巡ってきたチャンス

「優勝はスカイ選手だー!」


 あれは去年の夏のことだった。自分の目の前に広がるのは人の群れ。彼らの視線は一斉に俺に向いた。

 沸き立つオーディエンス。体験したことがないくらいに上がる体温。そんな中、俺は手を高く掲げ叫んだ。


 eスポーツの大会に『スカイ』というハンドルネームで出場した俺は日本の頂点を取った。


 自分が日本一という称号を持っている。その事実に俺は震えた。ゲーム三昧の毎日を送る俺を叱る親、冷ややかな目を送る学校の人間を見返すことができたのだ。それがなによりも嬉しく、心に残っている。


 それから数ヶ月後のことだった。中学三年生の俺には、進路選択という人生のターニングポイントがあった。


 進学はせずに、プロゲーマーとして生きていく道もあったが、親はもちろん反対するだろうし、なによりも失敗してしまった時のリスクが大きすぎると考え、その選択肢は真っ先に除外した。

 そうなると進学ということになるが、正直俺は、やりたいこともなく、無難に今の学力でいける地元の普通科高校を選択しようと考えていた。


 そんな俺にある日校長から招集させられ、校長室に父親と席を並べ、校長と話すこととなった。

 お茶が沸くのを待っている間、校長は無言で資料を眺めては、こちらをチラチラと見てくる。

 俺、なにか悪いことしちゃいましたぁ? と、内心ヒヤヒヤしながら、話が始まるのを待っていた。

 父親も小刻み震えていて、小動物みたいだった。うん。カワイイネ! なんて脳内でジョークを言わないと落ち着かなかった。


 教頭先生がお茶を机に置いた後、校長は一息つき、落ち着いた声色で話し出した。


「本日はお越しいただきありがとうございます。早速、佐藤くんの話なのですが...」


「うちの息子がすみません! 悪いことをする子ではなかったと思っていたのですが、私のしつけが足りませんでした! 」


 窓ガラス割れるんじゃね? というほどに大きな声で初手安定の謝罪をする。ビジネススキルが役に立っているね!


「かーさん! 一緒に謝るよ! ほら、早く!」


 するとドアから、ドラマでよく見る結婚を阻止する男の如く勢いよく入ってきた母親は泣きながら、校長の足にすがりついた。


「本当にぃ! ずびばぜんでしたぁ! たかの進路だけは助けてください! 私、なんでもします!」


 えぇ...やっぱり俺なんかやってたんだ...

 いかんいかん! このままじゃ母親が校長の言いなりになっちゃう!


「校長! どうか...どうかやめてください! 僕の母親をいかがわしい店で働かすのはやめてください!」


「ちょっ!天くん、何を言ってるんですか! しませんよそんなこと! コラ、先生たち録音しちゃいけません! 早く職員室に戻りなさい!」


 数十分喚き散らした後、落ち着いた佐藤一家にある資料を渡された。

 その内容は都市部でもトップクラスの学校である青柳あおやなぎ高校推薦状だった。


「天くん、君はゲームが得意だよね? この青柳高校にはeスポーツの部活動があるんだ。どうだい? 入ってみるかい?」


 それは非日常を求める時期の俺にとっては、うってつけのチャンスだった。

 親は何もいわず、頷いた。あとは自分で決めろということだろう。

 俺は校長の目をまっすぐと見据えた。


「もちろんです。校長先生。この中学校には佐藤天がいたんだぜ? って言われるくらいビックになりますよ。正直、日本一じゃあまだ足りない」


 言ってやった! すげぇ、俺の伝記が出るとするならば、帯に載っているような名言言っちまったぜ!

 そんな俺に水を差すように校長は尋ねた。


「君、異性との交際経験はあったけ?」


「はぁ?」


 思わず腑抜けた声が出てしまった。何を修学旅行の夜みたいなことを聞いているんだコイツは。

もしかしてさっきの名言でこの人...


「ないですよ。校長先生、もしかして僕に惚れました?」


 そんなわけあるかと父親に後ろから叩かれた様子を見ながら、校長はクスクスと笑った。


「そうですよね。よかったよかった」


 やっぱり俺のこと好きなんじゃん...

 なんて、そんなことを思っていた自分を今は殴りたいと思う。僕はこの時点で気づくべきたったのだ。





























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