その3 判定
かくして、優作、麻琴、堀之内の三人は今の「麗しい」身なりになったのだった。
飄々としていた優作と麻琴も、今の映像を見返して渋い顔になる。
戦闘のあと、本郷家の工兵部隊が屋上からやってきて、そこから教室までのルートの制圧が完了した。
「判定外……けれど、Fランじゃない……」
綾乃も憎々し気に歯噛みする。
「以前にもこういった事例は何度かあったのですが、その殆どがサンプル不足に起因するものでした。ですが、その頃に比べればデータベースの容量も数倍になり、判定精度は格段に向上しています。今回のケースは――」
「『S判定』。スペシャルってことね」
「はい。衝撃波を繰り出す能力だけだったとしてもA判定以上。今回は防壁の展開に加え、高い汎用性、そして、こちらの判定をも欺く隠蔽能力まで備えています。また、能力を操る本人も、三人同時の銃撃を潜り抜ける身体能力と引き際を見誤らない判断力を持つ強者です」
堀之内の分析を聞いて、綾乃は「はああ」と、大きなため息をついた。
同時に、スクリーンの映像が消え、書斎が明るくなる。
「わかったわ。今回はあんなのを相手にして大変だったわね、ご苦労様」
「で、綾乃サン。オレらの入学試験兼入学式兼高校デビューは合格なんすか?」
「はあ? あー、合格合格。合格だから、四月までに頑張って校舎を制圧して頂戴ね」
「は!? 四月までって、それ本気ですか!?」
綾乃はひらりとデスクから降りると、吐息がかかるくらいまで近づいて、優作の額を小突いた。香水の甘ったるい香りがした。
「もちろん火器や武装の支援は惜しまないわよ。だから期日厳守でよろしくお願いねっ」
そう言って綾乃が今日一番の微笑みを見せた。
「り、了解っす……」
優作は内心震え上がった。
今は指で小突かれただけで済んだが、綾乃の要求に応えられなければ、体中を実弾で小突かれることになるかもしれない。
「はいはい。じゃあ今日はもういいわよ、解散解散」
綾乃はさっさと出て行けとばかりに手をひらひらやり始めた。
「急にどうしたんですか? お姉様」
「いいから早くお風呂に入って着替えなさい。その酷い格好を見てると頭が痛くなるわ。次の作戦は追って指示するから、いつでも戦えるようにしておいて」
そう言われ、書斎を後にしようとすると、優作だけ呼び止められた。
「……悪いけど優作だけ少し残ってくれる?」
「は? オレですか?」
中に戻ろうとすると堀之内に「くれぐれも失礼の無いようにな」と念を押された。
堀之内が出て行って、続いて麻琴が書斎から出ようとするとき、優作に向かって心配そうな視線を向けたが、優作も「大丈夫だから」と、視線だけで応じた。
二人が出て行って扉が閉まると、直前までの弛緩した雰囲気が一転、ぴんとはりつめたものとなった。
もちろん綾乃の纏う空気が変わったからだ。
既に綾乃はデスクの奥にある革張りの椅子に深々と身を沈め、腕を組んでいた。
「単刀直入に聞くわよ。優作、あなたが今のままで今日の『S判定』と一対一で戦ったとして、勝てると思う?」
「今のまま……と言うのは……」
「もちろん優作の『右腕』が今のままで勝てるか、ということよ」
「もし次にやりあうとしたら相手も何かしらの対策をしてくるだろうし、難しいですね……」
沈黙。
たった数十秒の時間だったはずだが、書斎に立ち込める重苦しい空気がその何倍にも感じさせた。
「あのS判定は、明らかにこちらの出方を窺っていて、隙あらば排除しようとしていたわ。もちろん有象無象とは別の意図を持って行動していた」
「Fランとは別勢力ってことですかね」
「でしょうね。考えられるとすれば、教室になだれ込んできたFランの連中は表の番長の勢力。S判定は裏番長の勢力、という所かしら」
「『番長』って……いつの時代の話ですか」
優作は苦笑いしたが、綾乃は真顔のままだった。
「え? 本当に『番長』なんているんですか?」
綾乃は黙ってこくりと頷いた。
「色憑きの学校を仕切ってるトップは大抵何等かの肩書を名乗ってるわ。番長、生徒会長、風紀委員……その色憑きとなった学校の置かれた状況によって様々よ。奴らは奴らで『学校っぽいもの』にこだわりがあるのよ。もちろんそのこだわりが、奴らを外部から守ってもいるのでしょうけど」
なるほど。見た目は不良でも、どうやらバカではないらしい。
「S判定の服装を見るに、あの校舎を牛耳っているのは番長タイプで間違いないわね。ゴリ押しで簡単に制圧できると思ったのに……想定外だったわ」
「でも、番長はわかるとしても、裏番長ってのはなんなんですか?」
「実質、裏で番長を操ってる人間。わかり易く言えば、黒幕ね。私たちは校舎の制圧を目指しているわ。つまり、その全ての勢力を倒す必要がある、ということよ」
優作はゴクリと唾をのみ込んだ。
綾乃が何を言おうとしているのか、わかった気がした。
「優作。『左腕』を使う覚悟をしておきなさい」
「使いません」
優作は綾乃を睨み付け、即答し、もう一度言った。
「絶対に使いません」
「これは命令よ。優作の意思も、もちろん麻琴の意思も関係ない」
綾乃が椅子から立ち上がり、デスクに両手をついて優作を睨み返してきた。
「『普通の高校生』をやりたいなら……麻琴のことを想うなら、覚悟しておきなさい。でないと、下手をしたら死ぬわよ。あなたも。麻琴も」
「………………………………」
「今日のS判定、殺そうと思えばあなたたちを殺せたはずよ。それをしないのは死人が出たらまずいのがわかっているから。奴はおそらく色憑きの学校を存続させるために頭を使って戦っているわ。けれど、相手も自分たちの縄張りを守るために必死で抵抗するはずよ」
綾乃は一度机の上に視線を落とし「あのS判定が相手ならまだいいのよ……まだ話が通じそうだから」とつぶやいてから優作を見た。
「厄介なのは、強い力を持っていて後先考えずにこちらを殺そうとしてくる輩がいた場合。式と言ってもまだ子供よ。感情に任せて能力を使って、『事故』が起こることだって十分にありえる。麻琴と優作を一緒に行動させているのは、あなたの近くにいるのが一番『安全』だからよ」
「………………はい」
優作は下を向いて、割れてしまうのではないかというくらい、奥歯を噛みしめた。腕は小刻みに震えていた。
「麻琴や優作には未来があるわ。その未来に辿り着きたいのなら、『左腕』を使う覚悟をしておきなさい。いいわね?」
まるで綾乃自身には未来がないような言い方が気になったが、そんなことを聞ける雰囲気ではなかったので、優作は「わかりました」とだけ応じた。
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