」


 麻琴と拳をぶつけてから突進する。

 カラスは右手で五つの青白い火球を放った。

 だが、その火球は優作が思ったより手前で大きく燃え上がった。

 視界を遮るほどに。

 優作はそれをかわし、火球が作った炎の壁を回り込んで跳躍した瞬間、しまった、と思った。

 炎の壁の向こうで、カラスは既に青白い光を纏った右拳を振りかぶっている。

 誘い出された!?


 回避は間に合わないので義手を目いっぱい伸ばし、カラスの拳とぶつかる瞬間に、掌から「圧」を解放して可能な限り衝撃を相殺する。

 後方に吹き飛ばされながらもなんとか体勢を保ち、空中で拳銃を抜いてカラスにゴム弾を撃ち込む。

 カラスは意表を突かれたらしく、青白い光の右手でゴム弾をはじいただけだった。


「ふぅ……やっぱ真壁クンが相手やとしんどいなあ。動きが多彩でアイディアが豊富や。ようわからんけど、押されとんのに楽しいわ」

「バカ言え、誰が押してるって……? こっちも必死だっつーの」


 今の一撃で神経系がおかしくなった義手を新しいものに取り換え、握ったり開いたりを繰り返して素早く馴染ませる。


「単純な戦闘能力だけで言うたら、お嬢さんも相当なもんや。けど、真壁クンみたいに変化がない。動きが直線的で御しやすい。せやからつまらん。つまらん奴は――」


 今度は優作が持っている試合球程度の火球を一つ、作り出した。


「ここで退場願うわ!」


 そして、まるで投球動作のように体を大きく開き、サイドスローで火球を投げた。

 一瞬、あさっての方向に飛んだように見えたが、大きく弧を描き、優作を回り込んで背後の麻琴に向かって飛んで行く。

 麻琴も気を抜いていたわけではなかっただろうが、後方でサポートに回っていたことで、一瞬判断が遅れた。

 横から抉るような軌道で飛んでくる火球は、見た目以上に避けにくいはずだった。


「くそっ、間に合えっ!」


 ソフィアの十八番を真似し、床に向かって「圧」を解放し、麻琴の前に飛び出す。


「優作ッ!? きゃああっ!」


 空中で体を捻り、どうにか火球を右手で受け止めることは成功したが、その威力までは殺しきれなかった。

 そのまま麻琴と激突し、更に麻琴ごと壁に激突した。


「おい! 麻琴! 麻琴ッ!」 


 麻琴の体がクッションになったため、優作はほとんど無傷だったが、壁と優作に挟まれる格好になった麻琴は、気を失ってしまった。


「ええよ。お嬢さんを体育館の外に運んでも。あと、右腕も新しいのにした方がええんちゃう?」

「てンめぇ……この野郎!」


 カラスに言われた通りにするのは癪だったが、このまま怒りに任せて戦って、意識の無い麻琴が巻き添えになっては困る。

 どうせカラスは麻琴を運んでいる間に攻撃したりはしてこない。

 そういう意味での信頼感はあった。

 カラスの目的は優作と戦うことなのだから。


「さすが真壁クンや。怒ってもちゃんと周りが見えとる」


 そりゃどうも、と言いながら優作は体育館の床から取り出した新しい腕に付け替えた。


「それにしても、いいのかよ。こんなオレに有利な場所で戦って」

「別に? 本郷綾乃サンも言うてたやろ。俺は優作クンと戦ってるんと同時に本郷家とも戦ってるんや。せやから本郷家の設備をフルに使た真壁クンを倒さな意味がない」


 変に律儀な奴だった。


「それに、真壁クンも一緒やで? 本気で俺を潰そう思たら、ゴム弾なんて使わんと実弾使たらええんや」

「バカ野郎、そんなことしたら校舎に穴が空くだろうが。白妙純心学園の校舎にな」

「ハハッ! その通りや。ま、言うてる俺も、刃物使てへんかったわ」

「そうだ、おめー、さっき体育館に乱入してきたとき、麻琴を殺すつもりでナイフ振ってただろ」

「そらそうや。あんときは真壁クン以外皆殺しにしたろ思っててんから。そしたらそのナイフで真壁クンが怪我してまうんやもん。それに、少し気が変わったからな。今は刃物使た殺し合いなんて求めてへん」

「そうかよ。なら、その気が変わらねーうちに決着つけねえとな」


 優作とカラスは身を低くして、再び戦闘態勢をとった。

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