その5 個性

『いいか、現在本郷家で確保したのは、屋上からその教室、1年A組までだ。以降、その教室を1Aイチエーと呼称する』

「……了解」


 イヤホンを通して堀之内の声が聞こえてくる。

 優作と麻琴は一昨日、入学試験兼入学式兼高校デビューがおこなわれた4階の教室で、既に武器を構えて戦いに備えていた。


「なあ、オッサン。一つ聞きたいんだが……」

『何だ。今日は屋敷で綾乃様もそちらの様子をご覧になられている。いつもの減らず口ならまた今度にしろ』

「ちげーよ。オレと麻琴の服装だよ。どー考えてもおかしいだろ」

『何を言う。綾乃様のデザインされた戦闘服だぞ、おかしいわけがなかろう』


 いや、おかしい。どう考えてもおかしい。

 堀之内の言う「戦闘服」は、おそらく優作の体にフィットするように作られており、かといって締め付けはなく、とても動きやすかった。

 スポーツ用のジャージなどよりも間違いなく動きやすいだろう。

 それでいて、ジャケットもパンツも黒を基調とした色使いで、縁や裾がクリアレッドで彩られており、デザインした者のセンスの良さを窺うことができる。

 なるほど、綾乃がデザインしたというのは本当なのだろう。だが全体的な形に問題があった。


「いや、おかしいだろ! どことなく執事だろ、この戦闘服とやら!」

『執事? はて。真壁がそう思うのなら、そうかもしれんな』

「すっとぼけんな! 『コレ』なんてどう見てもそうだろ!」


 優作は「片眼鏡モノクル」を自分の耳から外し、教室に設置してあるカメラに向かって示した。


『おい、そいつは通信だけじゃなく、式の簡易判定までできる優れモンだ。死にたくなかったら着けておけ。もちろん開発したのは綾乃様だ』

「ちっ……俺らは綾乃サンの着せ替え人形じゃねーっつーの」

「どうした優作。その格好がそんなに嫌なのか? 似合ってるのに」

「いや、麻琴も何か言ってやれ……いや、何でもねーや……」


 麻琴は麻琴で、上半身こそ少しドキッとするくらい体のラインが出る戦闘服で、カラーリングは優作とお揃いだが、ところどころにレースがあしらってあり、麻琴の持つ女性らしさが際立っていた。

 だが下半身は、中に1人くらいは隠れられそうなくらい膨らんだゴスロリ調のスカートで、「戦闘服」とは言い難い。

 そして髪は一昨日のように地毛ではなく、ドリルのような黒髪縦ロールのウィッグを被っていた。


「……お前、その格好気に入ってるだろ」


 その証拠に、ゴスロリ調の服装に合わせてパンダみたいなアイメークまで施してある。


「気に入ってるよ。お姉様が用意する服は、基本的に全部好きだ」

『お喋りはそこまでよ。いい? 今回の目標は、今あなたたちがいる建物を、一棟丸ごと制圧することよ』


 今度は堀之内ではなく綾乃の声が聞こえてきた。

 いつの間にやら液晶パネルに交換されている黒板に、この校舎全体を俯瞰した地図が表示された。

 この校舎は南北に長く、南側から準に細長い長方形が4つならび、一番北にあたる部分には大きな正方形がある。これが体育館だ。

 その長方形の中央2階部分を、南北に長い渡り廊下が貫く形になっていて、ちょうど頭と尾を残して身を落とした魚の骨のような形になっている。

 優作と麻琴がいる1Aの教室は一番北側に位置する棟の、渡り廊下より東側に在る。

 今日はここを1階から4階まで制圧しようというわけだ。


「で、オレ達はどのルートで攻略すればいいんですか?」

『まずは教室を出てすぐの階段、上から見た図だと東端の階段を下に向かって制圧していきなさい。あなた達が階を下りていくのに合わせて、屋上に待機している本郷家の制圧部隊を突入させるわ。わかってると思うけど、制圧部隊は式に有効な武装をしていないわ。できるのはあくまで場所の確保だけよ』


 優作と麻琴が綾乃の言葉に「了解」と応じて、素早く準備をする。

 次々と拳銃を取り出せるように工夫された、登山用具のようなバックパックを優作が背負っていると、麻琴は今日もウィッグをぽいと投げ捨てた。


「やっぱヅラは取るのかよ!」

「スカートも脱ぐぞ」


 そう言って麻琴はスカートを脱ぎ捨てると、下半身は黒タイツに太ももあたりまでのショートパンツといった出で立ちで、麻琴の服装もようやく戦闘服らしくなった。

 カラーリングは優作の戦闘服と同じだが、ややつやのある素材のため、ボンテージに見えなくもなかった。


「そういえば、式は何人くらいいるんです?」

『3階以下、各階に10人未満だ。数だけなら一昨日より少ないが、今回は敵さんもこちらの攻撃に備えてる。今日も全員判定外だが、気を抜くなよ』

「その情報、信用していいんだな?」

『ああ。S判定はもうこちらのデータベースに登録してある。そこの棟には居ねえ。間違いない』

「そうだ、綾乃サン。今日は『麗しく』じゃなくていいんですか?」

『あなた達に期待それを期待しても無駄だということがわかったから、学校を設立してから徹底することにしたわ』

「ははっ、そうですか」

「麗しく戦っても、負けたんじゃ意味がないからね。あたしは準備オッケー。優作は?」

「いつでもいける」

『五秒後に教室後方扉のロックを解除する。4階に雑魚はいねえから一気に階段を下れ』

「了解」

『5、4、3、2、1……作戦開始。怪我のないように』


 扉が開ききる前に、麻琴は廊下に転がり出ていた。階段の踊り場で警戒をしていた女子の式が何かする前にセミオートで2発命中させ、堀之内に言われた通り一気に階段を下る。

 3階に下る途中で麻琴を追い抜き、壁から顔だけ出して廊下の様子を窺うと、廊下にいた式たちが一斉に攻撃してきた。

 電撃やら火球やら、よくわからないエネルギー弾やらが壁に着弾する。

 壁に当たって乾いたと音を立てながら消滅するが、壁を削ったり、穴を空けたりするには至らない。


「なるほど、今日は本当に判定外の式だけみたいだな」

「ならゴリ押しで行こう」


 優作を追い越して廊下に飛び出した麻琴は、今度はフルオートで式弾をばらまく。

 いくつかの悲鳴が3階の廊下にこだました直後に、今度は優作が麻琴を追い抜いて階段の踊り場に向かってフルオート射撃。

 予想はしていたが、今回も全く手ごたえがない。

 判定外の式でも、自分の能力の得手不得手がわかっていて、ある程度の戦闘訓練を受けていれば、おそらく優作が本気になっても勝てない可能性がある。

 だが、今待ち構えている式は、特殊能力を持っていて、校舎を占拠している以外は、優作と麻琴が憧れる「普通の高校生」だ。

 同年代とはいえ、数年間にわたって戦闘訓練を受けた優作と麻琴に銃口を向けられれば、為す術はない。

 麻琴が3階廊下の掃討を終える頃、優作は2階廊下の様子を窺っていた。

 やはりここでも火球やら電撃が飛んで来て「個性がねーなあ……」と優作が毒づいた。

 綾乃曰く、攻撃的な性格の人間ほど式として覚醒しやすいのだそうだ。

 故に、能力のほとんどは攻撃能力で、それは人という生き物の持つ本能のようなものが影響しているからだとか。

 その能力の根源は本能が影響しているものの、この世に人の目に見える形で発動させる場合、やはり本人のイメージや、蓄積された情報に依るところが大きく、好きなマンガやアニメのキャラが、発現した能力によってわかってしまう場合すらあるらしい。

 とはいえ、例えイメージ通りの能力が備わったとして、この世界で能力を行使する際にイメージ通りの威力になるかといえば、そうではない。

 今、優作の顔の横で、壁に傷すらつけることができない火球も、使っている本人からすれば、天をも焦がす地獄の業火のイメージだったりするわけだ。

 そして、この個性の無さ。

 これは現代日本の没個性教育の賜物であると、綾乃がよく嘆いていた。

 学校教育に反旗を翻し、こうして学校を乗っ取ったりしている式が、こうも日本の学校教育の影響を受けているとは、皮肉な話だった。


「だからって、同情はしてやんねーぜ」


 判定外の式は、能力の威力も弱いうえに連発が利かなかったりする場合がほとんどだ。

 式が放った攻撃が壁で弾けた直後、優作はすかさず顔と右腕だけ出して廊下に式弾をばらまく。


「なに? なんの話?」

「ん、ああ、こっちの話だ」


 麻琴がすれ違いざまに優作のバックパックから2挺、拳銃を抜き取って廊下に転がって行く。

 3階と同じ要領で2階も制圧し、1階まで下りたところで、綾乃から通信が入った。


『なかなかいいペースじゃない』

「奴ら、廊下にバリケードすら作ってないんで楽勝っすね」

『今番長に味方してる連中なんてその程度よ。麻琴はそのまま1階の掃討にかかってちょうだい。ここで二手に分かれるわ。優作は上に戻りなさい』

「了解。じゃあオレは上に行くけどよ、弾と銃は大丈夫だな?」

「ああ、手持ちで十分だ。優作、気を付けてな」

「お前もな」


 慣れた手つきで拳をぶつけ合って、麻琴は1階廊下へ。優作は降りて来た階段を引き返し始めたとき、また綾乃から通信が入った。

 片眼鏡の隅に「直通」と表示されている。

 麻琴には聞こえない通信のようだった。


『優作、そのまま4階まで戻ったら、教室にバックパックを置いて渡り廊下の方へ向かいなさい』

「そこに何かいるんですね?」

『S判定じゃない、別の判定対象よ。本当なら2人で当たってもらうところなんだけど、一昨日の例があるわ。麻琴が1階の掃討を終えて合流する前に何とかしてちょうだい。できれば行動不能にして。麻琴を危険な目には遭わせられないわ』


 綾乃の言葉は、麻琴の代わりに優作が危険な目に遭えと言っているのと同義だったが、それは自分の力を信頼されている証だ。

 少し気分が良くなった優作は、教室の中へバックパックを放り投げると、拳銃を2挺だけ持って渡り廊下へ走った。

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