その11 強敵
「あたいも舐められたもんだね。四日前にやりあったの、忘れたわけじゃないだろう?」
確かにあのときは二人どころか、堀之内を含めた三人がかりでもまだソフィアには余裕があった。
だが、今日は違う。
「地の利」がある。
「いや、オレ一人で戦う。そのかわり、ここ、体育館でだ。ここはオレが有利なように改造してある。それでどうだ?」
「ふむ、なるほど。この短期間で体育館にどこまで手を入れたかは知らないけど、まあそれも本郷家の『力』と言えなくもないね。いいだろう、ここでやろうか」
ソフィアは右手の拳を突き出してきた。
優作も、そこへ右手拳を軽くぶつける。
それが戦闘開始の合図となった。
「ちょっと、お姉様っ!」
さすがに正気の戻った麻琴が、自分も戦うつもりだったのに勝手に優作が一人で戦うことを決めたことに抗議していた。
「信じましょう……優作を」
「う、うん……」
いつになく優しい口調で綾乃がそういったからか、麻琴はすぐに静かになった。
信じる? よく言うぜ。
信じてるのは、義手と、この体育館の設備、つまり、本郷家の設備だろ。
そんな考えを巡らせながら優作は口元だけで自嘲気味に笑う。
「先に言っておく。あたいには桜子ほど、あんたらの式弾とやらに対して耐性がない。おそらく、一発かすりさえすれば真壁、お前の勝ちだ」
「なるほどね。ご丁寧にどうも。じゃあオレの右腕のことも――」
と、右腕のからくりと、今所持している武器と、体育館の設備の説明をしようとしたら、ソフィアが言葉をかぶせてきた。
「いや、お前のことはだいたいわかっているし、最初から種明かしされたら面白くないじゃないか。それと、銃は遠慮なく使え。どうせ式弾しか使わないんだろう?」
「そうだが……いいのか?」
「ああ。流れ弾なんて気にするんじゃないよ。周りにいるウチの連中は、そんなにヤワじゃないんだから」
「ハハハ……まいったね」
自分の弱点を教え、相手が考えてる作戦の詳細がわからないままでも、負ける気がしないってか?
「上等だッ!」
今日は腰のホルスターに一挺しか持っていない拳銃を左手で素早く抜くと、二発撃ってから、右掌を床に向け「圧」を開放する。
周囲の生徒から「おおっ!」と驚きの声があがった。
おそらく、ソフィアの能力とそっくりで、似たような戦法をとったからだろう。
だが、内なる力を衝撃波として打ち出すソフィアとは違い、優作の右腕は圧縮ガスを開放しているだけ。
しかも、本来は緊急時に腕を強制分離する際に使用されるもので、使えるのは一度きりである。
「いいねえ。動きが格段に早くなってるじゃないか!」
ソフィアは式弾をを左手で防ぎつつ、右手は床に触れていつでも衝撃波で跳躍できる体制をとったが、弾丸を追い越さんばかりの勢いで体ごと迫る優作に意表を突かれたようだった。
すぐに反撃に転じるつもりらしいが、そうはさせない。
残弾の関係で戦闘が長引けば長引くほど打つ手がなくなり、苦戦するだろうことはわかりきっていたので、ここは先手必勝だ。
間に合え!
ソフィアが右手の衝撃波で跳躍する前に、潰す。
威力も、体勢も、そんなものはどうでもいい。
ただ、ソフィアに反撃に転じさせない「速度」だけを意識した。
ソフィアは咄嗟に右手でも盾を展開して防御に転じた。
そこへ体重と勢いを乗せた右腕の拳を撃ち込む。
「ぐっ!」
確かな手ごたえがあり、ソフィアが後ずさった。
平面に展開した盾は式弾こそ簡単に防いで見せるが、物理攻撃はそのまま衝撃がソフィアに伝わってしまうことは、先日の戦いでゴム弾に対して怯んでいたのを見て予想済みだった。
チャンスだ。
そのまま着地してもう一歩踏み込み、ソフィアの側頭部へ右足で回し蹴りをお見舞いする。
もし、四日前に拳を交えていなければ、その愛くるしい容姿めがけて蹴りを放つことなどできなかっただろう。
回し蹴りを防がれるだろうことはわかっていた。
だが、ソフィアは背が低いので、頭を狙うのは容易だった。
一番威力の乗ったところでソフィアが頭を庇うようにした左腕を蹴飛ばす。
「くっ……」
インパクトの直前に、蹴られる方向へ跳躍することによって威力を殺したようだったが、うめき声を残してソフィアが吹っ飛んだ。
そこへすかさずフルオートで式弾を撃ち込む。
ここで仕留められないと、もう後が続かない。
当たれ! 一発くらいは当たるだろ? 当たってくれ!
だが、宙を舞うソフィアを見て目を疑った。
蹴られて吹っ飛ぶ直前に、ソフィアは体にひねりを加えていたらしい。
自分に向かって飛んでくる式弾を回転しながらシールドを展開することによって全て防いで見せた。
式弾はオレンジ色の閃光となって、空中で踊るソフィアを彩っただけだった。
「マジか……よぉっ!」
ソフィアの舞いは苦笑いもさせてくれない。
着地と同時に優作へ向かって爆ぜ、右掌を向けながら迫り来る。
こうなってはもう、衝撃波をモロに食らわないようにすることで精一杯だ。
優作は何のためらいもなく、ソフィアの右掌に向かって渾身の右ストレートを打ち出す。
義手を駆け抜ける衝撃波。
だが、初めて食らったときのように、衝撃波は全身に伝播しなかった。
「!?」
ソフィアはすぐに手ごたえがおかしいことに気が付いたようだった。
優作は衝撃波が炸裂する直前に義手の接続を解除し、自分はすれ違いざまにソフィアに向かって左足で後ろ回し蹴りを放つが、これもシールドで防がれる。
「やっぱ防がれた……式弾使わなくてよかった……」
直前にフルオートで撃ったため、もう式弾が残り少なかった。
義手を失ってしまったが、ここからが「地の利」の本領発揮である。
「5の四!」
と叫ぶと、次の瞬間、体育館の床がスライドし、そこから義手のスペアが飛び出してきた。
優作はそれをキャッチして、右肩にばつん、と装着する。
体育館の北を上として、将棋盤の要領で優作が座標を指示すれば、そこから義手が飛び出してくる仕組みになっていた。
義手は多少の違和感は残るものの、こういった展開になったときのため、昨日の検査で神経接続の感度を最高にしてもらっていたので、戦闘に支障はない。それと、切断のたびに例の「血」をまき散らしていたのでは自分にも影響があるので、こちらもオミットしてもらっていた。
血は出ていないとはいえ、裏番長派の方々は、優作のありえない戦い方を見てざわついていた。
「へえ! だから体育館でやり合うことにこだわったのかい! でも、その腕だって安物じゃないんだろうっ!」
「ぐぬぬ……」
ソフィアは痛いところを突いてくる。「油断して右腕を失おうものなら、請求書をまわしてやる」と綾乃に脅されたのが思い出された。
短期決戦に持ち込んで、できればスペアを一本も使わずに済ませたかったが、やはりそう簡単な相手ではなかった。
完全にソフィアのペースだった。
息つく間もなく眼前に迫る。
「くそっ!」
とにかく衝撃波を義手以外に直撃しようものならタダでは済まない。
咄嗟に学ランを脱ぎ、闘牛士のようにソフィアをいなしながらどうにか直撃を食らわないようにするが、すぐに学ランはただの黒い布きれになってしまった。
何もできないまま、装着したばかりの義手を持って行かれる。
「8の六!」
次の右腕を要求したものの、ヒーローの変身シーンのようには行かないわけで……。
今度は装着する前の義手を衝撃波で吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
こりゃあ請求書コースか……と思い始めたが、優作はまだあきらめていなかった。
ソフィアの目視できる範囲からの攻撃はもちろん、知覚できる範囲の攻撃はことごとく防がれてしまう。
それなら意表をつくしかないわけで……。
ソフィアの攻撃をなんとかかわしながら、体育館を見回す。
自分の腕が三本転がっているという異様な光景だった。
「いけるか……」
質量をぶつけることができればソフィアが怯むのはわかっているのだが、いかんせん今は右手がない。試合球を投げることもできない。
左手の銃は切り札だ。
「それなら……」
一度、拳銃をホルスターに戻し、すぐ近くに転がっていた自分の腕を力いっぱいソフィアに向かって投げつける。一番最初に外した腕だ。
「こんなものっ!」
義手とはいえ、自分の腕が「こんなもの」扱いされて少し複雑な気持ちになったが、今はそんな冗談を言っている場合ではない。
すぐさま二本目の腕を拾い接合部分を持って、迫り来るソフィアに向かって振るう。
が、直前で軌道を変えたソフィアには当たらない。
「避けてくれると思ってたよ!」
「なに!?」
義手の掌がソフィアに最接近したところでスイングをぴたりと止め、接続されていない義手の掌から「圧」を放つ。
これは何もできずに外れた二本目の義手だったため、「圧」は残ったままだった。そして、「圧」は、優作が片眼鏡を装着していれば遠隔操作が可能だった。
「きゃああああああっ!」
今日初めてソフィアが女らしい悲鳴を上げ、壁に向かって吹き飛んで行く。
すぐさま拳銃を抜きたくなったが、まだだ。
絶対に当たる状況じゃなければ、式弾が無駄になる。
だが、ソフィアはすぐに体勢を立て直すと、またすぐにこちらに向かって攻撃を始めるだろう。そなれば完全に万事休すだ。
覚悟を決めて左手に持ったままの義手を振りかぶり、ソフィアに追い打ちをかけた。
ソフィアが右手で攻撃を防ごうとした瞬間に合わせ、叫ぶ。
「5の二!」
そこから右腕が飛び出しても、優作は届かない。
そこはソフィアの真後ろだった。
「!?」
背後から飛び出した義手に反応したソフィアは、右手で優作の攻撃を防ぎつつ、左手で飛び出した右腕を弾き飛ばした。
見事の反応だった。だが、これも優作の予想通りだった。
次の瞬間。
ごつん!
と鈍い音が体育館に響き、落ちていたもう一本の義手が、ソフィアの後頭部にクリーンヒットした。
義手を飛び出させれば、常人ではありえない反応速度のソフィアは対応してくるはず。
それと同時に、もう一本「圧」が残ったまま転がっていた義手を遠隔操作して「義手単体で」跳躍させる。
威力は無くとも、意表を突くには十分だった。
義手が飛んでくれそうな位置にソフィアを誘導して、あとは一か八かだったが、義手が直撃したソフィアは、「ふぎゅ!」という可愛らしいうめき声を上げて、今までの舞うような戦いを台無しにするくらい無様に倒れ込んだ。
そして。
「オレの勝ちでいいか?」
起き上がったソフィアの額に、銃口を向ける。
ソフィアは両手を上げて満足そうに笑った。
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